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大罪人の娘・前編  作者: いずもカリーシ
第参章 武田軍侵攻、策略の章
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第二十七節 経済封鎖、そして武田信玄の出撃

「武田家を不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と見なす」

燃え上がる復讐の炎を抑えられない織田信長が、こう断言するのを聞いた当代随一の策略家・明智光秀。


「平和な世を達成するとの(こころざし)を忘れてしまうほどに、(おのれ)の復讐の炎を燃え上がらせてしまうとは……

何たる『愚か』!

それでも。

一つ、はっきりしていることはある。

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続けてこう考えた。

邪悪(じゃあく)(くわだ)てを『首謀(しゅぼう)』した武器商人が最も重い罰を受ける……

これは当然のことだ。

しかし。

だからと申して!

正しいか間違いかの区別もできないせいで邪悪な企てに利用され、人を傷付ける行為に手を染めた奴らには何の罪もないと?

『間違ってやってしまった』

これで済む話ではなかろう!

無害か有害かも分からず、何でも口に入れる赤子と違い……

立派な大人ではないか。

大人ならば(しか)るべき罰を受けろ!

そもそも。

利用される『愚か者』のせいで邪悪(じゃあく)(くわだ)ては成立し、大勢の犠牲者を生み出しているのだ!」


こう結論付けた。

「今回のことは……

武器商人どもの(くわだ)てがどれだけ悲惨な『末路(まつろ)』を迎えるのか、世の人々へ示す機会と(とら)えようぞ。

したがって。

信長様が日ノ本(ひのもと)で最も多くの武器商人がいる京の都を焼き討ちにすることを止める必要はない。

加えて。

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と。


 ◇


武田家を滅ぼす『策略』へと辿(たど)り着いた光秀は、信長に一つの提案を行った。


一刻(いっこく)も早く……

国を、一つ手にお入れください」


「国?

どこの国ぞ?」


摂津国(せっつのくに)を、手に入れるのです」

「摂津国だと!?」


摂津国(せっつのくに)

現在の大阪府大阪市、吹田市、摂津市、茨木市、高槻市、豊中市、池田市、兵庫県神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、明石市、伊丹市、宝塚市などを含んでいる。

ほぼ全ての都市が……

大阪湾、あるいは大阪湾へ至る淀川(よどがわ)武庫川(むこがわ)猪名川(いながわ)神崎川(かんざきがわ)などの河川に接している。

そして大阪湾は、西へ進んで瀬戸内海から関門海峡を抜ければ日本海へ至り、南へ進んで友ヶ島水道(ともがしますいどう)を抜ければ太平洋へ至る。

船さえあれば、国内、海外問わず『何処(どこ)』へだって行けるのだ。


この立地から、ありとあらゆる場所に()[港のこと]があった。

別名で津国(つのくに)とも呼ばれた。


 ◇


信長は、光秀の提案を十分に理解できないようだ。


摂津国(せっつのくに)だと?

なぜ、その国が必要なのじゃ?」


孫子(そんし)の兵法に、こう書かれています。

(じつ)を避けて(きょ)を撃つ』

実、つまり長所を避け……

虚、つまり弱点を突く。

それは」


「待て。

そちは……

『鉄砲』を揃えるために必要だと考えているのか?」


「……」

「それは大きな間違いぞ。

かつては摂津国(せっつのくに)など、(さかい)[現在の大阪府堺市]に近い場所でしか鉄砲を揃えることができなかったが……

今や鉄砲は日ノ本(ひのもと)各地で作られ、競争で値段も下がっている。

あの武田家でさえ十分な鉄砲の数を揃えたと聞く」


「信長様。

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「意味がない?

なぜ?」


「鉄砲を撃つには『弾丸と火薬』が不可欠だからです。

弾丸と火薬が10発しかない鉄砲100(ちょう)と、弾丸と火薬が100発ある鉄砲10(ちょう)

どちらが強いでしょうか?」


「そういうことか!

鉄砲よりも、弾丸と火薬の数を揃える方がはるかに重要だと!」


「その通りです。

弾丸と火薬を作る原料は、南蛮人(なんばんじん)[スペイン人とポルトガル人のこと]から買うしかありません。

その貿易船は(さかい)のある和泉国(いずみのくに)安濃津(あのつ)のある伊勢国(いせのくに)[現在の三重県]、そして摂津国(せっつのくに)に着いています。

信長様は既に和泉国と伊勢国を手に入れ、残るは摂津国のみ……」


「一刻も早く摂津国を手に入れ、弾丸と火薬を『独占』しろと申すのだな?

光秀よ」


御意(ぎょい)

我らで弾丸と火薬を独占し、武田家がそれを入手する手段を無くしてしまえば……」


「奴らは自然と『弱体化』するわけか。

見事な策略よ」


 ◇


この頃。


鉄砲が日本に伝来して30年ほどが経過していた。

最初こそ南蛮人(なんばんじん)から買っていたが、値段は非常に高く、納品に何年も掛かっていたらしい。


「もっと値段を安くし、もっと早く届ける方法はないか?」

優秀な日本の鍛冶(かじ)職人たちは……

鉄砲を分解して構造を理解すると、次々の模倣品の制作を始めた。

さすがの南蛮人も、日本人の『模倣技術』の高さに驚嘆(きょうたん)したという。


日本各地で作られ、競争で値段も下がり、早く納品されるようになった。


 ◇


当たり前のことであるが……

『弾丸と火薬』がなければ、鉄砲を撃つことはできない。


「鉄砲の数だけ揃えても意味がない」

光秀が言った通りである。


要するに。

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 ◇


さて。


どの歴史書にも書かれていないが……

弾丸と火薬の『作り方』は、どうなっているのだろうか?


