焼死
「アンタ死ぬわよ」
「フフン」
「断言するわ。アンタは焼死する」
「笑止!」
初老の男はガハハ、と笑った。その手には乗らん。後からどうとでも解釈できるものは予言とは呼ばん。ただの当てずっぽう、放言、妄言の類じゃ。どうせ「死んだ人間は火葬される」とか、そんなオチじゃろう。つまらん!
「百発百中の占い師と聞いておったが、その程度か」
「気をつけた方が良いわよ。アンタに死相が視える……」
「ガハハハハ!」
男は大笑いして席を立った。時間の無駄だった。大勢のボディーガードを引き連れて、男はリムジンに乗り込んだ。
彼は世界でも有数の大富豪として知られていた。豪邸に住み、世界各地に別荘を持ち、当然、防火対策もバッチリだった。スプリンクラーの完備された部屋。彼の身元は、24時間365日、屈強なボディーガードたちに守護られていた。
警備は万全だ。蜘蛛の子一匹通さない。万が一火事が起きたとしても、屋上に備え付けられた緊急ヘリで、いつでも脱出可能だった。念のため、彼は知事に袖の下を渡し、自分の屋敷の隣に専用の消防署を建てた。中庭のプールサイドで日光浴をしながら、彼は満足げに笑った。どうだ。これが権力だ。これが財力だ。どんな運命も、大いなる力の前には跪くしかないのじゃ。ガハハハハ。
一方で、男の傍若な振る舞いに、市井の人々は憤っていた。屋敷の前にプラカードを持った人々が集まり、何度か火炎瓶が投げ込まれたが、その度に即消火された。無駄じゃ。その程度の攻撃、ワシには効かん。占いとやらもそんなもんか。男はワイングラスを片手に、愉しそうに下界を見下した。
賄賂がどうとかで、ネットでは炎上騒ぎになっていた。まさか、炎上で人が死ぬとは言うまい。男はさらに豪快に笑った。こちとら幼い頃からガキ大将、天上天下唯我独尊の聞かん坊で通っておるのじゃ。誰かに文句を言われたところで、今更気にするタマでもない。そんなオチなら、こっちから占い師を張り倒してやるつもりだった。
「宴の準備じゃ!」
彼は死に際、数千人の部下たちを総動員し、盛大な宴を催した。ひっそりと、孤独に惨めに死ぬつもりはさらさらなかった。大勢に囲まれて、嘆き哀しまれ、惜別の大合唱の中死んでいく。それこそワシに相応しい。ワシは占いになど負けん。絶対に運命を覆してみせる。
ピラミッドを建設した。
前方後円墳を造らせた。
神社を造らせ、兵馬俑を造らせ、生き埋めに何人か道連れも用意した。荘厳なオーケストラが鳴り響く中、男は我が人生に一片の悔いも残さず、満足げに死んでいった。
ちょうど100歳。大往生であった。男は死後、祭り上げられ崇め奉られ、文字通り神となった。男の意向で、死体は土葬にされ、巨大な墓の数々はその後何十年にも渡り屈強なボディーガードに守護られた。
もちろん火の気は一寸たりとも近づく余地もない。とうとう占いが外れたのだ。占い師の評判は地に落ちた。
「助けてくれーッ!」
さて。死後、神と化した彼だったが……一方で彼の魂は生前の所業を裁かれ地獄へと堕ち、いまだに業火に焼かれ続けていようなど……誰も知る由もない。