8章 桶狭間山 1 今川義元という男(2)
我が脇差しを抜いたと同時に、二人の武者が動いた。小僧は明らかに遅れている。完全に付いていけていない。
――ょおし!
緋色から突き出される槍を左文字で弾き、続けて打ち下ろされてきた茶色が放った二本目の槍を脇差で乱暴に折った。間髪を容れず距離を縮めると、左文字を袈裟懸けに振るう。吹き飛んだ茶色には目もくれず、緋色に左逆袈裟を放つ。が、緋色は槍の柄を投げつけて紙一重で逃げおおせた。
口を大きく横に開き口角を吊り上げ、目を見開き不敵な笑みをわざと浮かべ、そして唸り声をあげながら三者を順に睨みつけた。
逃げおおせた緋色は、すぐに刀を抜いて構えた。まだやろうということだ。
吹き飛んだ茶色がのろのろと立ち上がるが、その動作は苦しそうだ。しかし良い鎧をしてる。斬撃は具足に阻まれたのだ。それでも力なく垂れた左腕を見れば、鎖骨を折ることはできたようだ。
小僧はというと、完全に腰砕けで槍を放り、尻餅をつき歯をガタガタと震わせている。
乱戦では長すぎる槍は自由に動かせない。その長さが逆に仇となるのだ。予想ができれば対処は可能であり、一撃目を凌げば懐に入るのは容易い。懐に入れば刀が有利なのは言うに及ばずである。
茶色に向かって駆けた。
そうはさせじと緋色も駆け出した。
これは誘いだ。すぐさま踵を返し緋色に立ち向かう。一瞬、面くらった表情を浮かべた緋色が、力任せに上段からの打ち下ろしを放った。それを二本の刀を交差させ受け止める。呼吸する暇も与えてやらず、我は力任せに緋色の胴を押し蹴った。
緋色が仰向けに倒れ、ガシャンと大きな音が響き渡る。勿論、これで終わりではない。
再び踵を返し、茶色に襲い掛かる。
手負いなどに手こずるはずもない。一合目で茶色の態勢を崩すと、すぐさま甲冑の隙間に左文字を突き刺した。倒れるこむ茶色の首を脇差しで裂くと、茶色はものを言わぬ骸となった。
もう一度顔を作り、緋色を威圧する。それを受けて、起き上がり駆け寄ろうとしていた緋色は、たじろいで足が完全に止まった。
我が戦場を支配している。
そう思った時、左の股に衝撃が走った。
何事かと目を向ければ、我の左足に槍が刺さっている。運の悪いことに具足の隙間に入っている。その槍の先には、おどおどと怯えた表情を浮かべ、震えた手の小僧がいた。
――なぜお前がここにいる! ふぅん!!
気合を入れ、怒りに燃えて睨みつけると、小僧は一目散に槍を抜いて後ずさっていく。
左股が熱を帯びたように熱い。痛みはないが動こうとすると重い。
一人を屠り、俄然我が優勢と思った。しかれども、次の瞬間には劣勢に陥っている。
この状況を逃すはずもなく、緋色が打ち込んできた。右に受け、左に受け、逆襲に放った横一文字は寸でのところで躱された。踏み込みが出来ない分、剣のキレが鈍る。そのせいで逃してしまうのだ。
また緋色が仕掛けてきた。右に受け、正面に受け、また右に受ける。逆襲に移ろうかという時、胴を小突かれた。
小僧だ。怯えた小僧が歯をガクガクと震わせ、槍を突いたのだ。幸い具足が弾いて傷は負っていない。しかし厄介だ。すこぶる厄介だ。
緋色と三合と打ち合ううちに、小僧が刺してくる。
緋色は明らかに自分で我の首を取ろうとせず、小僧のために隙を作るように仕掛けてくる。逆襲の刀は届かない。我の踏み込みが甘いからだけではない。緋色が距離を取るからだ。
二十合、三十合と切り合った時には、小僧に五カ所以上刺されていた。いくら具足をまとっていても運悪く隙間に当たることもあるのだ。
息が上がり、目が霞む。そして足だけでなく体が重い。
霞む目に緋色が笑みを浮かべたように見えた。
緋色は次の一撃で我の首を取ろうとしているのだろう。
緋色が地を蹴った。
気持ちは動いたが、我の体は一瞬遅れた。
――やられる!
と、心の内で言の葉が木霊した瞬間、緋色の体が視界の右へと吹っ飛んだ。
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夜雨雷鳴と申します。
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