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溺死

「アンタ死ぬわよ」

「死……?」


 思いがけない言葉に、男はポカンと口を開けた。28歳。大恋愛の末、この間結婚したばかりの働き盛り。昨年待望の長男も生まれ、来月には第二子が誕生する予定である。死ぬ理由はひとつもなかった。


「アンタには水難の相が出ているわ。数年以内に、溺死するわよ」

「そんな……」


 場末の占い師がそう断言した。笑い飛ばそうとして、彼は喉を引き攣らせた。此処の占いは良く当たると評判だった。


 彼は貿易会社に勤めていた。確かに海外出張も多く、船や飛行機での移動が日常茶飯事だったが、幸い今まで事故に遭ったことは一度もない。とはいえ面と向かって死の宣告をされてしまうと、妙に胸騒ぎがするのも確かだった。


「どうにかならないんですか?」

「私はただ未来が視えるだけ。回避する方法だとか、それ以外を伝えてしまうと、チカラが弱まってしまうの」


 この(アマ)、適当なこと言いやがって。お前は小説家か。込み上げてくる怒りを必死に堪え、彼は占い師の元を足早に去った。


 何が占いだ。聞いて損した。生きてりゃ人間、そりゃ誰だっていつかは死ぬわ。その時に溺死だろうが、感電死だろうが、占いが当たったところで何の意味がある。当たったかどうか確かめようとした次の瞬間には、自分は死んでいるのである。馬鹿馬鹿しい。ある意味詐欺に近い。こんなもの信じる方がどうかしている……


 ……次の日、男は早速転職した。


 妻にも相談せず、いきなりだったので、案の定大喧嘩になってしまった。散々言い争いをして、何もかもに嫌気が差して、男は逃げるように引っ越した。人里離れた山奥へ。海のないところへ。川のない、水のないところへ。湖や、プールなんてのもダメだ。風呂にも、雨水にも気をつけろ。とにかく水に近づいてはいけない。


 ありとあらゆる水っ気のものを遠ざけて、男は山奥で暮らし始めた。


 とはいえ突然の隠居生活は彼に多大なストレスを与えた。今まではそれなりに裕福な暮らしをしてきたのだ。外国車に乗り、グラマラスな愛人を侍らせ、自宅のホームシアターを見ながらワインを嗜む……そんな彼が、水を怖がったばかりに今や見る影もなかった。酒に溺れた。行きずりの女に溺れた。薬に溺れ、ギャンブルに溺れ、暴力に溺れ、やがて彼は無理が祟って死んでいった。溺れに溺れたその死に顔は、安らかなものだったという。

 

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