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クラスの中で魔王の溱君だけが私の家が貧しいことを知っている

作者: 時雨白

「ごめんね、葵。これぐらいしか渡せなくて」


 そう言ってお母さんは、2000円を渡しにくれる。


 わたしの家はお父さんが早くに亡くなってお母さん1人で私と妹と弟の3人を養っている。


 お母さんは頑張り屋だけど、才能がない。


 だから、仕事でもとても頑張ってるけど上手くいかなくて、私たち4人を満足に賄うことはできなかった。


 この2000円も本当は受け取るのが嫌だった。


 2000円は私たちにおいては、1週間分の食費に当たる。


 育ち盛りの弟や妹がいるのだ。


 私なんかよりもそっちにお金を使って欲しかった。


 それに明日はお母さんの誕生日でもあった。


 だけど、今日は文化祭で、その後に打ち上げをしようと話になった。


 わたしは、クラスでも中心的な人物で、この文化祭でも中心人物としてみんなを引っ張っていた。


 だから、みんな私がいないといけないと言ってくる。


 その気持ちは分からないこともないけど、それでも私においては家族の方を優先したかった。


 だから、適当な理由をつけて最初は断った。


 だけど、みんなはそれで諦めなかった。


 1番の功績者がいなければ意味がないと言っていた。


 みんなは私の家庭が貧しいことは知らない。


 私が一生懸命に隠しているから。


 なんで隠すか、それは私が見栄を張りたいとかじゃなくて、それで弟や妹が何か言われるのが嫌だったからだ。


 私は幼稚園の頃までお父さんがいたから少なからず裕福な生活を送れたけど、弟と妹はお父さんが亡くなる一年前に生まれたから、そんな経験がない。


 生まれてからこの時まで、大変なことばかりあっている。


 だから、弟や妹に少しでもいい思いをさせてやりたかった。


 だけど、今は裏目に出ていた。


 みんなは私を喜ばせるため、善意でやっているから余計断りにくかった。


 どうしようかな迷っていた時、どこからか分からないけどお母さんが打ち上げのことを知った。


「行きなさい」


「え・・・・・・でも。みんなが」


 お母さんの言葉に私も最初は抵抗した。だけど


「お姉ちゃん行って!」


「俺たちのこと気にしなくていいから楽しんで!」


 お母さんだけではなく、妹も弟も行ってほしいと頼んでくる。


「そう言われても、次の日お母さんの誕生日だし、生活も余裕があるわけじゃ」


 わたしはそう言ったことをすぐに後悔することになる。


「遊びたい年頃なの娘にそんなことを気にさせてしまうなんて。母親失格ね」


「そんなことはないよ!!」


 急いで私は否定する。


 私はお母さんにとても感謝している。


 とても辛いはずなのに、いつも笑顔で私たちを育ててくれている。それがどれだけ大変なことなのか、わたしは多少なりとも分かっているつもりだ。


「なら、行ってちょうだい。わたしは葵が娘が笑顔でいてくれることが1番の幸せなの」


「お母さん」


 その言葉はズルすぎる。


「私たちも、一番頑張っているお姉ちゃんが笑顔でいてほしいの!」


「姉さんもたまには休まないと」


 私に止めを刺すように弟と妹も頼んでくる。


 家族の思いを無碍にできるわけがなかった。


「分かったよ。楽しんでくる」


 そうして、私は打ち上げに参加することになった。


「気が重いな」


 家族の思いは分かるが、やはり乗り気ではない。


 どうしても気分が暗くなってしまう。


「ダメダメ、こんなんじゃクラスのみんなを不安にさせちゃう」


 わたしは頬を叩いて、気持ちを入れ替える。


 家族の気持ちをクラスの頑張りを私が台無しにするわけにはいかないのだ。


 悩んでいても何も解決しない。とにかく、前に進まないと!


