お断り
……どこまでも読み続けられる。
するすると文字が頭に入ってくる。
本を読むのは好きだし、文字を読むのも苦ではないけれど、それでもこれだけのものを読むのは疲れるし、頭に入らないと思っていたけれど。
「驚くほどに残っている」
頭から消えない。
山のように読んだのに。
次々と本が手元にやってくる。
その本すべてに私たちの人生がある。
一冊一冊が重たい。
「……読めば読むほどわからない」
どうして私なの?
どうして今なの?
「全てはこの中にあるの?」
私の疑問の答えが?
……あると思う。
そう直感している。
でもそこにたどり着くことが正しいのかわからない。
「……帰らないと」
どのくらい滞在していたのかしら。
もう時間感覚がない。
不思議と眠くならなかった。
睡眠はとったけれど……という程度。
「お送りいたします。ひとつ。よろしいでしょうか」
「はい」
馬車が用意され、乗り込むと。
「こちらに来られてから、まだ1ヶ月にございます。どうかお日付をお間違えのないように」
え?
……声に出さなかったことを褒めよう。
顔に出さなかったことを褒めよう。
「……承知しました」
体感としてはもっと日が過ぎていると思っていたけれど。
「あの部屋だけ時間の流れが違うのです。調べものをすると、いつまでも籠ってしまう主人を考え、外よりも早い時間で動いておりました」
……そうか。
この方に関わると基本的なことがそうではなくなる。
今だって。
「到着いたしました」
ものの数分で、外の景色は、見慣れたものになっている。
「おかえりなさいませ! 姉様!」
ゆっくり降りていると、ダイオが私にかけよってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました。お父様」
久しぶり。
ほんとにそうだ。
こんなにも屋敷を離れたことはなかった。
「……お顔の色が優れません。お父様」
「……戻ってきて早々に申し訳ないが、いいかな? ダイオもおいで」
感情は変わらずわかりにくいけれど、声は震えている。
「……お父様手ずからの紅茶。とてもおいしいです」
……お父様の癖。
心を落ち着かせたいとき。
揺れ動いているとき。
そんなときにお父様は自身の手で紅茶をご用意される。
「この1ヶ月の間に数度。辺境伯様がこちらに足を運ばれてね、お話しをした。その事でスフェーンに決めてもらおうと思ってね」
……何かしら。
ダイオが私の手をギュッと握った。
「……スフェーンを妻に向かえたいと」
……辺境伯家に。
圧倒的立場。
また、上の立場からの求婚。
他と比にならないほどの立場の方。
……でもお父様の不安はあの時と違う。
前のは、うまく行かないと想定できるのに断れない苦しさ。
でも。
今、お父様から感じるのは。
私が頷いてしまう恐怖。
「……お父様」
「お断りします!」
え?
より一層強く握られた手は、力の入れすぎで震えている。
「姉様はどこにも嫁ぎません。このお屋敷で、ずっとそばにいるんです。誰にも、どんなに上でも、絶対に姉様は渡しません。姉様」
ダイオが私を覗き込む。
「どこにも、いかないでください」
……この子は真っ直ぐに。偽るのともごまかすこともなく、感情を向けてくれる。
「たったの1ヶ月かもしれません。それでも姉様のいないお屋敷はとっても静かで、冷たかった。春なのに、全く嬉しくなかった。毎日がつまらなかった。姉様がそばにいないなんて、堪えられない」
……。
「ダイオ。……甘えてはいけないよ」
「お父様だって姉様が、お嫁にいっていいと? どうして頷けますか! ……確かに良い方だと思います。でもだからといって、不明なところが多すぎます。……あの家は、何なのですか?」




