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超獣戯画Ⅰ  作者: m-u-t-o-i


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第六十五話 大切なものを失った人生

レンドは二人の目を見ながらゆっくりと話し始める。

「大切なものを奪われた人間に、世界は冷たい。それを違う何かで補填しようとすることにも、大切なものを奪った相手に復讐することにでさえも世界は味方してくれない… 何なら、それに囚われている人間からより多くのものを奪おうとしてくるだろう」

ピントは驚いた。

「何を…」

レンドは続ける。

「俺の経験でしかないが、大切なものを奪われた人間が、自分の人生を取り戻す方法は一つしかない。それは、大切な物なんて最初から持っていない人生を生きていると思って、お前の人生でやりきっていないことを死ぬ前にやり切ることだ」

カルケルが顔をあげる。そしてカルケルは顔を真っ赤にしてレンドに反論する。

「俺にとってはあの子が全てだったんだ。あの子の幸せを見届けることだけが俺の、俺達夫婦の人生最大の望みだった」

レンドはうなずく。

「もちろん。そうだろう…。だがそれは子供という大切なものができた後の望みのはずだ。お前だけの人生を考えてみたときに、それだけが本当にお前の望みで生きがいの全てだったか?」

言われてカルケルは少しはっとした。メイが生まれる前は彼は大工として誇りをもって仕事をしていた。自分の作った家や建物を皆が利用して、楽しそうに幸せそうに暮らしているのを見るのが好きで、そんな自分の仕事を愛していた。

「でも…」

必死で反論しようとするカルケルの先をレンドが引き取った。

「子供が失われると、自分が後世に何も残せないような無力感を感じることが多い…。

だが違う。人は子供なんかいなくても自分の生き様をこの世に残すことができる。そんなお前の生き様を見た人間が後世にその思いを引き継いでいくことこそが重要なんだと俺は思う」

今度はピントが反論する。

「レイは俺が物心ついた時からずっと一緒なんだ。レイのいない人生なんて俺には想像もできない」

レンドはこれにも返す。

「同じことだ。要は大切なものがあることによって生まれた望みと真のお前自身の望みを分けることが肝心だと俺は思う。どれだけ大切な者から影響を受けたとしても、それを守ることだけが本当にお前自身の望みだったのかは考えてみる必要があると思わないか?」

ピントは黙る。だがカルケルもピントも理屈は分かるが、それだけで真にわだかまりが消せるかというとそんなことはなかった。今度はカルケルが言い返す。

「だが、それなら彼らの無念は誰が晴らせばいい。やられ損じゃないか」

レンドはゆっくりとその質問を受け止めて、慎重に返す。

「そうだな。だが、それと同じ思いを相手にさせることに人生を費やしているお前たちをみて、大切な人達は喜ぶか?本当に気が晴れるとおもうか?」

ピントはレイの事を思い出す。彼女は常にピントの幸せだけを願い続けていた。

レンドは続ける。

「それに、復讐には相手を殺すべき時と復讐そのものに向いている人間ってのがある。お前たち二人のどちらともそれには当てはまらないし、今回は相手を殺すべき時ではない」

カルケルが尋ねる。

「なんだ殺すべき時って」

レンドが答える。

「その時は、単純だ。殺さないとそいつが他の人間の大切なものを奪うときだ」

カルケルが反論する。

「じゃあ今はその時だ。領主を放っておいたら、また被害者が出るに決まっているだろう!」

レンドは首を振る。

「奴を殺さずとも、街の人間が真実を正しく把握すれば、権力は自然と奴の手から離れる。権力が離れてしまえば、もう奴らは他の人間を同じ目に合わせることはできない。ここで奴を殺そうと躍起になることはかえって領主に得に働く可能性の方が高い」

カルケルはそれには言い返せなかった。確かに不用意に領主を殺そうとしてしまえばそれは結果的に領主にこちらの言い分を貶める大義名分を与えてしまうことになりかねない。

今度はピントが尋ねる。

「なんだ復讐に向いてる人間って」

レンドは少し、昔を思い出すような遠い目をした。

「それは、人の痛みを想像できない人間だ。復讐だろうが何だろうが、相手を傷つける行為をすれば、それをした人間は罪を背負う。相手の気持ちが想像できてしまう人間はその分自分がした行為によって縛られ、苦しめられていく…。お前らは良くも悪くも、善人過ぎる。仮に復讐が成功したとしても、この先一生、今度は自分がした罪を背負って苦しんで行くことになるんだ」

ピントは言葉を失う。

――いわれていることはまるで説教みたいな、くそみたいな正論のはずなのになぜかこの人が言うと自然と説得力が出てくる。

レンドは言葉を失う二人に最後にこう告げた。

「最後はお前たちが決めることだ。さっきも言ったが、俺は失う側の人間がいかに相手を憎しむのかを知っている。仇を目の前にしたとき、そいつを憎まない選択の方がはるかに難しい。

だがその感情に任せて相手を傷つけ、その後何年も苦しむ。その手助けを俺はしない。それはお前たちのためというよりは、お前たちを大切に思う人間のためだ」

ピントは少しはっとした。

――レイを理由に復讐をしても、レイはそんな俺をみて喜んではくれないだろう。

カルケルは何となくこの言い方から、レンドもまた自分達と同じ立場に立ったことがあるのではないかと思った。

「君も誰かを?」

レンドは切ない表情を浮かべる。

「おれはカリアの国のリシ出身だ」

この答えでカルケルは合点がいった。

「リシ…あの失われた地区か」

ピントが尋ねる。

「リシって?」

カルケルはリシについて答える。

「リシは俺たちの地区より前に帝国に占拠されてる。その時に帝国にひどく抵抗したから、その後に地名から消されたんだ。リシに元々あった伝承やら言い伝えやらも全部なかったことになるまで、燃やされたって話だ」

リコはここでなぜ、レンドが最初に会った時に悲しそうな顔をしたのかわかったような気がした。レンドは自分の街の昔の伝承をリコに尋ねていたのだ。もう消えてしまったはずの自分の生まれ故郷の伝承が記録に残っていたから、レンドは思わず感傷的になったのだろう。

ピントもまた、なぜレンドの言うことに説得力があるのか、ようやくわかった気がした。

――この人もまた、同じなんだ俺達と…他の者によって大切なものを奪われた人の一人なんだ。

だから協力はしてくれるけど、俺たちがより苦しむことになる復讐を望んでいないんだ。

グラントは初めてレンドの人となりが何となくわかったような気がした。

――人間味のない野郎だと思っていたが、こいつには信念がある。どんだけ修羅場をくぐったらこうなるのかはわからんが。すべて帝国の思い通りに事が進むより、この男を信じて動いた方が後悔は少なそうだ。

グラントはレンドの指示に従うことにあまり迷いはなくなっていた。

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