「うわ!」


 そうやって一歩前に進もうと思った瞬間、後ろから服を掴まれて引き戻される。


 そして、目の前に車が通り抜ける。


「はぁ、僕に迷惑をかけることだけは得意なんですね」


 心底疲れるといった感じの声で、私を助けてくれたのは(みなと)君だった。


「溱君、ありがとう」


「お礼は入りませんよ。君がいくら盲目であったとしても目の前で轢かれるところを無視したのなら、何を言われるか分かりませんからね」


 面倒くさいと言う気持ちがよく伝わってくる。


 溱君は私と同じクラスメイト。


 本人の冷たい性格と、人の心を抉るような鋭い言葉が災いしてクラスでは1人になっている上、その怖さから魔王と言われている。


 溱君は刺すような鋭い視線を私に向ける。


「何を考えていたか知りませんが、他人に迷惑をかけないようにしてください。あなたは曲がりなりにも責任者ですから」


「ごめんなさい・・・・・・」


 私は、溱君に嫌われている。


 クラスの中心人物として、孤立している溱君をどうにかしようと色々してきた私は、その度に溱君に辛辣な言葉を浴びせられ嫌われた。


「すぐに暗い顔をしないでください。これでは僕が悪くなってしまう」


「あ、そうだね。ごめん」


「声のトーンが下がってますよ。学習しませんね、あなたは」


 やれやれと言った感じで、信号が青になって溱君は私を置いて歩き始める。


 やっぱり、私はダメダメだ。


「葵ーー!おはようーー!」


「マキちゃん!」


 落ち込んでいた私に、クラスの中でも一番明るく可愛い、親友であるマキが抱きついてくる。


 マキちゃん明るさにつられて私も笑顔になる。


「やっぱり葵ちゃんは笑顔が一番だよ」


「そう言ってくれてありがとう」


「どういたしまして!そんなことより溱君と何かあったの?」


「何もないよ。ちょっと私が迷惑かけちゃっただけ」


 私はマキちゃんに急いで弁明した。


 私が溱君に考えなしで関わったことで、クラスでの溱君の評価は更に低いものになってしまっている。


「葵がそう言うならいいよ。そんなことより今日、文化祭頑張んないとね」


「うん、そうだね」


 マキちゃんはこちらに気を使って話題を変えてくれた。


 そのまま、私たちは2人で学校に向かった。







「「「最優秀賞、おめでとう!!」」」


 私たちのクラスは出し物に置いて最優秀賞をもらうことができた。


 そのことを教室の中で、私たちは教室の中で喜び合っていた。


「葵ちゃんのおかげで最優秀賞を取ることができたよ!」


「別に私だけの力じゃないよ」


「いやいや、クラスを良くまとめていたのは葵だ。みんな感謝しているよ」


「そうだよ!」


「私もそう思う」


 わたしはみんなが喜ぶように笑顔を見せて喜ぶ。


 みんなの努力を無駄にしなくてよかった。


 そんな感じでみんなと喋っていると溱君は視線に入る。


 溱君は1人、笑わず外を見ていた。


 その光景がわたしの心に深く突き刺さる。


「それじゃ、打ち上げ行こうぜーー!!」


「行こう行こう!」


 更に盛り上がるためにクラスメイトは打ち上げの会場に向かい始める。


「葵もいこう」


「う、うん」


 家族の件もあってクラスメイトとノリについていけず、疎外感を感じる。


 やっぱり行きたくないな。


 やっぱり、わたしは家族を大切にしたかった。あの時、断る勇気があったらと私は深く後悔する。


 そうして、マキちゃんに手を連れられて私は教室を出ようとした時だった。


「聞いたか、魔王の湊も来るらしいぜ」


「おいおい、マジかよ!最悪」


「喋る相手いないだろう、何しに来るんだ?」


 溱君が来る!?


 絶対に来ないと思っていたからか、私は驚いて溱君の方を見てしまう。


 それと同時に溱君もこちらに見てきて目が合った。


 こっちに来い、溱君が私にアイコンタクトをした後、教室を出て誰もいないところに向かっていく。


 ついていかないと!


「マキちゃん、ちょっと先に行ってて!私、少しだけやること思い出した」


「分かったーー!またあとでね」


「うん!またあとで」


 溱君に色々と罪悪感があった私は溱君の言う通りに、跡をついていく。


 そして、誰もいない階段で溱君がいた。


 溱君の表情はいつものように冷たい表情だった。


「溱君、なんのようかな」


 わたしは勇気を出して用件を聞く。


「受け取れ」


 溱君はポケットから封筒を取り出すと私に投げ渡す。


「開けていいかな?」


「構わん」


 わたしは受け取って封筒を開ける。


 その中には一万円と遊園地のチケットが5枚入っていた。


「溱君・・・・・・これはどう言うこと」


 突然のことにパニックになりそうなところをギリギリで抑えながら、溱君に聞く。


「対価だ。一万円は今日の打ち上げ代と遊園地に行く時の通行費に使え、遊園地のチケットが足らないなら後でいえ、あと数枚持ってるから」


「いやいやいやいや、そんな説明じゃ何も分かんないよ!」


 対価?遊園地?足りない?何も分かんない。


「察しが悪いな」


 溱君は困っているわたしを見て、面倒くさそうにしながら私にも分かるように説明を始める。


「葵さん、そんな裕福ではないでしょう」


「どうして・・・・・・そのことを」


 私にとって一番隠しておきたいことをいきなり当てられて胸が爆発しそうになる。


「見ていれば分かるさ、限界まで使われている鉛筆にノート、よく使い込まれているハンカチ、普段食べている弁当も出来るだけ節約しようと工夫されているし、髪の方も伸ばしていると言うより、切れないと言った感じなんだろ?

 邪魔になったら結んでるし」


 全部見抜かれてるーーー!!!!


