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大罪人の娘・前編  作者: いずもカリーシ
第弐章 戦国乱世、お金の章
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第十五節 お金は目的か、それとも手段か

凛は、父の話に強い違和感を覚えていた。


宋銭(そうせん)の普及は……

飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを(かい)さない商売を盛んにした。

これに、鎌倉幕府が達成した平和が拍車(はくしゃ)を掛けた。

ありとあらゆる場所に(いち)[商店街のこと]ができ、モノを売買する店に加えて飲食、宿、芸能や風俗を提供する店も次々と出現した。

これらの場所で働くために大勢の民が農地を離れ始めた。

日ノ本(ひのもと)の人々は、まさに一変したのだ」

と。


これって……

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 ◇


「父上。

(そう)から宋銭(そうせん)を買うには、何かを売らねばなりません。

何を売っていたのですか?」


「金や銀、木材、刀などを売っていたようだ。

これを『日宋貿易(にっそうぼうえき)』と呼ぶ」


「ならば……

金や銀の採掘、木材や刀などの生産も盛んになったのでは?」

「そうなるのう」


「採掘や生産に携わる人々が増え……

その人々に支払うための宋銭も、より必要になったのでしょう?」


「もちろんそうだ。

民が銭[お金]を増やそうと躍起(やっき)になればなるほど、宋銭もより多く必要とされた」


(そう)との貿易において日本は、金や銀、木材、刀などを売って宋銭(そうせん)を買っていた。

ただし。

宋銭はお金に過ぎず、お金そのものには何の価値もない。

モノの価値を計る『物差し』に過ぎない。


凛は、問題の本質に近付きつつあった。

「宋へ価値あるモノを渡すのと引き換えに……

日ノ本(ひのもと)は、ただの物差しを得るだけ?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

と。


 ◇


「お待ちください。

わたくしは、(そう)との貿易について強い違和感を覚えています」


「どんな違和感を?」

宋銭(そうせん)は銭[お金]に過ぎず、銭そのものには何の価値もありません。

モノの価値を計る物差しに過ぎないからです」


「その通りだ」

「宋との貿易は……

価値あるモノを渡すのと引き換えに、物差しを得るだけの取引ではありませんか。

もしや!

日ノ本(ひのもと)の人々は、宋にまんまと『(あざむ)かれて』いたのでは?」


「よくぞ見抜いたのう」

父の顔から笑みがこぼれた。


「実際には宋だけが得をし、日ノ本は損をする取引であること。

わたくしと同じように……

宋との貿易の『真実』に気付いた人たちもいたと思います」


「……」

「その人たちは、逆のことを始めたはず」


「逆とは?」

宋銭(そうせん)を売って、金や銀、米などに換えることです」


「……」

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「そうだ。

ある日を境にして、宋銭の価値が下がり、モノの値段が上がり始めた」


「問題はその後です。

父上は、こう申されました。

『大勢の民が農地を離れ始めた』

と」


「うむ」

「これでは……

食べ物など生活に必要なモノの値段が、『もっと』上がるではありませんか」


「そうなるのう」

「もしも……

天変地異(てんぺんちい)[自然災害のこと]が起これば、恐ろしい災いになってしまいますが?」


「何っ!?

そなた……

そこまで見通したのか!」


 ◇


凛が見通したことは、現実に起こっていた。


「見事な着眼ぞ!

モノの値段が上がった日ノ本を、天変地異(てんぺんちい)が次々と襲った。

台風や豪雨による洪水、これに干魃(かんばつ)も加わった飢饉(ききん)、そして大地震に疫病……」


「そんなに次々と!?」

「鎌倉幕府が開かれておよそ100年経った頃だ。

天変地異は、モノの値段をさらに高くした。

人々は……

銭[お金]を借りなければ、食べ物を買うことすらできなくなった」


「借りることができない人は?」

「飢え死にするしかない」


「そんな……」

「飢え死にするくらいならば、他人から力ずくで奪い取ってでも生き残ろうとする者が現れた。

強盗や殺人が世にあふれた。

食べ物を求めて各地で暴動が起こり、鎌倉幕府への反乱も起こった」


「鎌倉幕府は何もしなかったのですか?」

「できることは全てしたはずだ。

借りた銭[お金]を返さなくて良いという徳政令(とくせいれい)まで出した。

一時的な解決にしかならなかったが」


天変地異(てんぺんちい)を避けることはできません。

だからこそ!

