第三十九話 父と医師
リクソスの街には墓地がある。
そこは街はずれだが、オレガノが住んでいる家やその近くの祠、工事が進む廃墟とはそれぞれ別の方角だった。
そこに一人の男が訪れていた。男は悲しそうな顔で一つの墓石の前にいた。
後ろからもう一人の男が現れて話しかける。
「デルムタ先生、ここに来るなんて珍しいですね」
墓石の前にいた男はリクソスの街医者だった。
リクソスの街は人口もそれなりに多いため、医者も幾人かいた。
彼はその中の一人で、リクソスの中では最も腕利きの医者で有名だった。
「カルケル…君も来ていたのか」
後から話しかけた男はカルケルだった。
彼は花をもっていて隣にしゃがむと、もう飾ってある花を入れ替えた。
「もうそろそろ3年になるかね」
「そんなになりますか…あの子がいたのはほんとについさっきのようで」
いつものおしゃべりなカルケルとちがい今日はやけに静かだった。
「この子は運が悪かった。毎年、冬になるとはやり病がうちの街にくるが、あの年は特にかかった子が多かった」
デルムタはそう言いながらカルケルが唇をかみしめているのがわかり彼に近づいた。
「あの子、メイはさみしがりやで…いっつもパパママって言ってはくっついてきて…。あの子と一緒にいたのはついこの前に感じて…」
デルムタはカルケルの肩をたたく。
「彼女は容体が落ち着いたと思ってブレストの所に行かせた。奴で助からんなら仕方がないが…」
リクソスに住む各医師ははやり病が出たときはおたがい連絡を取り合って共に働く。
デルムタがその一切を取り仕切っていた。
「最後にどうしても一目、娘に会いたかった…」
カルケルはこらえきれず涙を流していた。
「はやり病はどうしてもな…死んでもそこから移ってしまうときもあるから、仕方がない面もあるが…やりきれんな」
そこでデルムタはふと何かに気が付いたようにカルケルに聞いた。
「最後には立ち会えんかったのか。この病は急に病変することもあるが、基本はいつが山になる程度わかるはずなんだが…」
カルケルは彼が何を気にしているのかわからずに返答した。
「ええ。ブレストさんの所についてから2日後くらいから容体がおかしくなったらしくて…
そこから1週間くらい生死をさまよったそうです。急変してる間は人にもうつすかもしれないので私は合わず待つように言われていました…」
それを聞いてデルムタは少し考え込んだ。
――初期じゃない限りは移す可能性にそこまで違いはない、しかも生死をさまよったのが一週間 か… この病気は子供は容体が急変すると早い段階で命を持っていかれてしまう。一週間も耐えるというのは少し珍しい…
デルムタは考えるとカルケルにこう問いかけた。
「じゃあ最後に彼女を見たのはもう死んでしまった後かい?」
カルケルはうなずく。
「ええ。ただ死に目には会えませんでした。死後も菌が移ってしまうとかで、すぐ火葬せざるを得なかったと。娘の顔を見たのはブレストさんのとこに移した初日が最後になってしまいました…どうしたんですか先生」
デルムタはなお、むつかしい表情をしていた。
「いや、ありがとう。わしも子供については症状をきちんとわかっておく必要があってね…。今度ブレストと会ったときにまた詳しい事を聞いてみるとしよう…。カルケル君もその時は一緒についてきてくれないかい?」
カルケルはその問いにうなずいた。彼はデルムタがここまでむつかしい表情をして考え込むのをあまり見たことがなかったので、娘の死に何かおかしい事でもあるのかと少し気になった。




