7章 西へ 4 志麻、舞坂で振られる(3)
「お侍さん、若いのにやるなぁ」
いつの間にか旅人たちに囲まれていた。そして口々に、身の躱しが良かっただの、あの突きの速さは中々だの、雨の中でも一発で当てるのだから与一もビックリだだの、と適当なことをやいのやいのと捲し立てる。
わたしが微高地の頂上で見たのは、ほんの数人の背中だけだった。一体これだけの人数、どこに潜んでいたのやら。しかも、バッチリ見物していたらしい。そして、安全になればすぐに野次馬に来るのだから、逞しいと言うべきか、感想に迷ってしまうわね。
「お侍さん、俺っちがちょっくら新居里の代官様に伝えてくるわ。待ってておくんなしい」
返事も待たず、頼まれてもいない若い旅人はスタスタと走り去っていく。
「ねぇ、それより下男さんは大丈夫なの?」
志麻は、人垣の中にいつの間にか隠れた下男の方を見て、凰泉に尋ねた。
「傷は急所を外れ、しかも浅いようですので、大事には至らぬかと存じます」
「それはよかったわ」
人垣からは、俺が戸板を持ってきてやるだとか、あの寺に運ぼうだとか、いやあっちの寺の坊さんの方が刺し傷には強いだとか聞こえるから、旅人だけでなく地元の村人も混じっているようだ。もしかしたら、地元の村人も物陰から見ていたのかもしれない。
「それにしちゃぁ、間抜けな野盗もいたもんだな」
「違えねぇ、路銀をたんまり持っている旅人にはさっさと逃げられて、さほど金を持ち歩くわけねぇ地元の尼様に襲い掛かかってやがる」
訳知り顔の旅人二人の会話が、自然と耳に入って来た。
「ああ、そんで、すぐさま仕事をして逃げるわけでもなく、手こずってやがるの」
と、髭面の男が鼻で笑う。
「揚げ句の果てには朝比奈様に討ち取られるときちゃぁ、どんだけトンマなんだよ」
のっぺいりとした顔の男が、冷笑を浮かべる。
「ああ、それに侍っちゅうても、まだ年若い。線も細い。それに討ち取られるんじゃぁ、こりゃあ、山賊を稼業にしてる玄人じゃなくて、昨日今日思いついた、ただの食いっぱぐれかもなぁ」
――そうかもしれない。これで自信過剰になったら、あとで痛いしっぺ返しを受けるかしら。この二人、口は悪いけれど、なかなかに鋭いかもしれないわ。
「違えねぇ、それだ。太守様は無理し過ぎなんだよ」
「ああ、軽くもねぇ税に、戦だからとあんだけ人を取られちゃあ、活計を失う奴も出るわな」
「雪斎様が亡くなってタガが外れたっちゅーのか、三河では反乱がわんさか。遠江の侍衆はその対応にてんてこ舞い。やっと、一息ついたかと思えば、今回の出征と来た」
「足元が見えてねぇんじゃねぇかねぇ」
「こりゃ、何かあれば足元をすくわれるぞ」
――耳に痛い話だけれど、本当のことかもしれないね。
三河で反乱が続発したのは事実であったし、遠江の被官たちの窮状は、それとなく耳にも入って来ていた。
「ああ、本来なら雪斎様の穴を埋めるのは朝比奈様だっちゅーのに、なんか動きが鈍いんだよな」
――うち!?
突然出た我が家の話に、自然と志麻の顔は二人の方に向いた。
「違えねぇ、どうしたもんかねぇ。野盗を退治すんじゃなくて、それが起きないように目配せをするのが本来の役目だろ」
「ああ、それだ。駿府の高いところの事なんざ、俺らにわかるわけねぇけどよ、少し曇行きが怪しんじゃねぇか」
じっと見てしまったせいか、髭面の男と目が合った。
「聞こえやした?」
髭面の男が、決まりの悪そうな笑顔で尋ねた。
「なんのこと?」
志麻にしても、盗み聞きをしていたと思われては体裁が悪い。
「今、儂らが話していたことであります」
「何の話をしていたの? 儲け話ならわたしも混ぜてほしいわ」
もちろん聞いていませんでしたよ、とあえて興味津々の表情を浮かべて聞いた。
「そうなんです。儂らは商売の話をしていたんですよ。しかし朝比奈様の姫様、餅は餅屋といいやして、商人の儲け話に御武家様が加わると、ありゎ不思議、あれよあれよと変な具合に話が転び、儲け話で損が出る、そんなことになりやす」
さぞそのようなことが、過去、自分に降りかかったかのような表情で、髭面の男は答えた。
「そう、それはまずいわね。つまり、わたしは振られちゃったのね」
「そういうことでございやす。それに加え、時は金なりと申しやして、あっしら先を急いでいるんでございやす」
のっぺりとした顔の男がそう言うと、髭面の男を、おい、と肘で小突いた。髭面の男は、それではぁ、と言うと、二人だってそそくさと行ってしまった。
そんなに先を急いでいる商人が、こんなところで野次馬をしているわけがない。当然に虚言である。それを分った上で志麻は、儲かるといいわね、と見送った。
そうこうしている内に、戸板を持った農民がやってきた。
負傷した下男を戸板に乗せると、いつの間に総代になったのか、だみ声の村人が掛け声を掛けて六人がかりで持ち上げた。村人も旅人も混ざった集団を見事にまとめ上げているのだから、見ているこちらも気持ちがいい。
その一行は、おいっちにぃ、おいっちにぃ、との掛け声の下、行くと決まったどこぞの寺に向かうのだろう。
「凰泉殿、心配でしょうから、どうぞ付いて行って下さい。こちらのことは、わたしたちで引き受けました」
「お言葉に甘えてよろしいでしょうか」
凰泉は感じ入った風で、それでいて、やはり下男が心配そうな声で答えた。
「ええ、目撃者はこんなにいますから。大丈夫だわ」
「ありがとうございます」
凰泉は何度も頭を下げると、下男を担いだ一行を追って行った。
結局、役人がやって来るのに半時、事情を説明し、遺体を預けて解放されるまで、さらに一時を使ってしまった。急いでいる志麻たちではあったが、その日の内に吉田までにしか辿り着けなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




