餓死
「アンタ死ぬわよ」
「死ぬ!?」
「アンタ、子供の頃から食べ物を粗末にしてきたでしょう? このままじゃアンタ、餓死一直線よ」
「餓死ィ!?」
至って深刻な表情でそう言われ、私は思わず吹き出しそうになった。この飽食の国で、一体どうやって餓死しろって言うのよ。コンビニやらスーパーやら、雨後の筍みたいにそこらじゅうに生えている時代じゃない。パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない。
「そんなはずありません。私、嫌いな食べ物もないし。アレルギーもないし、料理だって出来るし。いざとなったら、野草でも昆虫でも、何でも捕まえて食べてやるわ」
「その油断が命取りになるのよ。私には未来が視えるの」
「ありがとう。もう結構よ」
財布から数千円を抜き取って、占い師の前にドンと置く。私は立ち上がり、颯爽と踵を返した。やれやれ。がっかりだわ。当たる当たると有名な占い師だったから、一体どんなものかと興味本位で覗いて見たけれど。
餓死なんて、一番あり得ない。でも……念のため、食糧を買い込んでおいた方が良いかしら。帰り道、私は早速その足でスーパーに向かい、向こう数ヶ月は食べ物に困らないくらいの食料品を調達した。
これでもう大丈夫。ケーキが無ければ、ボタンひとつ、お寿司でもおピザでも、ネットで何でも注文すれば良いじゃない。オホホホホ。オホホホホ……。
その日は突然やってきた。
突然の災害で、交通手段が麻痺し、私の住む街に食べ物が届かなくなってしまったのだ。でも大丈夫。占いのおかげで、冷蔵庫はパンパンだ。食べ物はある。入りきれないほどの食料が部屋から溢れ出ている。あの占い師、中々やるじゃない。もしかしたら本物だったのかしら?
「誰!?」
不意に背後で物音がして、私は飛び上がった。街には大雨洪水雷波浪津波高潮暴風大雪濃霧乾燥雪崩低温警報が出ているから、出歩いている人はいないはずだった。恐る恐る物陰から覗いて見ると、玄関に見慣れない生き物がいる。
「熊……?」
そんなバカな。私は目を見開いた。あり得ない。一体どこから人里に迷い込んできたのか、身長2メートルはあろうかという巨大な熊が、冷たい目で私を見下ろしていた。熊警報は出てなかったのに!
「ひ……!?」
雨風を凌げる場所を探して、食べ物の匂いに誘われて。飢えた熊が、鼻息荒く、一直線に私へと突っ込んできた。餓死一直線……飢えていたのは私じゃなかった。
熊が満腹になるまで、そう時間は掛からなかった。