7章 西へ 5 志麻、赤坂御位で飛ぶ(2)
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それから僕たちは急いで宿場に戻り、夕凪と余分な荷物を宿に預けると、先程、僕が指差した尾根の先に向かった。
どういうわけか、ここだけ森が残っている。丁度よい具合に木々が重なり、隠れるにはもってこいであった。
源太は具足を全て身に付け、刀を佩き、長槍を持った完全武装。なんか、強そう。
姫は、兜、胴、袖の三つを着込み、手には愛用の弓を携えた。近づかれてしまえば歴戦の侍に勝てるわけないので、弓矢の対策だけすればいいのだそうだ。姫らしい合理主義だけど、ちょっと心配。
そう言う僕はというと、胴を着けたきりだ。兜くらいは着けたらどうかと言われたけれど、むしろ邪魔なので断った。いざとなれば、魔法がある。それで何とかなる。だから姫と違って勇気があるわけじゃないんだよね。
「さて、これから戦場に向かうわけだけれど、次にいつご飯が食べられるか分からないわ。よって今、これを食べる時だと思うわけよ」
そう言って、姫は持っていた包みを解いた。中から出てきたものは、笹の葉に包まれたちまきだ。遠中殿が気にしていた、あのちまきである。
「全部で十二個あるから、一人四つね」
姫から渡されたちまきを一つかじる。数日たったにもかかわらず、未だ柔らかい。そして腰があり、独特の風味と仄かな甘さを感じる。
四つも食べればお腹にどっしりと溜まる。お腹の底から力がみなぎるって感じがする。
「さて、お腹も膨れたし、行きましょうか。このちまきを食べれば、連戦連勝は約束されたも同然よ。ではセイ、お願いね」
うん、と姫に頷くと、食べ終えた源太に向かった。
「源太、これで自分の胴を、上に引っ張っても下に引っ張っても外れないように、きつく縛って」
夕凪が運んでいた荷物を縛っていた綱だ。それを持って来ていたのだ。片方の端を源太に渡すと、もう片方の端を自分の胴丸の上から固く結びつける。
源太は相変わらず困惑しているようだけれど、姫の目配せに気付いて頷く。きつく縛り、上に引っ張り、下に引っ張り、外れないと確認すると、僕の目を見て静かに頷いた。
「姫は、僕がおんぶする形になるから、ほら乗って」
僕は片膝をつき、両手を反って姫を促す。
女の子をおんぶするのは、ちょっと恥ずかしい。恥ずかしいけれど、そうとも言っていられない。一分一秒を争うほど時間はないはずである。
こっちは恥ずかしい気持ちを押さえ、思い切って姫に背中を向けたのに、姫は少しの躊躇も感じさせないほどすぐに、恰かもそれが昨日までもそうであったかのように、僕の背中に収まった。
僕は自分の心を見透かされないように、何でもない風を装ってスッと立ち上がった。
なんだか自分だけが慌てているようだ。姫が恥ずかしそうにしないのは、ちょっと残念でもあるけれど、逆に恥ずかしがられたら僕の方がもっと恥ずかしい気持ちになるような気もする。では、どうだったら良かったのかって聞かれても、分かんない。
「じゃぁ行くよ、びっくりして暴れないでね」
まずは、隠形の魔法だ。
魔法回路に魔力が流れ込み、周囲が揺れ始めた。
隠形の魔法は、自分の周囲の空気を歪め、まるで擦りガラス越しで見るかのように姿をぼやかしてくれる魔法だ。当然、姿が完全に見えなくなるわけでもないけれど、これがあるのとないのとでは、視認性には雲泥の差がある。
一方で、外からぼやけて見えるのであれば、その反対も正しいもので、自分たちからも外がぼやけて見えることになる。
周囲が完全のぼやけた。両肩にかかる姫の手に、気持ち力が籠ったように感じる。
次が本番。飛翔の魔法だ。
魔法回路に、一気に魔力を注ぐ。一瞬、ふっと浮かび上がったかと思うと、ぐんぐん蒼天に向かって加速し、一気に天まで登った。立位だった体を徐々に傾け、水平にしてから隠形の魔法を解除すれば、眼下に望む家は豆粒のようであり、人などただの点にしか見えない。
「どう? 姫? 大丈夫?」
ぎゅっと背中に掴まるだけで、声も上げず、慌てる様子もない姫だけれど、一応、聞いてみた。慣れない人を空の旅に案内すると、暴れることが往々にある。帝国と戦った時も、窮地から味方を担いで逃げるのに苦労した。
「目を開けても大丈夫かしら?」
あっ、高いところが平気だったんじゃないんだ。それは考えていなかった。うん、見なければ高さに怯えようもないよね。
「目をつぶっていたんだ。じゃぁ、体を起こして、馬に乗るみたいにしてから開いた方がいいかもね。真下は見てはダメだよ」
姫の体が、ゆっくりと僕の背中から離れる。離れてしばらくすると、スゥっと息を飲む音が聞こえた。
「素晴らしいわ。こんなに遠くまで見渡せて、こんなに何もかもが小さい。まるで鳥になったみたいだわ……」
「気に入ってくれて何よりだよ」
「ええ、そうね。そうだわ。賎機山で反応が今一つだったのは、こういうことだったのね」
賎機山、賎機山……。頭の中の引き出しを、引っ掻き回して思い出す。
ああ、御屋形様と手合わせする前に登った山だ。姫と一緒に見た駿府の町並みは美しかったし、特別な場所を見せてくれた姫の心遣いに、感謝の気持ちでいっぱいだった。一方で、僕の反応は姫から見たら淡白だったのかな。それを、僕が鳥になる体験に慣れているからだ、と姫は考えたっぽい。単に、表情にあまり出ないタイプなだけなんだけどね。
「姫が見せてくれたあの賎機山からの風景は、一生忘れないよ。それぐらい僕は感動したんだから。あぁ、僕はこの世界で生きていくんだって思ったんだ」
「そう、そうだったのね。セイにそう言って貰えて、わたしも嬉しいわ」
見ないでも判る。姫は今頃、満面の笑みを浮かべているはずだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




