始まりは失敗
「どうして目を合わせてくれない。俺がきらいなのか?」
「……そういうわけではありません」
学園の中庭。
二人でお会いするときは決まってこの場所。
「……俺が今誰を好きか知っているか」
「私が今浮かんでる方であっていれば知っています」
「……そういうやつだな。お前は」
……。
私を見る目はとても冷たい。
一度。
初めてお会いした日に目を合わせた。
その時の感情はとても冷たかった。
私達は婚約者。
幼いころに決められた関係。
男爵家の我が家には考えられないほど上の方からのお話だった。
伯爵家である彼の家からこの話はもたらされた。
身分差はうまくいかないと相場が決まっている。
お父様にはお断りをお願いした。
「どう考えてもおかしいです。……あちらになんの利点もありません」
「そうだが、明らかにあちらに有責がない限り、断るのも難しい」
とても苦しそうにお父様はおっしゃった。
「……有責ですね。わかりました」
「スフェーン何を考えているんだ?」
あの人も納得はされていなかった。
でも求めてきたのは家の考え。
私との婚姻を求めたのは私だからだった。
我が家には時折、変わった子が生まれる。
その理由は不明。
その子はみなそろって、五感のどれかが他のものにない力を持っていた。
私は眼。
記録を見た限りだけれど、他にも味覚や聴覚に優れたものもいた。
その感覚をつかって、一族の繁栄と国の繁栄に力を尽くしていた。
でも、それは表には出していない。
一族の掟。
記録にあった。
その力を悪用されて、一方的に搾取されて。
苦しんだ先祖がいた。
そして私はその変わった子。
この眼には感情が見える。
目を合わせた対象の感情を私は見えてしまう。
だから、婚約者が私に興味がないことはわかっていた。
両親はちがった。
私と眼を合わせることはなかったけれど、私の機嫌を損ねないようにしてきた。
私は少しづつ、両親の信頼を得ていった。
贈り物も、お茶会も。
定期的に顔を出して。
学園でもなるべく一緒にいるようにした。
……嫌な顔をされたけれど。
「こうやって会うのもやめたい。そもそも婚約を白紙にしたい。どうしてお前なんかの家と婚約しないといけない」
面と向かって言われるとさすがに傷つく。
「……婚約に関しては私から言えることなどございません」
それ以外なにもない。
それから私を避けるようになった。
好きな人が他にいることを認めたことで、スッキリしたのか、隠すことがなくなった。
それまでも二人で会っているのは知っていた。
それが堂々と。
私を見る周りの眼が痛かった。
自分達がただしい婚約同士であるかのように振る舞う二人を視界にいれるのも嫌だった。
初対面からずっと。
私に興味がなかった方の眼など見れるはずがない。
見れば、傷つくのは私なのだから。
いくら同じように興味がなくても、婚約者として振る舞うことが決められたのだ。
例え義務でも、貴族として、正しく振る舞う。
「姉様が傷つくのは嫌です。……僕に力があれば……」
この力は変わった子の力。
ダイオプテープは私を想ってくれている。
「力はなくていいものよ。ダイオにはしっかりとしたものがある。あなたにはあなたの」
賢くて優しい子。
この子が家をつぐ。
きっといい当主になる。
この子のためにも。
家が続くように。
……この国でここまで長く爵位を守りづつけている家は多くない。
問題をおこし、爵位を落とす家もあれば、追い出される者もいる。
そういった汚点はこの家にはない。
綺麗な家。
だから私も汚点は作らない。
「ダイオ。お願いがあるの」
私の始まりは失敗でも、ちゃんと綺麗にする。
綺麗な失敗だ。
そうすれば、お父様を守れる。
男で一つで育ててくださったお父様。
惜しみ無く愛情をそそいでくださったお父様。
だから、お父様の眼が見られなかった。
愛してくださるお父様を悲しませたくなかった。
「婚約を白紙とする」
その日がやってきた。
想定した日より早かった。
だいだい的に婚約を白紙にすると宣言されるだろうとは思っていた。
そういう人だ。
自分をバカにされるのをきらい、思う通りになる女性を好む。
それがとなりにいる令嬢。
数代前に爵位を得たばかりの家。
同じ男爵家。
とても可愛らしいと思う。
しおらしくとなりにいる。
こちらの予想としては、学園の卒業式だと思ったのに、その前の学園の創立記念式か。
確かに人は多い。
エスコート役にダイオを呼んでいてよかった。
たいていこういう場所は婚約者がいれば一緒に参加するもの。
「その事について、私がお答えできることはありません」
「おまえはそうやっていつだって静かにそこにいる。感情を表に出さず、ただただ静かに。……気味が悪い。だれが好き好んでそんな女と一緒にいるか」
眼を見なくてもわかる。
この方はわかりやすい。
声に嫌悪が込められている。
はぁ。
「そのようなこと、大勢の前でいうなんて」
かわいそうですわ
こちらも眼を見なくてもわかる。
笑っている。
眼は口ほどに物を言うというけれど、この人たちの場合は声に人以上にのる。
それがいいところでもあるのだろうけれど、少しは大人になってほしい。
「優しいな。そうやって、想いをかける君はとても優しいよ」
……気持ち悪い。
「だから俺は君がいい。ずっとそばにいてくれ。同じ男爵なのにこうも違うのだな」
……確かに違う。
こんな派手な装飾だらけの場違いな服。
ふさわしくない。
「……姉様」
私の手をそっと握ってくれる。
周りの視線を感じながら。
にっこりと笑みを浮かべた。
「私からお伝えできることはありません。家を通してもう一度お願いいたします」
そういって、ゆっくりと歩く。
「どこにいく?」
怪訝そうにしているが、そんなこと知らない。
そちらが有責だ。
「ご子息はこのようにおっしゃってます。新しい方を見つけられたようです。そちらと婚約でしょうか」
私の速度にダイオも合わせてくれた。
「お二人も学園の卒業生と聞いておりました。この式に参加されるとも。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
二人で頭を下げる。
「とうさんたち?!」
後ろから声がするが無視。
「このような大切な日に、このようなことになり、皆様には大変ご迷惑をおかけしました。ご子息の言うように、私たちの婚約は白紙。お考えになっていたことも白紙とお願いします」
眼を見開いて。
「なんで考えていることを……」
聞こえていました。
どこで知ったのかわからないけれど、私の眼を利用しようとしていた。
「同じ男爵です。そちらにとって大差ないでしょう」
にっこり笑みを浮かべて。
お父様からしっかり教わった淑女としての動きを。
「失礼します」