 少しでも出費を押されるために鉛筆を最後まで使うなど頑張ってきた。


 みんなからは貧しいことがバレないようにやってこれていたと思っていた。


「え、みんな・・・・・・私が貧乏のこと知ってるの?」


「安心しろ。知っているのは僕だけだ。他のみんなには偉いな程度しか思っていないらしい」


「よ、よかった」


 最悪の状況になっていないことに私は深く安堵する。


「溱君は私が貧乏で同情したからお金を渡すの?だけど、対価で言っていたから私に要求するの?」


 みんなにはバレていないことは良かったが、溱君にはバレている。


 溱君は私のことを嫌っている。


 何か要求されるのではないかと、体が震える。


「はぁ、しっかりと知ろうとせず、勝手に思い込む。そう言うところ、本当にくだらない」


 震えている私に、溱君は心底冷たい声に私の心が凍りつく。


 やっぱり、溱君は私のことが嫌いなんだ。


 溱君は疲れるように階段に座る。


「対価はすでに支払われている」


「え・・・・・・」


 溱君の言葉にわたしは顔をあげる。


 そこにはいつもの冷たい表情の溱君が見える。


「僕は功労者にはそれにあった報酬があるべきだと考えている。今回の文化祭、葵さんもクラスのみんなもよく頑張っていた。


 それ故に、お金がない中、無理して喜ぶ必要は葵さんにはない。それと同時にクラスメイトの連中が葵さんを祝う気持ちを無碍にしてやる必要もないと思った。 」


「だから、私に打ち上げ代と家族が喜ぶものを用意したの?」


「ああ、葵さんが家族を大切にしていることは、僕に構おうとした時にうるさいほど聞いてるからな。


 お金を渡したしても家族のことを解決しないと意味がないのは分かっていた。話を聞いた感じ、弟と妹がいるらしいから、父、母と葵さんを合わせて5枚分用意しておいた。」


 溱君から出た言葉は、淡々として冷たいけど、誰よりも心優しい言葉だった。


 それに、私の話は無視されていると思っていた。


 私が無理矢理話に行ったとき、溱君はつまらなそうな冷たい表情をしていたから、鬱陶しいと思われていると思った。


 だけど、それは違った。溱君はしっかりとわたしの話を聞いていた。

 

 溱君の思いやりに涙が出てくる。


 そんな私をよそに溱君は立ち上がる。


「先に行く。


 クラスメイトが葵さんにサプライズがあるらしい。行きたくなくても、それを貰った後にしてくれると助かる。


 それと1人で帰りたいなら連絡してくれ、いい感じに1人にしてやる。」


「溱君が打ち上げに来るのは、もしかして私のため?」


「家が貧しいことバレたくないんだろう?面倒ごとは引き受けておいてやる」


 溱君は何からなんでも見抜いていた。


「どうして、ここまでしてくれるの」


「先程もいっただろう。功労者の対価を支払うだけだ」


「わたし、嫌われてると思ってた」


「それは葵さんの勘違いだ」


「勘違い?」


 溱君は振り返ってこちらを見てくる。


「私は、何事にも公平でいる。頑張っているものには相応しい報酬を、間違っているなら、その間違いを気づかせる。


 葵さんは中心人物だから、何とかしないといけないという義務感で近づいて来た。


 義務感で近づいて来られては、誰もが不愉快になるのは当然だ。人は葵さんにとって都合のいい存在ではない。


 その間違いを気付いてもらうために少し強めに言っただけに過ぎない。だから、僕は葵さんのことは好きでも嫌いでもない」


 溱君の言葉はどこまでも芯が通った言葉だった。


 それと同時に理解する。


 溱君は冷たく鋭い言動の裏には思いやりのある優しい人なのだと。


「質問はもうないか?」


「一つだけ、ある」


「なんだ?」


「私が頑張っても恵まれなかった時は、今回の時のように助けてくれる?」


「場合による。僕は公平性を重視する」


「そっか」


 つまり、今回のように辛いことがあったら助けてくれると言うわけだ。


 クラスの中で、魔王の溱君が私の家が貧しいことを知っている。


 その事実が私の中でとても心強かった。










「みんなのサプライズ、嬉しかったな!」


「1人にするのがメチャクチャ大変だったがな」


 隣で歩く溱君は心底めんどくさかったと疲れた表情をしている。


「溱君のお陰でとても楽しかった!ありがとう」


「何度も言うが、礼はいらない。やるべきことだからやっているに過ぎない」


 溱君は堅物だった。


「そうなんだ。なら、明日、遊園地に一緒に行ってほしい」


「必要性がないし、明日は急すぎる」


「私のお父さんいないの、だから貧しいの。それに明日はお母さんの誕生日だから、喜ばせたいの。そのためには遊園地のことを知っている溱君が必要」


 私がそう言うと、溱君は立ち止まって少しだけ考える。


「配慮不足だったか。分かったついていくよ」


「ありがとう」


 溱君は本当に心優しい魔王様だった。


 そんな溱君を私は誰にも教えたくないと思った。

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