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7章 西へ 3 志麻、見附で負ける(2)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目の前に並ぶ二種類の卵型の塊。一つは黒(とび)色、暗い(はい)みの赤紫で、これはお餅を小豆の(あん)で包んだものだ。


 一口、口に(ほう)り込んだ。スッキリとして上品な甘さと小豆の豊かな香りが、見事に調和している。

 寿桂尼(じゅけいに)様の小豆餡よりも甘さは控えめだった。もっと甘いものと想像していたけれど、これはこれで正解だ。お餅の弾力も申し分ない。


 さて、もう一つの小麦色、淡い黄褐色をしたお餅は何のお餅だろう?


(くり)餅よ」

 僕の心をまるで読んだかのように、姫が言った。


(くり)を粉に()いてお餅に混ぜ混んだものだと書いてあるわ。ほら、あそこに」

 姫の指差した先を見れば、お餅の絵とともに何か書いてある。


「へぇ、そうなんだ」


 文字が書いてあるのは判る。けれど、当然のことながら僕には読めない。僕が読めるのは、王国と帝国の文字だけだ。


「セイ、お前、字が読めねぇのか?」

 源太(げんた)は僕を肘でちょんちょんと突くと、なぜか(うれ)しそうな笑顔で聞いてきた。


「うん。読めないよ。悪い? 源太(げんた)はどうなのさ?」

「そりゃぁ、俺は……読めない」


 たっぷり間を()めて、どういうわけか自信満々に源太(げんた)は言い放つ。それを聞いた姫はおでこに手を当てると、小さくため息をついた。


 姫に(あき)れられちゃったけれど、今はそれはそれ、これはこれ。重要なのは目の前の(くり)餅だ。一つ(つか)頬張(ほおば)る。


 優しい(くり)本来の甘さに、(くり)の高い香りがふわりと口の中に広がる。モチモチとした、それでいて柔らかい食感で、歯切れも良い。

 なるほど、小豆(あん)のお餅が甘さが控えめなのは、こちらの(くり)餅と合わせるためなのだ。小豆(あん)が甘すぎては、(くり)餅の甘さが(かす)んでしまうというわけだ。納得。


 ぺろりと食べ終わり、ふと前を向くと、姫がおかしなことをしている。(くり)餅に小豆(あん)を乗せているのだ。そして、それをパクリと食べると、うんうん、と納得したように(うなづ)いた。


 ああ、なぜ僕はその可能性に気付かなかったんだろう。僕の皿はもう空である。流石に僕でも、姫にもう一皿と頼めない。けれど、(くり)餅に小豆(あん)が合うだろうことは疑う余地がない。それは確信できる。く、悔しい。


「さて、本来の目的を果たしましょうか」

 僕が空の皿を見つめている間に食べ終えた姫は、僕の顔を見るとニコリと笑った。

 もちろん、僕も本来の目的を忘れた訳ではない。


「誰に聞くの?」

「そうねぇ……ねぇ、そこのお姉さん、ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」


 まずは、一番聞きやすそうな看板娘のお姉さん、というわけだ。そのお姉さん、姫に質問されて面食らっている。

 追加注文か、お餅についての質問だと普通は思うから、そういう反応になるのは無理ないよね。


「町に活気がないことですか。はい、いいえ、わたしがここで働き始めてから、ずっと変わらないので……」


 そこで途切れるかと思ったら、お姉さんは僕たち三人を順番に二度ぐるりと見ると、言葉を(つな)いだ。


「なぜ、と言われましても、正直わかりません。年配の方からは昔はよかった、や、昔の(にぎ)わいが懐かしい、などと聞きますので、昔は活気があったんだなぁ、と思うのですが、何分、わたしはここを少し行ったところにある村で生まれた、ただの村娘でございまして、難しい話は分からないのでございます」


 お姉さんは申し訳なさそうに頭をちょこっと下げると、もうよろしいですか、と問うた。一瞬、逸らした視線の先には、追加なのかな、注文を待つ旅人風のお客さんがこちらを見ている。


「ごめんなさい。変なこと聞いて。もういいわ、ありがとう」

 お姉さんは一礼すると、待っているお客さんへと忙しそうに去っていった。


「知らなかったね。どうする?  姫?」

「そうねぇ、年配の町人、中でも年配の商人なら知っていそうじゃない? あの口調なら」


「じゃ、あの人なんてどうです?」

 源太(げんた)が、店の奥に座った五十くらいの小柄な男の人を指した。着物は上等な部類で、髪も小綺麗(こぎれい)に整えられている。


「そうね、服装からして、どこかの店の主人か番頭、といったところでしょうね。いいわ、彼に聞いてみましょう」


 姫は遠慮なしに、ずんずんと近づいていく。



 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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