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7章 西へ 2 志麻、大井川で後悔する(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 待合所を出て通りを進む。すぐに教えてねー、と待合所の前で叫ぶ丁稚(でっち)に手を振り返事をしてから、志麻(しま)はセイの肩にピタリとくっつき、コソリと話しかけた。


「ねぇ、何とかして向こう岸に渡れない?」

 たぶん、セイは源太(げんた)に魔法のことを話していない。話すのであれば、セイの口からでなくてはならない。


「えっ、魔法でってこと?」

 セイも声を殺して答えた。


「ええ、ここで長い時間、足止めをされていては、(いくさ)に間に合わないわ」

 セイはそれを聞くと、うーんと(うな)った。

「そうだね。間に合わないと、来た意味がないからね。けど、ごめん。今じゃ目立っちゃうよ。絶対に(うわさ)になる」


 どういう方法で渡るかは分らないけれど、この大井川(おおいがわ)の渡しも、対岸の井籠(いろお)の街も、人が大勢いる。その者たちに見られれば、(うわさ)にならないのは無理な話である。しかも数が多いので、勘違いやほら吹きの戯言にはならないだろう。


「今じゃダメってことは、そうね、例えば、夜ならばいいってことかしら?」

「うん、夜なら大丈夫」

 セイがコクコクと(うなづ)いた。


「わかったわ。考えてみるわ」


 夜。夜となれば、明け方近くの夜にならざるを得ない。夜の早くに渡っても、宿場や町の木戸は閉ざされ、宿に入れない。夜通し歩くのは危険だし、その分、昼に休憩が必要だから、全体として速く進めるわけでもない。


 結局、志麻(しま)たちは木賃宿(きちんやど)を取ることにした。木賃宿(きちんやど)旅籠(はたご)と違い食事を出さない。旅人は、(まき)代を払い(かまど)を借りて自炊するか、外で食べるか、のどちらかを選ぶことになる。その分、宿代は安く済むのだ。


 懐に余裕がないわけでもないけれど、この先にどういう出費があるか分からない。無駄はなるべく抑えたい。


 丁稚(でっち)に宿を取ったことを伝えてしまえば、やることがない。

 川の様子は気になる。しかし、セイと源太(げんた)が川の様子を見に行きたいと言ったのを、休める時に休んでおきなさい、と止めてしまった。当然、自分が行くわけにはいかない。三人は宿でごろごろして過ごしていた。


 やったことと言えば、昼近くになって源太(げんた)に軽食を買いに行ってもらったくらいである。

 その軽食を食べ終えたころに、丁稚(でっち)が息を切らしてやってきた。


「お姉さんたち、船だけ先に動くことになったよ」


 大井川(おおいがわ)を渡るには、徒歩で渡るか、船で渡るか、の二択だ。船は基本的に荷駄用で、値段が高く設定されている。なので普通、旅人は徒歩で大井川(おおいがわ)を渡ることになる。


「お姉さんたち、急いでいるのでしょ? 徒歩はまだだけど、知らせた方がいいと思って」

 できた丁稚(でっち)である。


「ありがとう。いい判断だわ」

 志麻(しま)は懐から幾ばくかの銭を取り出すと、ニコリとしてセイに手渡した。


 手渡されたセイは、怪訝(けげん)な表情を浮かべ、手にした銭とわたしの顔を見比べている。そこに源太(げんた)が肘で軽く小突き、顎で丁稚(でっち)の方を指した。


 セイは何かに気付いたらしく、ハッとして丁稚(でっち)に小銭をそのまま手渡した。

「お兄さん、ありがとう」

 丁稚(でっち)が目を輝かせて言うのを、セイは、うんと曖昧に答えた。


「でも姫、あげちゃってよかったの?」

 と、セイは自信なさげ、というよりは、申し訳なさそうにわたしを見て言った。


「何か、悪いことがあったかしら?」

「えっ、鉄兄さんに甘やかしてはいけないって言われたでしょ」


「ええ、わたしは言われたわ。けれど、セイ、あなたは言われていないわ。ほら、この子も『お姉さん、ありがとう』ではなくて、『お兄さん、ありがとう』って言ったでしょう。問題ないわ」


「はぁ……」

 それを聞いて、セイは(きつね)(だま)されたような顔をしている。


「それにね、セイはわたしから渡された銭を、何も言われていないのにこの子にあげたでしょう。それは、この子の働きが褒美に値する、と思ったからよ」

 セイは少し考えた風に宙を見ると、そうだね、と言った。


「そう、だからこれは、よい奉仕に報酬を与える、正しい商取引の一端なのよ。決して甘やかしではないわ」


 ぐふっ、ワハハハ。突然、それまで黙っていた源太(げんた)が笑い出した。そして、

「姫さま、なかなか悪どいですね」

 だ、そうだ。失礼しちゃう。


「人聞きの悪いことを言うのはよして欲しいわ。ねぇ」

 丁稚(でっち)に念を押すと、うん、と元気な返事が返ってきた。


「さぁ、この子が折角、いち早く教えてくれたのだから、こんな所でぐずぐずしていられないわ。すぐに大井川(おおいがわ)を渡るわよ」


 セイの「うん」と、源太(げんた)の「おう」が重なると、慌ただしく出発の準備を始めた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 大井川(おおいがわ)の対岸、井籠(いろお)に着いてからは、速足で駆け抜けた。午前の遅れを取り戻すとともに、宿代と渡り賃が思ったよりも掛かってしまったのを取り戻すためだ。


 掛川(かけがわ)には朝比奈(あさひな)家の別邸がある。父さま、そして(にい)さまが、掛川(かけがわ)城主に任じられているために与えられたものだ。もちろん志麻(しま)も住んだことがあるし、慣れ親しんだ家臣もいる。

 その掛川(かけがわ)の別邸に着いたのは、(いぬ)(こく)の半ばを過ぎた頃(午後八時頃)であった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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