3章 夜襲 2 死ぬということ(2)
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セイは悶々として部屋の隅の一点を見つめていた。
部屋は行灯の淡い光を受け、漆黒の闇を辛うじて免れている。ただ部屋の隅のその一点だけは光が届かず、深い深い闇の虚ろとなっている。
体は思うように動かない。座れるようになってから随分と経つというのに、未だ這いずることが精一杯だ。
ヒメの家族に会ってからというもの、故郷のことをあれやこれやと考えてしまう。日が落ち、夜になれば猶更だ。
そういう訳で、セイは長い長い夜を一人過ごしていた。いつもであれば、静かな夜がずっと続くはずであった。ところが、
「*%#&$!」
突如、怒声が発せられた。外からではない。この建物の中からだ。
声は……ヒメの兄だ。
こんな真夜中に、しかも激しく敵意に満ちた声色。尋常ではないことが起きたのは確かだ。
セイは、力を振り絞って寝床から体を起こした。すぐさま左手の引き戸を凝視する。
建物の中に続くその引き戸、何かあれば、凶事はそこから訪れるはずだ。
果たして予想は的中した。引き戸が静かに、そして細く開いたのだ。
セイは、芝居を見ているかのように感じていた。焦りも恐怖もない。現実感に乏しく、心も動かない。
引き戸が大きく開けられ、二人の男が現れた。どちらも黒く闇に溶け込む服を着ている。こちらの風習はわからない。けれど、少なくとも災いを運んできた者であることは明らかだ。二人とも寒々とした虚ろな目をしてる。
男たちは何も言わずに部屋に踏み込んだ。
一人の男が腰の刀に手をかけると、音もたてずに刀を引き抜いた。もう一人の男もそれに倣う。
行灯の光を刃が受け、暗闇の中に細い月のように浮かび上がった。
理性は、逃げろ、逃げろ、と警告している。その一方で同じ理性が、その体で逃げられる訳がない、と反論する。心は何処かに忘れてきてしまったかのように、全く沈黙したままだ。
ゆらゆらと揺れた白刃が高く掲げられ、僕を見下ろした。
――僕はここで死ぬのか。
セイは思った。ただ思った。
体がなかなか回復しないのも、どこかで心が折れていたから、なのかもしれない。
胸の奥深くに隠れていた諦めの心が、目の前の兇賊によって顕わにされた。死んだ心では、今、肉体が死を免れても、実質死んでいるのと変わらない。
セイは静かに目を閉じた。
これで終わりだ。
その時、遠くで声がした。
女の人の叫び声だ。
……!
心に浮かんだのはヒメの顔だ。叫び声は遠く、微かで、本当にヒメの声だったのか、どういう状態なのかも分からない。けれどセイは確信した。ヒメだと。
同時に故郷の惨劇の場面が、次々と脳裏に蘇る。
このままでは……。
心に火が灯る。
――いけない。嫌だ。許せない。させない。
セイは、カッ、と目を見開いた。
兇賊は、もうずいぶん近づいていた。あと少しで刀が届く。
時間がない。
魔力回廊に魔力を注ぎ込む。
四肢が引き裂け、脳髄が爆発しそうな激痛が全身を駆ける。
「うぉぉぉぉぉぉ……」
意識が飛びそうになる。それを気合で押さえつけ、さらに魔力を注ぎ込んだ。魔力回廊からあふれ出した魔力が体の表面を伝い、バチバチと火花を散らす。
――まだだ、もっともっと!
全開まで魔力を注ぎ込む。魔封じにかかる圧が高まり、魔封じの存在が揺らぎ始めた。
「うぁぁぁぁぁぁ……!」
頭の中で大綱が引きちぎられるような音が鳴り響く。それと同時に、全身という全身、細胞という細胞に魔力が染み渡り、急速に回転し始めた。
解けた!
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。