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8章 桶狭間山 1 今川義元という男(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 源太(げんた)(やり)を構え、がむしゃらに突っ込んでいた。


 天から舞い降り、結ばれた綱を切ると、脇目も振らずに駆けだした。目指すは太守(たいしゅ)様の御許(みもと)


 おおよその位置は上空からの眺めで分かっている。迷わず最短距離の坂を登り、上がった息を整える暇もなく乱戦の中から当りを付けて突入する。乱れ戦う敵味方を縫うように進み、すぐに太守(たいしゅ)様を発見した。発見したが、まさに敵がその御首級(みしるし)を奪わんと刀を振り上げたところであった。


 力の限り地を蹴り、呼吸するのさえ忘れるほどの勢いで、構えも何もあったものでもない。ただただ(やり)を突き出して突進した。


 (やり)から体に衝撃が伝わる。当たったのだ。相手が突き飛ばされると同時に、(やり)も折れてしまった。

 源太(げんた)は、折れた(やり)を突き飛ばした相手に力任せに投げつけると、刀を抜いた。


 姫様に命じられたのは、二つ。姫様たちの準備ができるまで時を稼ぐことと、援軍の到来を敵味方に知らせることだ。


「我は朝比奈(あさひな)備中守(びっちゅうのかみ)が家臣、山村(やまむら)源太(げんた)! 援軍が来たぞーー!」


 力の限り叫んだ。喉が潰れんばかりに叫んだのだが、周りに伝わった様子がない。乱戦の混沌(こんとん)とした騒然の前に、声が()き消されてしまうのだ。


 もう一度叫ぼうかと息を吸った時、小僧、こうやるのだ、と声がした。太守(たいしゅ)様は二ッと笑うと、

朝比奈(あさひな)備中(びっちゅう)が救援に気だぞーー!! 皆の者! 逆襲じゃぁー!!!」


 大地を揺るがすが如き大音声(だいおんじょう)とはこのことだ。野太い声で体の髄まで震わすような迫力である。呆気(あっけ)に取られて見上げた太守(たいしゅ)様の顔は笑っている。その視界の隅に一条の矢が飛んだ。と、同時に周囲で戦う味方から歓声が上がる。


 太守(たいしゅ)様が、エイエイオー、と(とき)をあげれば、味方も答える。


 次の瞬間、空に無数の矢が放たれていた。その行先は敵軍の中心があると思われる方角。姫様だ。姫様とセイが矢を撃ったのだ。


 戦場にいる皆がその無数の矢を見たであろう。誰の目にも明らかだ。状況は一変した。

 矢の進んだ方角から敵が見る見るうちに崩れ去る。一人の敵が逃げ出せば、隣の敵も逃げ出す。もうこの連鎖は如何(いか)に有能な大将であろうと止められない。


太守(たいしゅ)様、ご無事で何よりでございます。して、追撃は如何(いか)なさるか?」

 重臣らしき武者が数人集まって太守(たいしゅ)様に下知(げち)を請うた。


「追撃は少数だけにせよ。決して深追いはするな。敵の大将がいようとも二十(けん)ほどで引き返せ。欲張りは八幡(はちまん)大菩薩(だいぼさつ)の嫌うところぞ」

 重臣たちは、承知(つかまつ)った、と返事をすると、その内の一人が駆けて行った。


「では我らは撤退だ。沓掛(くつかけ)城へ戻るぞ」

 重臣たちの、返事が重なる。


「小僧……、いや、山村(やまむら)源太(げんた)()の方も供をせい!」

「はっ」


 源太(げんた)は腹の底から返事をした。太守(たいしゅ)様に名前を呼ばれるとは、何とも名誉なことで誇らしい。

 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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