病死
「アンタ死ぬわよ」
「えっ……」
皿のように巨大な眼でジッと見つめられ、俺はブルルと背筋を震わせた。女は水晶玉に両手を翳したまま頷いた。
「死ぬ?」
「ええ。私には未来が視えるの」
「死ぬって……でも、どうして?」
「癌よ。間違いない。近い将来、アンタは病気に殺される」
「ガン!!!」
俺は飛び上がった。ガーン。それは只事ではない。占い師の女は我が意を得たりとばかりにニヤリと嗤い、ダルダルのお腹を面白そうに揺すった。
「気を付けることね……私の占いは、必ず当たるから」
「そんな……」
俺は冷や汗を拭いながら店を出た。全くとんでもないことになった。ほんの気まぐれで、フラッと寄っただけの占いに、まさか死の宣告をされるとは。
確かに巷じゃ、ここの占いは良く当たると有名だった。だからと言って、はいそうですかと運命を受け入れる訳にもいかない。嫌だ。死にたくない。信じたくない。信じるものか。青々と輝く空を恨めしそうに見上げながら、俺はいつの間にか拳を強く握りしめていた。
何が占いだ。信じないぞ。俺は絶対に、この運命に打ち勝ってみせる。
それからと言うもの、俺は狂ったように健康に取り憑かれた。食事にも睡眠にも気を使い、風邪ひとつ引かぬよう、万全の体制で毎日に臨んだ。仕事の合間を縫ってはがん検診や人間ドックへと出掛けて行った。どんなに医者が、もう大丈夫ですよ、と太鼓判を押しても、それでも病院に通い詰めた。
癌と言うのは珍しいと思われているが、平均寿命が伸びて、今や誰が罹ってもおかしくない病気なのだ。生きてりゃ誰だってガタが来る。とにかく早期発見だ。全身に転移する前に対処できれば、まだ何とかなるかも知れぬ。死んでたまるか。休日は津々浦々、全国の名医と呼ばれる先生の元へ馳せ参じ、学会にも積極的に顔を出した。
「安心してください。至って健康ですよ」
「そうですか」
医者にそう言われ、俺はほっと胸を撫で下ろした。とはいえ案の定、病室を出るとすぐに不安がぶり返して来た。ダメだ。やはり医者の言うことなど当てにできない。油断は禁物だ。それは俺が一番分かっていることだった。
「もしもし」
『あっ先生。大変です。今すぐこっちに戻ってきてください』
電話に出ると、勤め先からだった。
『444号室の患者さんが、急に苦しみ出して……』
「分かった、すぐ行く。緊急手術の準備をしておいてくれ」
『あの……』
「ん?」
『先生、大丈夫ですか? このところ働き詰めで……少しは休まれた方が』
「なぁに、心配するな。ひとりでも多くの癌患者を救うことが、私の使命だと思っているよ」
俺は電話を切って、急いで職場へと向かった。忙しくしていれば気も紛れる。緊急手術、手術、学会、手術、手術……その合間にも俺は検診を続けた。今のところ癌は影も形も見当たらない。体は健康そのものだった。だが努力も虚しく、結局俺は多忙を極め、やがて病気に殺された。