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9話 友達

「あれ、池谷先生じゃないですか。どうしてここに?」

「い、いや大石さんこそ、どうして?」

「咲ちゃんは私が呼んだんです。女子会しよーって」

「あ、そ、そうなんですね」

 気まずい。女性2人と一緒にいるのは俺にとってはかなり辛い。もうすき焼きも食べ終わったし、さっさと帰ろう。

「じゃあ後はお二人で。先に失礼します」

 大石さんは俺の腕をガッと掴んだ。俺はビックリした。

「別にいいですよ。先生も一緒に飲みましょ!」

 大石さんはもうかなり酔っている様子だ。かなりのテンションで俺に戯れてくる。声も無駄に大きい。小学校の先生にしてはだらしない。これはかなり面倒なことになりそうだ。

「いやでも俺、明日も仕事あるんで……」

「まだ9時ですよ?全然大丈夫ですって」

 有村さんはカウンターにビールジョッキを出して、ビールを注いだ。そしてそれを俺に差し出した。

「さ、池谷先生。遠慮なさらず」

「あ、ああ、どうも」

 強く言われると断れないのも俺の悪い癖の1つだ。だが別に悪い気はしない。色々あって家に帰る気分でもないし、どうせなら一杯ぐらい頂こうか。

 俺はカウンター席にしっかり座り直して、重いジョッキを手に取った。

「じゃあ、乾杯」

「乾杯!!」

 俺はビールを腹に入れた。酒を飲むのは結構久しぶりだ。うん、やっぱりうまい。

「くぅうう!」

 大石さんはかなりいい飲みっぷりだ。本当に美味そうに飲むのが上手い。まだ若かろうに酒好きとはなかなか渋い。

「大石さんは今おいくつで?」

「25です。あ、咲ちゃんでいいですよ。プライベートの時は」

「あ、はぁ」

 陽気な人だ。悩み事なんてきっとないんだろうな、と思った瞬間に浅はかな考えをしてしまったと反省した。そういえば彼女は学校で上司の方にパワハラとセクハラに遭っているのだ。それも弁護士に相談しなければならないほど重大なものだ。学校で初めて彼女に会った時の表情を思い出し、今とのギャップに驚かされた。

「ちなみに私は32!」

「あ、そうなんですか。もっとお若いかと」

 お世辞でもなんでもない。ただ俺よりも3歳年上なことに違和感がないわけがない。

「池谷先生はなんでここに?」

 満面の笑みを浮かべながら、大石さん、いや咲ちゃんは俺に聞いた。もうベロベロなんだろう。

「まぁ、通りすがりです」

「へー。家この辺なんですか?」

「ここから電車で20分ぐらいですね」

 ビールを少しずつ飲み進める。酒は弱い方だから、一気に飲むと気分が悪くなる。おそらく顔はもう赤くなっている頃だろう。

「どこの駅ですか?」

「えーっと、浅山町っていうとこです」

 普段はあまり言わないが、全員酔っていることに免じて教えてあげた。

「本当ですか?私もです!」

「え?」

 それは聞いていない。俺は驚いて軽くむせてしまった。

「浅山町のどこですか?」

 これはもう言わなきゃいけない空気じゃないか。だが、俺も酒が入っているので迷いはあまりなかった。

「駅前のリバーサイド浅山っていうマンションです」

「私もです!!」

 俺は咲ちゃんの目を見た。酔いのせいでフラフラしてるが、大の大人がくだらない嘘はつかないだろう。きっと本当だ。

「私6階です!先生は?」

「お、俺は12階」

「最上階ですか?いいなぁ」

 こんなことがあっていいのだろうか。偶然にも俺と咲ちゃんは同じマンションであることが発覚した。なんか複雑な気分だ。暇だからって来られたらどうしよう。

「すごい!2人運命かもね!」

 有村さんは茶化すように笑った。咲ちゃんは気にもせず大声で笑った。デリカシーも何もありゃしないが、こうやって何も考えず、現実から目を逸らし馬鹿騒ぎするのも案外良い気分だ。

