第五十四話 両親の思い
妹と手をつなぎながらピントは最後の贄の木にたどり着いた。
ここから先は妹一人になるように帝国の人間に言われていた。
レイが気を使ってピントに話しかける。
「もう、大丈夫だよ?お兄ちゃん」
ピントは自分からなかなか手を離せなかった。
「もう少しだけ…」
だが少し遠くから人影が見えた。
帝国の人間のようでこれ以上一緒に居れば見咎められるかもしれなかった。
レイは何となくそれを察し、名残惜しそうなピントの手をそっと放した。
「ありがとね、お兄ちゃん」
ピントは言葉を振り絞る。
「お前のことを絶対に忘れないよ」
ピントは泣きながら最後の言葉を口にすると、エルをレイからもらって彼女から離れた。
だがピントはただその場を離れるだけなのはどうしても気が咎めていた。
なのでせめて彼女がどうなるかだけでも、離れた場所で見ていくことにした。
近くの草葉の陰に隠れると、声を立てないように人差し指を口に立ててエルに話しかける。
「エルしー…な?良い子だから」
エルはレイと離れて少し吠えていたが、聞き分けのいい犬だったのでピントの指示に従った。
ピントは草場に腰かけたとき、そういえば両親がピントに鞄を持たせていたことを思い出した。
肩掛けで鞄の重さがほとんどなかったので今の今までつけていることをほとんど忘れていた。
何の気なしにそれを開けると中には1枚の紙が入っていた。
それは両親が書いたピントへ宛てた手紙だった。
『こっそりいうと怪しまれる可能性があったから、手紙にした。
俺も母さんもどうしてもレイが生贄になるのに納得がいかない。
そして村の人にお前がどうにか助かる方法がないか探していたことも聞いた。
俺たちの願いは一つ、お前たち二人が幸せになることだ。
だから逃げろ。この地区からうまく逃げ出せればまだ帝国傘下に入っていない地区に逃げ出せるかもしれない。俺と母さんのことは気にするな。
レイを犠牲にして、生きても何の意味もない。お前にしか頼めないことだ。
むつかしいとは思うが、何とかして一緒に逃げてくれ。』
ピントは愕然とした。両親二人のためを思ってレイを諦めたのに、二人ともレイが生きる方が自分達より大事だと言い切っていた。
鞄には商人の手形が入っていて、ピントの名前が記されていた。
これを使えば帝国傘下でない他の街でも商人として暮らしていける。
父はなかなかこれをピントに与えようとはしてくれなかったが、このタイミングでしか渡せないと判断したのだろうとピントは思った
そして自分のタイミングの悪さを憎んだ。
――あともう少しこれを読むのが早ければ、うまくレイを連れて逃げ出せたのに…
レイがいるところに男たちは近寄ってきていた。
だがピントの中で迷いは消えていた。
父も母も自分も同じ思いな以上、やることは一つだった。
エルを促すと、一目散でレイの所まで駆け出して行った。
男たちは歩きだったのでピントの方が早くレイにたどり着く。
驚くレイの手を取ると一目散でピントは駆け出した。
元々クンクラの森の地理に通じているのはピントの方だったので男達を撒ける可能性は高かった。
ピントの登場に男たちは少し驚いて、逃げ出した二人を追いかけ始めた。
男の一人は大柄だったので、すぐに息切れしていたが、残りの二人は兵士の経験でもあるのかどんどんピントたちとの距離を詰めてきていた。
それに気づいたピントは苦肉の策でエルを男に向かわせた。
「エルかみつけ!!」
と叫ぶと、エルは一人の男に襲い掛かった。
エル自身はそこまで大きくはない中型犬といったところだが、動きは早く、一人の男が噛まれてこけた。
もう一人の男がそれに気を取られているすきに二人は必死に逃げた。
レイは少し戸惑ったような表情を浮かべていたが、ピントは迷わなかった。
男たちの姿が見えなくなってきたとピントが思ったところで、馬の駆ける音が聞こえた。
「馬か、あいつらの仲間じゃないといいけど」
だが悪い予感は当たるもので、馬に乗った一人の男がピントとレイの前に現れた。




