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大罪人の娘・前編  作者: いずもカリーシ
第弐章 戦国乱世、お金の章
21/48

第二十一節 武器商人を欺くために起こした戦争

室町幕府から討伐命令を出されてしまった織田信長。


このままでは全ての大名を敵に回す可能性があり、さすがの天才も窮地に陥ったように見えたが……

明智光秀の助言で起死回生の一手を放っていた。

異見(いけん)十七ヶ条(じゅうななかじょう)を大量に書き写し、日本中の至るところへバラ()くこと。


人々は思惑通りに動いた。

正義感に駆られて拡散し、より多くの人々に広めた。

幕府を非難する声が世に満ち(あふ)れ、幕府の名は地に()ちた。


国を治める大名といえども、ここまで大きくなった民の声を無視できない。

幕府の要請に応えて兵を出すことができなくなった。


こうして信長は、読み書きを上手(うま)く使って大名たちの動きを封じたのである。


 ◇


凛は、その『純粋』さゆえに……

信長のやり方が気に入らない。

正々堂々と勝負せず、無知(むち)な民を(あざむ)いて敵に対して優位に立つやり方が、卑怯(ひきょう)で薄汚い方法に見えるのだろう。


加えて。

幕府を(おとし)める目的で書かれたことくらい、読めば一目で分かるはずが……

どんな目的で書かれ、大量に書き写され、日本中へバラ()かれたのかを考えようともしない民に対しても疑問を感じていた。


それでも。

凛は、信長のやり方に感心せざるを得ない。


大抵(たいてい)の人々が、(みかど)[天皇のこと]への崇敬(すうけい)の念を抱いているとか。

勿論(もちろん)

賄賂を受け取る者、立場の弱い人から搾取(さくしゅ)する者、不公平な者、転売で稼ぐ者も()み嫌う。

もし。

幕府が、これらに少しでも該当していたら?

『正義感』に突き動かされた人々は必ず、幕府を激しく非難し、嫌悪(けんお)の感情を抱くでしょうね」


続けてこう考えた。

「嫌悪の感情が支配するほど、人は冷静さを失う。

衝動的に拡散して、より大勢の人に広めてしまう。

こうして大きくなった民の声を……

国を治める『大名』といえども無視できない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「人の持つ正義感を、ここまで徹底的に利用するやり方を思い付いたのが、尊敬する父上であったなんて……」

これは衝撃であった。


 ◇


心中は複雑であったものの、凛は話を続ける。


「父上は、こう(おっしゃ)っていました。

『圧倒的多数を相手に勝利する方法は、2つある。

敵の中の誰かを(あざむ)き、身内争いを引き起こさせて弱体化させるか。

あるいは……

敵より強い誰かを欺いて、(おのれ)の味方にするかだ』

と」


「うむ」

「信長様のやり方は、どちらにも当てはまっていないように感じるのですが」


「一見すると……

そう感じるかもしれん」


「当てはまっていると?」

「2つ目に、な」


「敵より強い誰かを(あざむ)いて、(おのれ)の味方にする?」

「わしは、そなたに……

『戦いの黒幕』という敵が6人いると教えていたはず」


「覚えています。

『1人目が、室町幕府。

2人目が、大名。

3人目が、国衆(くにしゅう)

4人目が、武器商人。

5人目が、南蛮人(なんばんじん)

最後の6人目は、民そのもの』

であると」


「その6人であるが……

実は、『弱い』順番に並べていた」


「弱い順番?」

「だからこそ。

幕府から討伐命令を出され、日ノ本中の大名を敵に回した信長様は……

大名より『強い』、国衆(くにしゅう)や武器商人、そして民を(あざむ)いて、(おのれ)の味方にしようとされたのだ」


「一番弱いのが幕府なのですか?

それに大名は、国衆(くにしゅう)より弱いと?

わたくしは逆のように感じるのですが」


「幕府は、相応(ふさわ)しい者を大名に任命して国や地域を治める『権利』を与えた。

すると大名は……

難癖(なんくせ)を付けては気に入らない国衆(くにしゅう)たちを討つようになる。

結果として全ての国衆は大名への絶対の服従(ふくじゅう)余儀(よぎ)なくされた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なるほど。

では、なぜ大名は国衆(くにしゅう)より弱いと?

父上は逆のように(おっしゃ)っています」


「国衆の『立場』になって考えてみよ。

大名から(この)まれれば良いが、嫌われたらどうする?

難癖(なんくせ)を付けて討たれるのだぞ?」


「ああ、なるほど……

そういうことなのですね」

凛は、父の言った弱い順番の意味を理解した。


国衆(くにしゅう)たちは、絶対の服従を迫る大名に対して強い危機感を抱いたに違いない。

「このままでは……

我らは、大名の『家臣』へと成り下がってしまう!」


そして、大名に対抗する手段を考えた。

「我ら一つ一つは弱小に過ぎないが……

一致団結して強固な『連合体』を作れば、大名の理不尽な要求に抵抗できよう」

と。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ◇


凛はふと、あることに気付く。


「これは……

下剋上(げこくじょう)』の本質では?」

と。


戦国時代の象徴でもある下剋上(げこくじょう)

一言で言うと……

地位の低い者が地位の高い者を引き()り下ろし、その地位を奪い取ってしまうことだ。

これが戦国時代に『だけ』あったのは、なぜだろうか?


