3章 夜襲 1 堕ちる男(2)
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四半時(約三十分)が過ぎ、月は地平線の下へと姿を消した。
元締めがかみ殺したあの声で、時間だ、と告げると、男たちはおもむろに動き出した。茂吉も後に続く。
屋敷は水堀と塀に囲まれ、時折、警備が巡回している。
その警備の松明に照らされぬよう間隙を縫い、茂吉たちは屋敷の中に侵入する。竹竿一本で水堀を渡り、鍵縄でスルスルと塀を乗り越える。これを星明りしかない暗闇の中で行うのだ。
屋敷の敷地には所々に松明が置かれている。その光の影を縫うように、茂吉たちが奥へ奥へと進んでいく。目指すは奥の二棟。そこに備中守とその息子の左京亮、女房と娘がいると調べはついていた。
誘導は完璧だった。全く見つからずに目標の二棟が見えてきた。
茂吉たちは目標にたどり着くと、二手に分かれて入り口に取り付いた。ちょうど渡り廊下を挟んで反対同士だ。
ここで、茂吉たちは懐から白い布を取り出し、それを両腕に巻き結んでいく。闇夜の戦闘では敵味方の区別がつかない。目立つ白い布をしているのが味方、していないのが敵だ。一人仕事ならしないが、多人数での仕事ではこうするのだ。
さて、固く閉じられた戸を開けるには、それなりの技術が必要だ。つまり戸をこじ開ける専門家の出番だ。今度の仕事には名の知れた仕事師が参加している。
ほどなくして、戸をこじ開けることに成功した。反対側の組も開けられたようだ。合図を送り合い同時に建物に侵入する。
ここからは時間が勝負だ。素早く殺して素早く引き上げる。そうしないと家臣どもが集まって、やっかいなことになる。
やっと俺の出番だ。親父の備中守を殺すのが俺の仕事だ。
茂吉は仲間を伴い、入って左手の襖を静かに開け、部屋の中に入った。
息を殺して慎重に見まわす。
誰もいない。
この次の部屋が備中守の寝所だ。さて、行こうと襖に手をかけた時だった。
「なにやつ!」
少し遠くから怒声が聞こえた。別行動している仲間が、左京亮を見つけたようだ。
左京亮はこれで死んだ。俺は親父の方を早く殺ろう。
舌なめずりをして隣の襖を静かに、そして細く開ける。仄かに光が漏れ出てきた。灯りがあるということは人がいるということだ。
自分に付いてきた男と視線で合図を送り合うと、スッと襖を開け放った。
行灯の弱い光に照らされて、人が寝床に座っているのが判る。しかし顔が判らない。というのも顔面が包帯で覆われているからだ。
これが備中守か、と思った時、その者が声を発した。
何と言ったのか分からない。今まで聞いたこともない言葉だ。だが、それ以上に問題なのは声が若過ぎるのだ。まだガキのようにも聞こえる。備中守は還暦を過ぎている。あり得ない。
くそっ、情報が間違ってんじゃねぇか。
舌打ちをして刀に手をかける。標的ではないが騒がれたらめんどくせぇ。
久々の殺しに興奮してきた。胸の内に充実したものが込み上げる。俺が殺す側で、相手は殺される側。世の中にはこの二つしかねぇ。
抜き放った刀を上段に構える。
さぁ、お楽しみの始まりだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。