気分が悪い
「よかったのですか。姉様」
不安そうに私を見ているダイオににっこりとほほ笑む。
「問題ないわ。どうして、私に敵意を持っている人に笑ったり、感情を向けるなんて面倒だし。婚約者としてすることはしていたのだから」
私に非はない。
相手からすれば、にこりともしない彼女だったろうけれど。
この婚約白紙も想定済み。
興味のない相手と家のために結婚するほど、言うことを聞く人ではないし、
そうそうにお目当ての令嬢も近くにいたから、
すぐにいくだろうなとは思っていた。
「まってくれ! 話は終わってない!」
どたどたと追いかけてくる音がする。
……もっと優雅にうごけないのだろうか。
同じ貴族として恥ずかしい。
見られているという感覚が足りていない。
「勝手に話を進めるな! まだ終わって」
「終わりましたよ」
かかとをあえて鳴らして振り返る。
「このようなたくさんの方がおられる場所。そこで、これ以上どのように私を陥れるのですか?」
つかまれているすそから、ダイオの震えが伝わってくる。
「陥れる? 自分が被害者のような態度をとるな」
「被害者でしょう」
「……は?」
ざわつく周りなど置いていく。
普段はおとなしく、静かにしている私が、こんなにも感情を出しているのをみて戸惑っている。
「この婚約はそちらからの話。私はあなたのご両親とも何度もお会いしていました」
もう少し待ってね。
「ですが、そちらが私の父に会っている姿は見たことがありません。弟にも。かわりにそちらの令嬢のご両親とはよくご一緒されていましたね。贈り物もあったはず」
令嬢は小さく側にいる。
「私がなにかしましたか?」
……かわいらしい。
小さくて、守りたくなる。
そんなふりをしている。
見えている。
私を馬鹿にしている感情が。
「楽しかったですか? 下位のものに言うことを聞かせて」
王様のようにふるまっていたことは耳に入っている。
「同じ男爵でも態度が違うとぼやいていたとか。私があなたが他の方を慕っていることを知っているうえで。学園で。とても仲睦まじく」
やっと私をまともに見た。
「かわいらしい令嬢。あなたに媚びる大人。さぞ、居心地がよかったのでしょうね。
入り浸っていたとか」
笑みを深める。
「両親から言われていなかったのですか? 婚約者をないがしろにするなと。それともそれを許していたのでしょうか。だとしたら、一家そろって何を考えているのか」
一歩近づこうとするのをダイオが私を引っ張って間に入る。
「それ以上はいけません。祝いの場です。それ以上は」
私に振り返り、厳しい目を向ける。
「……そうね。あなたの言う通りだわ。ありがとう止めてくれて」
「なんの意味もないことですから」
冷たい声で私の手をとり。
「お騒がせしてしまい大変申し訳ありません。我々はこれで失礼いたします」
キレイな動きで。
「帰りましょう」
今度こそ、その場の空気を片付けずに。
次の日。
ひどい顔で両親がやってきた。
私は昨日の騒動もあるから参加しないことにした。
私としては。
「さて。着替えて」
メイドから服を借りて。
「お茶は私が運ぶわ」
「承知いたしました」
客間の前で受け取り、息を吐く。
みんなをみて学んだ動き。
ゆっくりと音もなく部屋にはいり、カップを置く。
……私に一瞥することなく。
「どのような御用でしょうか」
お父様の声がとても厳しい。
ダイオも顔色が悪かったけれど、私を見て、少しだけ血が戻った。
「この度は大変……」
謝罪から始まって。
グダグダと話ながら。
机の上には書類と宝石の山。
……この書類、前も見た気がする。
さっと目を通した限り、私との婚約の際にも出してきていた、
いわゆる利点がまとめられている。
要は、今回の件はあちらの非として、謝罪の宝石。
でも、引き続き関係は築いていたいと。
で。
「娘を嫁に……か」
これも想定通り。
「ダイオ。お願いがあるの」
「なんですか?」
「もし、婚約に関して、あちらが仕掛けてきたとき。私は失礼な態度をとるわ。
それを止めてほしいの」
「姉様を?」
「ええ」
戸惑っているダイオに、にっこりと笑う。
「感情的になる私を厳しく止めて。次期当主として、家にとって良くない態度の私をいさめて」
