7章 西へ 4 志麻、舞坂で振られる(2)
頂上に戻ると、もと来た道の先、一町半ほどに、八人の影が見える。その先には逃げる旅人の背中がいくつかあった。
見るからに禍々しい雰囲気を放つ野盗が三人。一人は槍を持ち、一人は刀、最後の一人は鉈のように見える。
襲われていたのは尼僧とその下男らしき二人の中年男性。片方の下男は太ももを押さえ、うずくまっている。刺されたのだろう。もう一人の下男は必死の形相で、刀持ちに近づかれまいと白木の杖を振り回している。明らかに形勢が悪い。
そして、セイが鉈持ちに対峙し、源太が槍持ちを牽制している。セイの刀と相手の鉈では鉈に分があるようで、セイはジリジリと後退している。張り合えているのは源太だけだ。
思ったより悪いわね。
志麻は笠を投げ捨てると、夕凪に括り付けてあった弓と矢を取り出した。
ここから狙うには遠い。晴れていれば当てる自信がある。けれど、今日は雨だ。当然、射程も短くなるから、あと五十間、少なくとも三十間は近づきたい。
弓を前後に横に寝かせて、つまり、野盗から見えにくいようにして、そろりと志麻は歩き出した。それに従って、夕凪も気持ち足音を忍ばせるかの如く付いてくる。
夕凪は昔から賢い子なのだ。
さて、なるべく気づかれずに、第一撃で仕留めたいわね。んー、もう少し位置関係がよくならないかしら。
野盗とセイ、源太との位置関係は、こちらから見れば縦に近い状態だ。重なっているわけでもないけれど、矢が一人分逸れればセイや源太に当たるとも限らない。
好機を窺い、気配を消し、四十間くらい近づいたかという時に、槍持ちが源太に仕掛けた。
突き出された槍を、源太が槍で弾く。弾かれた勢いを利用し、野盗が上から槍を叩きつけると、源太はひらりと横に躱し、野盗の第三撃の突きも、さらに横に飛んで躱し切った。
今だわ。
志麻は素早く弓を引き絞ると、渾身の一矢を放った。
ヒュー……ドスッ!
野盗の、槍を構えてガラ空きとなった脇腹に、矢が突き刺さる。野盗はビクリと弾むと、膝から崩れ落ちた。
間髪を容れず、源太が刀持ちの野盗に襲い掛かり、胴を突いて吹き飛ばした。
残された刀持ちの野盗は、信じられないとばかりに源太とセイの間で首を往復させた。隙だらけである。簡単に源太に脇腹を刺され、討たれた。
源太が矢が刺さった槍持ちを小突き、絶命を確認する。そして、手を振ってこちらに合図を送ってきた。歯を食いしばって目を見開き、両手を天に打つ付ける。血がたぎり、感情が爆発している、というところかしら。
「姫様、助かったぜ」
合流して開口、源太はまだ興奮冷めやらぬといった表情で早口で言った。また声も大きいこと。
一方のセイはというと、安心したのかどうなのか、尻餅をつき、天を見上げて肩で息をしている。確実にお尻が悲惨なことになっているわね。
「二人とも、怪我はない?」
おう、と、うん、が重なる。
そこへ尼僧が歩み寄り、源太に手を合わせ、深々と頭を下げた。
「危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」
源太は、わたしの方をチラリと見ると、
「こちらにおわすは、朝比奈備中守様が、御息女、冬青姫様でござる。我らは冬青姫様の配下でござれば、お礼は姫様に申し上げるが、よろしかろう」
源太が、右手のひらを上にしてわたしを示しながら、得意げに告げる。
何やら妙に芝居がかっている。前からやってみたかったのかしら?
「そうでしたか。朝比奈の姫様、本当にありがとうございました。私は、対岸の舘山で尼をやっております凰泉と申します」
凰泉と名乗った尼僧は、年は母さまと同じくらい。どことなく品がある。透き通った声が印象的だ。
その凰泉に深々と頭を下げられてしまったけれど、もちろん、わたしに他人の手柄を横取りする趣味などない。
「いいえ、お礼を受けるのであれば、やはり最初で合っていたわ。わたしは気付かなかったのだけれど、この源太が気付いたから、助けられたのよ。源太が気付かなければ、今頃、潮見坂を暢気に登っているところだったわ」
「まぁ、そうでしたか」
「それにね、源太の戦い方も素晴らしいのよ。槍持ちの攻撃を捌きながら、わたしの矢の射線を確保したのだから。背中に目でも付いているのかしら、と思ったわ」
「源太、すごい! あれは計算だったんだ!」
セイが感嘆の声を挙げるのを尻目に、源太は少し居心地が悪そう。実は偶々だったようね。
源太が口を開こうとするのを、パチパチと目で合図を送り、止めた。偶然であっても、武士に武勇伝が付くことは良いことだ。評判だけで相手を怯ませることができる。誰も、戦上手の相手と戦いたいとは思わないものだわ。
「朝比奈備中守家の姫様の配下、源太殿ですね。いずれ、改めてお礼を申し上げに参ります」
再度、深々と頭を下げられ、源太はちょっと照れ臭そうで、同時に、ちょっと満足そうな表情をしている。わたしも鼻が高いわ。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




