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あなたと、花を添えたパンケーキを

作者: anne

「今日は駆にカフェに連れてって貰ったのでちゃんと食べました。

 おいしかったです。」(相葉美冴)

「今日は美冴を最近話題のカフェに連れて行くことに成功しました。

 メニューも自発的に選び、追加で注文し、テイクアウトもしていたので、2、3日は大丈夫そうです」(三河駆)


「今日元也が突然お昼をパンケーキにしようと言いだしてカフェに連れて行かれたんだけど、この店、最近話題の予約不可で数時間待ちとかザラにある店だよね?

 何で整理券もなくたいした待ち時間もなく食べれたの???

 何で?????

 幸運の域越えてない???????」(幸澤麻利絵)

「今日、最近話題のパンケーキ食べに行ったんだけど、おいしかったしおいしそうに食べる麻利絵がとても可愛かった。やっぱりおいしそうに食べる姿は良いよね。

 それと、麻利絵も向こうも気付いてなかったけど、この後ろに写ってる2人って駒江のところの子だよな?

 2人もおいしそうに食べていた。と言うわけで、駒江にはこのクーポンをお裾分け。

 テイクアウトでも使えるようだし、好きなときに使って」(幸澤元也)




 昼に食べたパンケーキがおいしかった。

 それぞれが選んだらしいエディブルフラワーが添えられたパンケーキの写真と、報告や惚気、動揺、自慢が込められたメールが4通。

 ほぼ同時のタイミングで送信されたそれは、当然のようにほぼ同時に届くわけで。

 4通の集中砲火を喰らった私・駒江は数日後。


 彼らが食べた店のパンケーキを片手に非日常にやって来た。


 場所は仏壇型の墓が立ち並ぶ室内霊園。

 そう、墓参りに来たのだ。


 この墓の持ち主は高校自体の恋人関係にあった人で、唯一婚姻を打診した相手だ。

 トラブル(絶望)を回避しきれず、婚約どころが始まる前に先立たれてしまったけれど、遺言で死後の全てを託してくれる程度には私を選んでいてくれたみたいだ。


 そのまま結婚せず独身を貫く形になってしまった私にとって、いつしかここは絶対的に隠さなければならない秘密を預ける場所になっていった。


 墓前なのだから当然弔う。

 けれど、それ以上に預けた秘密を眺めたり新たに秘密を預けに来ることが多い。

 今日だって、新しい秘密を預けに来た。

 今日預けに来た秘密は、先日のパンケーキのメールに抱いてしまった感想である。


 あのメールを送ってきた4人は、メールの文面通り美冴と駆、麻利絵と元也のという組み合わせで仲は良い。親密と言っていい。

 前者は幼なじみ、後者はいとこではあるのだけど、それぞれがその関係名を超える感情を抱いている。

 いっそ結婚して夫と妻になってしまったほうが、いろいろと楽では?と思ってしまう程だ。


 人はそれをリア充と呼ぶし、私もそれを否定しない。

 なぜなら駒江はとある出版社の社長であり、人の営みを支える側の人間なのだから。


 私を社長として立たせてくれている人を守り、良きことを共に喜びこそすれ、不当に壊す真似など許されていない。

 いけない、のに。

 あの集中砲火を喰らって、思ってしまったのだ。


「未来のあるリア充どもが」


 と。

 笑い飛ばせるような軽いものではない。

 嫉妬のような羨望のような、原形すら留めないほどのぐしゃりとした何かとして、零れ落ちてしまったのだ。


 幸い声に出なかったし、防諜の効いた部屋だったので漏れた可能性は低い。

 だから4人にはバレてはいないと思うが、彼らを傷つけてしまう前に明かせない秘密として預けに来たのだ。


 お互いに生きていて未来があるのだから、さっさと結婚しろ、と言ってしまう前に。

 片方が死んでいるがゆえに未来など来ない私と違って、と追い打ちをかけてしまう前に。


 そんなことを知っているのはあなただけでいい、と預けに来た。






 一通り心の中でわんわんと騒ぎ倒して、秘密を預けられたように思えたので、お供えとして持ってきたパンケーキを食べる。

 いくら室内霊園で天候や動物に荒らされないと分かっていても、供え続けてダメになっていくところを見せたいとは思えない。

 それならお供えのお下がりとして同じものを食べた気になりたい。


 ……彼らのメールなどなくても気になっていたパンケーキだったし。


 テイクアウトして時間がたっているのにふわふわで、花を添えられているが故においしいだけじゃなく目も楽しい。

 その添えられている花だってエディブルフラワーなので余すところなく食べられるし、甘すぎるわけでもなかったので、これなら一緒に食べに行けたかなと思った。


 一緒に。あなたとともに。


 そこに一抹の寂しさがよぎったが、軽く頭を振って振り払った。

 それはここに置いていくべきもので、持ち帰ってはいけないものだ。






 最後の一口を食べ終え、来た時と同じようにきれいにして片づけていく。

 この墓の墓守は駒江ただ一人。親すらを拒否した遺言を守るためにも、良い状態を保たねばならない。


 法的な夫婦にはなれなかったけど、あなたの眠りは、私が守りたいのだ。


 最後に片方の戸をぱたりと閉めて、別れを告げる。日常生活へと戻るのだ。

 久々に胸元で揺れた指輪とペンダントが、がんばれと言ってくれた気がした。







 その日に見た夢は、もしも生きていたらこんな感じだったのかな?と思わせるあなたと、花を添えたパンケーキを食べる夢だった。

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― 新着の感想 ―
深い事情がある女性の心情がつづられていて、切ないような憤慨するようなあきらめのような。それでいて、墓守をするといった未来を見据えるようなお話でした。 最後の夢でトントンというわけにはいかないと思います…
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