 ここにいる3人は皆、何かしらの不安な状況にある。でもその傷を舐め合うように酒を飲み交わしている。こんなことをしたのは人生で初めてだ。悪くない。誰かと一緒に飲むのも悪くない。

 最初は一杯だけのつもりだったが、結局日が変わる頃まで飲んでいた。3人とも笑い疲れていた。それもお酒のせいで、全員良くも悪くもすっかり気分が良くなっていた。だが1つだけ、彼女たちに伝えておかなければならないことがあった。

「じ、実は1つ、黙ってたことがあって……」

「え、何?」

「俺、事務所解雇されるかもしれないんです。そうしたら咲ちゃんの案件、担当できないかもしれなくて……」

 咲ちゃんは目を丸くして俺を見た。先程までの楽しい雰囲気は一変し、その場に冷たい空気が流れた。だがこれは言わないわけにはいかなかった。

「なんで?どうして先生解雇されちゃうの?」

「ま、まあ、その……、すごく簡単に言ったら、自分のクライアントを裏切るようなことをしちゃって」

「なんでそんなことしたの?」

 有村さんはやや不思議そうに俺の話を聞いている。面接を受けている気分だ。

「ま、それは色々とあって……」

「色々って?」

 有村さんは少し食い気味に俺に聞いた。その言い方にどこか棘を感じたが、俺に反論の余地はない。

「もしかして前田さんの件?」

「まあ、はい」

 俺はこの件について何から何まで話した。特に咲ちゃんは事の転機となる重要な証拠と証言をくれた張本人であり、俺の失態を知らさないわけにもいかなかった。だがもちろん、俺が結局敵の立場である奥さんを庇ったのはあくまで旦那が悪いという俺の判断であり、証拠を持ってきてくれた咲ちゃんに一切の責任はないことを伝えた。

 2人は真面目に聞いてくれた。クライアントを裏切るということが弁護士としてあってはならないということ、またその結果事務所が訴えられることになり、橋本先生をはじめ関係者に多大な迷惑をかけたということ。

 自分のことを話す機会はそうない。まして自分の失敗談を話すなんてことは今までなかっただろう。今日このことを話すことに躊躇がなかったと言えば嘘になるが、でもこの2人だから口を開けた、と結論づけることも十分できた。俺の中で次第に、この2人の存在感は大きくなっていた。

「お、俺はまだ弁護士としてはまだまだ半人前なんです」

「そんなことはないんじゃない?」

 有村さんは優しく俺の言葉を否定した。

「慎也くん、さっき言ってたじゃない。弱い立場の人を助けたいがために弁護士になったって。もうその夢も自分の力で叶えてるじゃない。それは簡単なことじゃないわ。弁護士としてよりも、一人前の大人として立派よ」

 俺は何度も頷いた。彼女の言葉は俺の選択を危うく正当化しそうな勢いだった。だがそうしてしまうと俺は弁護士としてもう二度と生活していけない。でもそのような要素を加味しても、まだ彼女の言葉には俺の動かす力がありそうだった。

「別に事務所を辞めても、弁護士を辞めさせられるわけではないですよね?」

「まあ、それはそうです」

「じゃあ池谷先生が良いです。池谷先生にお願いしたいです」

 咲ちゃんは上手に嘘をつけるタイプではない。きっとそれは本心で間違い無いだろう。

 こうして人に頼られる経験は今までの俺には全くなかった。沢山の弁護士の中から俺を選んでくれることなど尚更なかった。

「あ、ありがとう……」

 俺は自分のしたことを正当化しようとは思わない。事務所の人には多大なる迷惑をかけるし、旦那さんにも悪いことをしてしまった。だけどあの選択に後悔をしたくはない。今なら堂々と前を向ける気がしている。

 言葉では説明し難い複雑な感情が頭を交錯する。橋本先生ならきっとわかってくれるに違いない。受け止めてくれるに違いない。おこがましいがそう思いたい。

「頑張ってくださいよ、池谷先生!!」

 有村さんは俺の背中を勢いよく叩いた。ビシッといい音が店に響いた。俺は少々驚いたが、彼女の言う通りだとしっかりと頷いた。

小説を読んでいただいてありがとうございます!!


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