8章 桶狭間山 1 今川義元という男(3)
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源太は槍を構え、がむしゃらに突っ込んでいた。
天から舞い降り、結ばれた綱を切ると、脇目も振らずに駆けだした。目指すは太守様の御許。
おおよその位置は上空からの眺めで分かっている。迷わず最短距離の坂を登り、上がった息を整える暇もなく乱戦の中から当りを付けて突入する。乱れ戦う敵味方を縫うように進み、すぐに太守様を発見した。発見したが、まさに敵がその御首級を奪わんと刀を振り上げたところであった。
力の限り地を蹴り、呼吸するのさえ忘れるほどの勢いで、構えも何もあったものでもない。ただただ槍を突き出して突進した。
槍から体に衝撃が伝わる。当たったのだ。相手が突き飛ばされると同時に、槍も折れてしまった。
源太は、折れた槍を突き飛ばした相手に力任せに投げつけると、刀を抜いた。
姫様に命じられたのは、二つ。姫様たちの準備ができるまで時を稼ぐことと、援軍の到来を敵味方に知らせることだ。
「我は朝比奈備中守が家臣、山村源太! 援軍が来たぞーー!」
力の限り叫んだ。喉が潰れんばかりに叫んだのだが、周りに伝わった様子がない。乱戦の混沌とした騒然の前に、声が搔き消されてしまうのだ。
もう一度叫ぼうかと息を吸った時、小僧、こうやるのだ、と声がした。太守様は二ッと笑うと、
「朝比奈備中が救援に気だぞーー!! 皆の者! 逆襲じゃぁー!!!」
大地を揺るがすが如き大音声とはこのことだ。野太い声で体の髄まで震わすような迫力である。呆気に取られて見上げた太守様の顔は笑っている。その視界の隅に一条の矢が飛んだ。と、同時に周囲で戦う味方から歓声が上がる。
太守様が、エイエイオー、と鬨をあげれば、味方も答える。
次の瞬間、空に無数の矢が放たれていた。その行先は敵軍の中心があると思われる方角。姫様だ。姫様とセイが矢を撃ったのだ。
戦場にいる皆がその無数の矢を見たであろう。誰の目にも明らかだ。状況は一変した。
矢の進んだ方角から敵が見る見るうちに崩れ去る。一人の敵が逃げ出せば、隣の敵も逃げ出す。もうこの連鎖は如何に有能な大将であろうと止められない。
「太守様、ご無事で何よりでございます。して、追撃は如何なさるか?」
重臣らしき武者が数人集まって太守様に下知を請うた。
「追撃は少数だけにせよ。決して深追いはするな。敵の大将がいようとも二十間ほどで引き返せ。欲張りは八幡大菩薩の嫌うところぞ」
重臣たちは、承知仕った、と返事をすると、その内の一人が駆けて行った。
「では我らは撤退だ。沓掛城へ戻るぞ」
重臣たちの、返事が重なる。
「小僧……、いや、山村源太、其の方も供をせい!」
「はっ」
源太は腹の底から返事をした。太守様に名前を呼ばれるとは、何とも名誉なことで誇らしい。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




