異世界転生
「あなたは死なないわ。私が守るもの」
「ダメでしょうそれは!」
ぼくは身を乗り出して机をバンと叩いた。
「貴女が言っちゃダメでしょうそのセリフは! もっと殺る気を出して……ちゃんと殺してくださいよ!」
「どうせ、私の占いなんか当たらないから……」
占い師はやさぐれたように目を逸らした。大富豪の一件があってからと言うもの、人々は手のひらを返したように彼女を非難した。あれほど持て囃していた癖に、皆「最初から怪しいと思っていた」などと言って石を投げつけた。人間とは残酷なものだ。残酷な天使のような……まぁ良い。それで、彼女はとうとう、占い師を辞める羽目になった。
「やめないでくださいよぉ。もっともっと、人を殺してください」
「いやよ。そもそも私が殺したわけじゃないし。人聞きの悪いこと言わないで。私はただ未来が視えるだけ……」
「だったら教えてください! ぼくはどうやって死ぬんですか!?」
「死なないわよ。どうせ、死んでも異世界に転生するんでしょ?」
「どうせって何ですか。そんな投げやりにならないで」
「はいはい転生する転生する」
「あぁっ……占い師さーん!」
占い師はさっさと机をたたみ、街の何処かへと姿を消した。ビルとビルの間を隙間風が吹き荒ぶ。1人後に残されたぼくは、途方に暮れた。どうして。占い師さんのチカラは本物だったのに。どうして。
死神みたいに、ズバズバと容赦なく人を斬っていく様がカッコ良かったのに。転生なんてそんなおとぎ話、信じられるわけ無いじゃないか。もう終わりだよこの占いは。ぼくが絶望していると、突然スマホがギャンギャン鳴り出し、緊急速報が流れた。
「大変です! 隕石が地球に接近しています!」
「隕石?」
「緊急速報です! 富士山が噴火しました! 世界中の活火山が、まるで閉店セールみたいに、一挙に大噴火しています!」
「閉店セール??」
「氷河期が訪れました! 宇宙人の襲来です! 太陽が地球に接近しています! 太古の恐竜が長き眠りから目覚めた模様です!!」
「一体……?」
何が起きているんだ?
ぽかんと口を開けていたぼくの目の前で、地割れが起き、ビルが地面に飲み込まれていった。地震だ。さらに津波警報が、火災警報が、雷警報が、熊警報が、人間の想像し得る全ての警報が、一度に出された。
「世界の終わりだぁ!!」
誰かが叫んだ。どうやらこの世の終わりという終わりが、一度に押し寄せてきたようだった。そんなバカな。何という終わり方だ。こんなのってあるか。
呆然していると、空が紫色に染まり、大量の円盤が押し寄せてきた。宇宙人が一斉にレーザー砲を発射し始めた。山の向こうからは、ゴジラが顔を覗かせている。大量の雷がシャワーみたいに降り注ぎ、灼熱のマグマが山という山から噴き出した。終わりだ。本当に世界の終わりがやってきたのだ。
津波が押し寄せ、人を攫い、そして凍った。隕石が降り注ぐ。太陽が近づいて来た。円安が進む。火が街を覆い、熊が黒焦げになりながら人々を襲っている。
サメが空を飛んでいる。悪魔が笑ってる。妖怪たちが嬉々として、鰹節みたいに踊った。原発が世界同時爆発し、AIは勝手に核爆弾を全弾発射し、凶悪な致死性ウィルスが世に放たれた。撃滅。崩壊。阿鼻叫喚。それでもぼくはまだ生きていた。
まだ生きている。不思議だった。いつ死んでもおかしく無い状況なのに。病死。溺死。餓死。焼死。ありとあらゆる死因が、そこらじゅうに転がっていて、選びたい放題なのに。生きている。どうして……?
「まさか……」
ぼくはハッとなった。占い師さんの最後の言葉。まだ生きている。もしかして。もしかしたらぼくは異世界に転生して、世界線を跨ぎ、別次元へと迷い込
んだんじゃないかしら。