7章 西へ 3 志麻、見附で負ける(2)
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目の前に並ぶ二種類の卵型の塊。一つは黒鳶色、暗い灰みの赤紫で、これはお餅を小豆の餡で包んだものだ。
一口、口に放り込んだ。スッキリとして上品な甘さと小豆の豊かな香りが、見事に調和している。
寿桂尼様の小豆餡よりも甘さは控えめだった。もっと甘いものと想像していたけれど、これはこれで正解だ。お餅の弾力も申し分ない。
さて、もう一つの小麦色、淡い黄褐色をしたお餅は何のお餅だろう?
「栗餅よ」
僕の心をまるで読んだかのように、姫が言った。
「栗を粉に挽いてお餅に混ぜ混んだものだと書いてあるわ。ほら、あそこに」
姫の指差した先を見れば、お餅の絵とともに何か書いてある。
「へぇ、そうなんだ」
文字が書いてあるのは判る。けれど、当然のことながら僕には読めない。僕が読めるのは、王国と帝国の文字だけだ。
「セイ、お前、字が読めねぇのか?」
源太は僕を肘でちょんちょんと突くと、なぜか嬉しそうな笑顔で聞いてきた。
「うん。読めないよ。悪い? 源太はどうなのさ?」
「そりゃぁ、俺は……読めない」
たっぷり間を溜めて、どういうわけか自信満々に源太は言い放つ。それを聞いた姫はおでこに手を当てると、小さくため息をついた。
姫に呆れられちゃったけれど、今はそれはそれ、これはこれ。重要なのは目の前の栗餅だ。一つ掴み頬張る。
優しい栗本来の甘さに、栗の高い香りがふわりと口の中に広がる。モチモチとした、それでいて柔らかい食感で、歯切れも良い。
なるほど、小豆餡のお餅が甘さが控えめなのは、こちらの栗餅と合わせるためなのだ。小豆餡が甘すぎては、栗餅の甘さが霞んでしまうというわけだ。納得。
ぺろりと食べ終わり、ふと前を向くと、姫がおかしなことをしている。栗餅に小豆餡を乗せているのだ。そして、それをパクリと食べると、うんうん、と納得したように頷いた。
ああ、なぜ僕はその可能性に気付かなかったんだろう。僕の皿はもう空である。流石に僕でも、姫にもう一皿と頼めない。けれど、栗餅に小豆餡が合うだろうことは疑う余地がない。それは確信できる。く、悔しい。
「さて、本来の目的を果たしましょうか」
僕が空の皿を見つめている間に食べ終えた姫は、僕の顔を見るとニコリと笑った。
もちろん、僕も本来の目的を忘れた訳ではない。
「誰に聞くの?」
「そうねぇ……ねぇ、そこのお姉さん、ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
まずは、一番聞きやすそうな看板娘のお姉さん、というわけだ。そのお姉さん、姫に質問されて面食らっている。
追加注文か、お餅についての質問だと普通は思うから、そういう反応になるのは無理ないよね。
「町に活気がないことですか。はい、いいえ、わたしがここで働き始めてから、ずっと変わらないので……」
そこで途切れるかと思ったら、お姉さんは僕たち三人を順番に二度ぐるりと見ると、言葉を繋いだ。
「なぜ、と言われましても、正直わかりません。年配の方からは昔はよかった、や、昔の賑わいが懐かしい、などと聞きますので、昔は活気があったんだなぁ、と思うのですが、何分、わたしはここを少し行ったところにある村で生まれた、ただの村娘でございまして、難しい話は分からないのでございます」
お姉さんは申し訳なさそうに頭をちょこっと下げると、もうよろしいですか、と問うた。一瞬、逸らした視線の先には、追加なのかな、注文を待つ旅人風のお客さんがこちらを見ている。
「ごめんなさい。変なこと聞いて。もういいわ、ありがとう」
お姉さんは一礼すると、待っているお客さんへと忙しそうに去っていった。
「知らなかったね。どうする? 姫?」
「そうねぇ、年配の町人、中でも年配の商人なら知っていそうじゃない? あの口調なら」
「じゃ、あの人なんてどうです?」
源太が、店の奥に座った五十くらいの小柄な男の人を指した。着物は上等な部類で、髪も小綺麗に整えられている。
「そうね、服装からして、どこかの店の主人か番頭、といったところでしょうね。いいわ、彼に聞いてみましょう」
姫は遠慮なしに、ずんずんと近づいていく。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




