7章 西へ 3 志麻、見附で負ける(3)
「お食事中、申し訳ないのだけれど、少しいいかしら? あなたは見附の町の商人かしら?」
男の人はチラリと僕たち三人を見て、手に持った串団子を皿に置いた。
「ええ、手前は見附の奈良屋、その一つの店で番頭をしております。そちらはお見受けするに、御武家様の姫様とお供の方でございましょうや」
「まあ、そんなところね。ひとつ聞かせてちょうだい。昔に聞いた話より、見附の町に活気がないように思えるのだけれど、どうしてかしら?」
番頭はまじまじと姫を見て、迷惑というよりは、むしろ困惑しているような様子で口を開いた。
「手前には判らないことでございます」
申し訳なさそうな表情で番頭は少し頭を下げたけれど、姫も諦めない。
「この町の商人、それも番頭を勤めているのなら、何か心当たりがあるはずだわ」
「判らないものは判らないのでございます。御武家様の世界では、原因が判っていても何もしなのでしょうか。そうではございませんでしょう。手前たち商いの者にも、判らないことは判らないのでございます」
こうまで言われてしまえば姫も諦めざるを得ないようで、ありがどう、手間を取らせたわね、と言うと、僕たちの方に振り返った。
「当てが外れちゃったね。姫。これからどうする?」
「まだ、店には何人かいるから、聞いてみましょ」
店には十人ほどの人がいるけれど、半分は見るからに旅人だ。それでも五人いれば誰かが知っているだろう、という僕たちの期待は、その後、またもや裏切られた。誰も知っている人はいなかったのだ。
このこと自体が旅の目的ではない。僕たちは諦めて店を出ることにした。これ以上、余分に時間を使うわけにもいかないはずだ。
会計を済ませ、もと来た街道の流れに乗る。そのまましばらく歩いていると、僕たちは、突然、後ろから呼び止められた。
振り返ってみると、茶屋で隣に座っていた旅人風の男の人だ。
「あんたら、茶屋で見附の町に活気がない理由を聞いていただろ」
竹笠の下に見える顔はじゃがいものようで、粗野な冷笑を浮かべている。
「ええそうよ。あなたは知っているかしら?」
「知ってるよ。あんたら俺でも知っているようなことも知らねえのか」
端からバカにした態度に怒った源太が一歩踏み出したところを、姫がすんでのところで袖を捕まえ、引き留めた。うん、源太の気持ち解るよ。けど、ダメだよ。
「教えてくれるかしら?」
「あんたらのようによ、そんな大層な家紋を付けてたら、答えにくいってもんよ」
僕と源太は胴を付けているけれど、覆われていない袖の部分には、大きく朝比奈の左三つ巴の家紋が見えていた。
「つまり、侍に問題があるって言いたいのね」
「お譲ちゃん、少しは頭が回るようだな」
「ありがとう、悪くしないから、侍の何がいけないのか教えてちょうだい」
源太は今まで見たことの無いような恐ろしく怒り狂った顔をしている。その気持ち、よく分かる。けれど、一方の姫は冷静だ。源太はまだ姫に袖を捕まえられているから衝動を抑えられている、といったところかな。
「昔、町の連中で自治をしている頃はよかったんだよ。でもよ、連中から自治を取り上げ、代官がやって来た。あれをしろ、これをすんな、と出しゃばりやがってから悪くなったんだよ」
「代官には、いろいろと勉強をした、それなりの人が就くことになっているわ。出鱈目で指示を出しているわけじゃないわよ」
「んじゃぁ、町がよくならねぇのはどういうわけだ」
「代官も町のためにと思ってやっているはずだわ」
旅人の煽りに、姫も自然と早口になってやり返す。
「代官本人がそう思っていてもなぁ、うまくいってないのに直せねぇ。代官所も直せねぇ。直せる奴がいねぇから失敗が溜まってんじゃぁねぇか」
「侍は人の話を聞かない偏狭な人ばかりじゃないわよ」
「そんなもん、そいつが偏狭でなくったって、上司が、部下が、隣でその話を聞いた奴が偏狭で、武士の体面を傷つけられただどうこう、下らねぇこと言って暴れられちゃぁおしめぇよ」
「いくらなんでも、侍を疑い過ぎてるんじゃないかしら」
「はっ、あんたに誰も答えてくれなかったのが、何よりの証拠じゃぁねぇかよ」
うっと言葉に詰まった姫は、絞るように続けた。
「では、あなたは何なの?」
「はぁ、俺は諸国を旅する根無し草。侍が捕まえようにも難しい、糸の切れた凧だ。だから俺が、言いたくても言えねぇ町の連中の本音を代弁してやったのよ」
姫はそのまま言い返せなかった。たぶん、この口の悪い旅人の言っていることは真実を突いているのだと思う。
「じゃぁな。分かっただろ。俺は先を急ぐからな、あばよ」
「ちょっと待って、あなたの名前を教えて」
旅人は再び人の悪い笑みを浮かべ、鼻で笑った。
「やなこった。今の話を聞いてたら解んだろ」
旅人はそう言い残して街道を駆けだした。堪忍袋の緒が切れたと見える源太が、今一度追いかけようと体を捻ったのを、姫がまたもや引き留めた。
「源太、止めてちょうだい。彼の侮辱が本当になってしまうわ」
姫は悔しそうに言ってから、大きく息を吐いた。
「僕たちの負けだね」
「ええ、完敗だわ。悔しいけど、まだまだ勉強が足りないのだわ。書物だけでなく実際の世の中の話も」
姫はもう普通に戻っていたけれど、源太はまだ怒り足りないと言った表情を浮かべ、口をへの字に曲げている。
「こうして立ち止まっていても仕方ないわ。先を急ぎましょう。歩いていれば、そのうち気が紛れるわよ。今日は浜名湖まで行きたいわ」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