まず弾丸。

これは(なまり)という金属で出来ていて、方鉛鉱(ほうえんこう)という鉱石から得られる。

日本は元々、金、銀、銅や鉄を採掘する鉱山を保有し、鉛も一緒に得ることはできたものの……

鉄砲を撃つ度に大量消費されることから、鉛は常に『不足』していた。


次に火薬。

これは硝石(しょうせき)という化合物で出来ているが、当時の日本人は作り方そのものを『知らなかった』。


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模倣技術の能力こそ高いが、(おのれ)の頭で筋道(すじみち)を立てて考える能力は低いようだ」


こう考えた南蛮人は、日本人を徹底的に利用することに決めた。

「馬鹿な日本人ども。

我々から弾丸と火薬を買い続けよ。

馬鹿な日本人どもが(いくさ)に明け暮れている間……

我々は、日本の富を全て吸い尽くしてやろう」

と。


 ◇


続いて。

南蛮人から弾薬と火薬を買う取引は、『どこ』で行われていたのだろうか?


歴史書によると……

(さかい)のある和泉国(いずみのくに)[現在の大阪府堺市など]、安濃津(あのつ)のある伊勢国(いせのくに)[現在の三重県]、そして摂津国(せっつのくに)の3つであったらしい。


大量の弾丸と火薬を確保する重要性を強く認識していた織田信長は、最初に和泉国(いずみのくに)を狙った。

足利義昭(あしかがよしあき)を将軍に据えた褒美(ほうび)にこの国を要求し、松井友閑(まついゆうかん)という代官を置いて直轄地としてしまう。


次に狙ったのが伊勢国(いせのくに)であった。

この国を治める大名の北畠(きたばたけ)家へ、次男の信雄(のぶかつ)を送り込んで家ごと乗っ取っている。


残る摂津国(せっつのくに)掌握(しょうあく)を急ぐため……

光秀は、ある男を利用するよう勧めた。


「信長様。

荒木村重(あらきむらしげ)を利用なされませ」


「荒木村重!?

(あるじ)池田勝正(いけだかつまさ)を追放してその城を我が物とした『大罪人(だいざいにん)』のことか?」


「はい」

「奴のことを下剋上(げこくじょう)の手本と()(たた)える馬鹿も多いらしいが……

わしが秩序を乱す者をどれだけ()み嫌うか、そちはよく存じておろう?」


「信長様。

あの男を、摂津国(せっつのくに)の『大名』に抜擢(ばってき)されては如何(いかが)


信長は激しい苛立(いらだ)ちを見せた。

「何だと!?

このわしが、村重を大名に?」


御意(ぎょい)

「馬鹿げたことを申すなっ!

村重は(あるじ)を追放した不義不忠(ふぎふちゅう)の大罪人であろうが。

そちの正義は、一体どこへ消え失せたのじゃ!」


「信長様。

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信長は短気であったが、計算高い男でもあった。

「『正しさに(こだわ)ってはならない』

か……

そちの口癖(くちぐせ)であったな」


「ここは、忍耐のときかと」

「分かった。

そちの申す通りにしよう」


「お聞き届け頂き、有り難く存じます」

「光秀よ。

ただし、このわがままだけは通させてもらうぞ」


「どのような?」

「あんな大罪人と親戚になるなど絶対に嫌じゃ!」


「……」

「考えるだけでも虫酸(むしず)が走る!

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「承知致しました。

荒木家には、それがしの長女である(りん)を嫁がせましょう」


しばらく後。

織田信長は荒木村重を摂津国(せっつのくに)国主(こくしゅ)抜擢(ばってき)し、織田軍の将帥(しょうすい)の一人に任命した。

村重は感激のあまり涙を流して信長に忠誠を誓ったという。


これが『策略』の一環だとは、夢にも思っていなかった。


 ◇


1572年10月。

鉄砲の弾丸と火薬を入手できない『経済封鎖』を食らった武田信玄は、武田軍の将兵を前に演説を始める。


「皆の者!

よく聞け!

京の都におわす足利(あしかが)将軍家より、一つの命が下った。

奸賊(かんぞく)の織田信長を討伐せよ』

と。

ここに、その命令書がある!

正義は我らにこそあるのじゃ!

全軍、出撃!」


3万人もの大軍が甲斐国(かいのくに)[現在の山梨県]を出発する。

明智光秀の策略は、結果として『武田軍侵攻』を招くこととなった。

【次節予告 第二十八節 真・三方々原合戦】

「武田軍鉄砲隊の弾丸と火薬が、既に尽きている」

この『噂』が流れていることを知った徳川家康は……

織田軍の大将・佐久間信盛に対して、ある作戦を提案します。

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