原因は室町幕府の制度にあった。

大名に、国や地域を自由に治める権利を与えたことだ。


すると大名は……

国衆(くにしゅう)たちに絶対の服従を要求して、強大な武力を持つようになる。

幕府はやがて大名を制御できなくなった。


一方の国衆は……

各個撃破されないよう一致団結して大名に対抗しようと考えた。

こうして出来た強固な国衆の連合体を、大名は制御できなくなった。


結果として。

地位の低い者が地位の高い者を凌駕(りょうが)する下剋上(げこくじょう)が成立してしまったのである。


 ◇


「父上。

国衆(くにしゅう)たちは、やりたい放題の大名に強い危機感を抱いたはず。

一つになって大名に対抗しようと考えて、強固な連合体を作ったのでしょう?」


「うむ。

強固な連合体を作るために……

国衆たちは、ある取り決めを設けていたらしい」


「取り決め?」

「誰かが大名に攻められたら、全ての国衆は軍勢を出して一致団結して戦う『義務』を背負うと」


「義務、ですか」

「これで大名は国衆に対して手が出せなくなった。

兵の合計では……

大名直属の兵よりも、国衆の連合体の兵の方が『多い』からな」


「大名は国衆たちを従わせるのに苦労したでしょうね……」

「うむ。

国衆たちが支持する者に大名の座を奪われる下剋上(げこくじょう)まで起こってしまった。

一例として。

信長様のご正室(せいしつ)である濃姫(のうひめ)様の父、斎藤道三(さいとうどうさん)様は……

大名の地位を土岐(とき)一族から奪い取っている」


「父上。

下剋上(げこくじょう)が起こるような状況で、信長様はどんな方法で国衆たちを従わせたのですか?」


「それには……

信長様の過去を知る必要がある」


「お教えください」


 ◇


信長が織田家を継いだ頃。


織田家は尾張国(おわりのくに)[現在の愛知県西部]の大名に近い存在ではあったが、全ての国衆(くにしゅう)がそう認めていたわけではない。

織田家に従うどころか、織田家と敵対する駿河国(するがのくに)[現在の静岡県]の大名・今川家と親密な国衆すらいた。


信長は、どうやって国衆(くにしゅう)たちを屈服させたのだろうか?


 ◇


「凛。

わしは、戦いの黒幕の6人を弱い順に並べていた。

1人目は、室町幕府。

2人目は、大名。

3人目は、国衆(くにしゅう)

4人目は、武器商人。

5人目は、南蛮人(なんばんじん)

6人目は、民そのもの」


「はい」

「国衆より『強い』のは誰か?」


「武器商人と南蛮人、そして民です」

「うむ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「要するに……

武器商人を(あざむ)こうと?」


「こう話された。

『わしは、全ての大名や国衆を従わせるまで(いくさ)を止めない。

尾張国(おわりのくに)[現在の愛知県西部]を統一した後は美濃国(みののくに)[現在の岐阜県]を手に入れ、次いで伊勢国(いせのくに)[現在の三重県]、近江国(おうみのくに)[現在の滋賀県]……

ひたすら領土を広げていく。

わしに味方すれば、どれだけの銭[お金]を儲けられるか考えてみよ!』

とな」


「……」

「ただし。

(いくさ)を止めない話『だけ』では、武器商人を味方に付けることはできまい?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(いくさ)に必要なモノを扱う商人である以上、戦に強い武将に味方したいのは当然でしょうから……」


「その通りだ。

信長様は、こう考えられた。

『わしは……

誰が見ても敗北が濃厚な、絶望的な(いくさ)で勝利を収める必要があろう』

と」


「敗北が濃厚な、絶望的な(いくさ)?」

「うむ。

信長様は、名門である今川家の当主にして海道一(かいどういち)弓取(ゆみと)りとも呼ばれた名将……

今川義元(いまがわよしもと)に対して露骨な挑発を行った。

義元の重臣がいる鳴海城(なるみじょう)大高城(おおだかじょう)[どちらも現在の名古屋市緑区]の周囲に砦を築いて補給を断ち、餓死寸前へと追い込んだのだ」


「父上!

信長様が『自ら』、桶狭間(おけはざま)の地に今川の大軍を呼び寄せたと(おっしゃ)るのですか!?」


「そうだ。

(いくさ)に強いことを見せ付けるには、今川の大軍を撃破した実績が一番良いからな」


「つまり。

桶狭間(おけはざま)の戦いは……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「その通りよ」

【次節予告 第二十二節 兵は詭道なり】

父は娘に、こう言います。

「実際のところ。

信長様にとって桶狭間の戦いは、敗北が濃厚な、絶望的な戦いだったわけではないのだ」

と。

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