「でっでも!」
「上の者に失礼な態度をとるの。止めるは当たり前。そして、私に対して、厳しい態度を貫いて」
「そんな……」
首を細かく横に振る。
……。
涙目で私を見つめるダイオには、不安と苦しみの感情で埋まっている。
……ダイオが生まれて間もなく。
お母様は産後の状態が悪く、そのまま亡くなった。
ダイオはお母様を知らない。
私もかろうじて記憶にあるけれど、五歳までの記憶。
周りは、私がお母様によく似ていると言ってくれる。
それが嬉しかった。
私達の事だけを見ることはお父様にはできなかったから、弟の側に私はいつもいた。
寂しくないように。
私にはあるお母様の記憶がこの子にはないのだから。
母親代わりとは思ってない。
お母様の代わりなどありえない。
それでも。
お母様に托された。
仲良く大きくなってほしいと。
ダイオは本当にいい子で。
一生懸命頑張っている。
他とは違う私が、生きていけるように。
「姉の態度はよくないものでした。とても失礼な態度をとりました」
ダイオの声はとても静か。
「そちらに非があったとしても。もっと違う態度がとれたでしょう。そんな家とまだ関係を紡ぎたいと。ご令嬢をこちらにと……」
お父様はただ険しい顔をされている。
何を考えているのか見定めている目。
「お断りします」
ダイオが机をたたいた。
……え?
「何がしたいのかわかりません」
「で……ですから……」
「ここにいろいろと書いてありますが、だから何だと? 利点等どうでもいい」
一転した空気に戸惑っている。
「姉に対し、失礼な態度をとったのはそちらです。姉から婚約者を奪った方が義理とはいえ兄の配偶者として、今後会う可能性があるのでしょう? そちらについて何もおっしゃっていませんが、どうされる予定なのですか? 嫁として、受け入れるのですか? 同じ男爵です。そちらとしては対して変わらないのかもしれませんが、義姉として接するのなどできません」
「そっそれは……」
「それに、いろいろと説明されていましたが、どれも姉の婚約の話をされた時と大差ない。宝石もいりません。全部持って帰ってください。こちらに対して、なんの誠意も感じられません。まだ、白紙の原因となって令嬢とのことも決まっていないのに、すぐにこちらに来るなど。両天秤ですか? だとしたら、どちらに対しても失礼ではありませんか」
……はあ。
「そういうことです。お引き取りを」
お父様もとても厳しい。
……。
残ったカップを片付けようと手を伸ばすと。
「姉様。お座りください」
ダイオが私に近づいてきた。
終始私は客間にいた。
お茶を淹れ直したりもしていた。
「気づかれませんでしたね。あんなにも近くにいたのに」
とても冷めた目をしている。
「満足に顔を見られた記憶がなかったから、気づかれない可能性もあったわ」
お父様の前に腰かける。
「ダイオの嫁にとは……。どこまでもつながりを持ちたいという様子だったが」
「この家の血が欲しいのでしょう」
「言っていたな。どこで手に入れた情報かわからないが、スフェーンが特別であると知っていたのか」
「それを、息子には伝えてなかったようですが」
伝えていればきっと重要性を説いて、白紙にはさせなかっただろう。
下手に伝えて、気味が悪いと感じさせたくなかったのかもしれないけれど。
「この家の血を取り入れて、自分の家にも、姉様のような存在を生みたかったと?」
「そうだと思うわ。出なければ、白紙になった時点で、ダイオに行くなんて考えにくい」
「……どこまでも。気分の悪い家ですね」
嫌悪が前面に出ている。
ダイオは私が感情が見えることを気にしていない。
いつだってまっすぐに感情豊かに。
お父様は自分を律して、感情を抑えている。
……私は愛されている。
「どうする? 引き続き学園に通うか? あの二人と同じ場所に通ってほしくないのが、
私の気持ちだが」
「お父様……。私が悪いわけではありませんし。学園にも謝罪に行きたいですし」
「ついていこう」
「いえ。ダイオ。一緒に来てくれる?」
「僕ですか?」
「家としての問題は解決しました。あとは子ども同士の問題です」
「……わかった。ダイオ。スフェーンを頼むよ」
「はい。お父様」