常に農地を広げる開拓に励み、飢饉(ききん)に備えて米など長く保管できる食べ物を十分に蓄えておくべきなのです。

民が農地から離れることを『見過ごす』など(もっ)ての外では?」


「その通りだ。

身の(たけ)(わきま)えず、何たる愚か!

これは『人災』であろう」


「大勢の人が、銭[お金]との付き合い方を忘れ……

いつしか銭の『奴隷(どれい)』と化してしまったのですね。

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現代の言葉を使うと……

当時の日本は未曾有(みぞう)物価高騰(ぶっかこうとう)[インフレ]を起こしたことになる。

躍起(やっき)になって増やしたお金も、生活に必要なモノと交換できなければゴミ同然だ。


こうして秩序は(もろ)くも崩壊した。

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この物語を書いている現在。

感染症による経済対策でお金を増やし過ぎた結果として未曾有(みぞう)の物価高騰を招き、投資で有り余るお金を(つか)んだ一部の富んだ人と、家賃が払えず、食べ物も満足に買えない貧しい人との格差を広げ、結果として生きる希望を失った無敵の人々が支配者や富裕層、エリート層への憎悪をひたすら(つの)らせている状況が……

この当時と『酷似(こくじ)』していることに、わたしは戦慄(せんりつ)を覚えている。


 ◇


父と娘の話は続く。


「鎌倉幕府は、暴動や反乱を鎮圧できなかったのでしょうか?

父上」


「幕府の権力を握っていたのは……

初代執権(しっけん)北条時政(ほうじょうときまさ)、二代目執権の北条義時(ほうじょうよしとき)と続く北条(ほうじょう)得宗(とくそう)家の一族だ。

日ノ本で最も富んでいた一族でもある。

その富を使って武士たちを動員したが、鎮圧する度に新たな暴動や反乱が起こった」


「キリがなかったと?」

「うむ。

これを見た後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が、ある行動を起こす」


「それはもしや……

倒幕(とうばく)命令を出したことでは?

『幕府を討て、北条を討て』

と」


「そうだ。

後醍醐天皇は、日ノ本の支配を幕府に任せてはおけないと判断したのだろう」


「わたくしが読んだ歴史の書物では……

北条一族は政治を放り出し、日夜(にちや)酒を飲んで遊び(ほう)け、賄賂を受け取ったため暴動や反乱を招いたと書いてありました。

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「天変地異が原因だと書けば、『誰』が悪いのかが分かりにくいではないか」

「それよりも北条一族に全ての非を(なす)り付け、悪者のように書くほうがずっと分かりやすいと?」


「最も富んでいたために、人々から嫉妬と憎悪の対象となっていた一族ぞ?

これほど『悪役』に相応(ふさわ)しい者たちもおるまい」


「父上!

都合の良い悪役を作って分かりやすくすること。

たった、それだけのために……

大事なことを(はぶ)いて真実までも()じ曲げるのですか!?

どうじてそんなことを?」


「理由は簡単であろう。

都合の良い悪役を作って分かりやすくすれば、『(らく)』に読めるようになる」


「そんなのおかしい……

間違ってる!」


「落ち着くのだ。

凛よ。

書物から天変地異が(はぶ)かれていることで……

一つ、分かることがあるではないか」


「何が分かると?」

「鎌倉幕府が何もしなかったのであれば……

堂々と、こう書けるはず。

『天変地異に対して、幕府は何の対応もしなかった』

とな」


「確かに……」

「真相はこうだ。

実際、幕府としてできる限りの対応はした。

それでも生活そのものが元に戻るわけではない。

苦しむ民は皆、(おのれ)の間違いから目をそらし……

ひたすら幕府の権力を握る北条一族へ不満をぶつけ、最後は北条一族に全ての非を(なす)り付けた。

政治を放り出し、日夜(にちや)酒を飲んで遊び(ほう)け、賄賂を受け取ったなどと分かりやすい出鱈目(でたらめ)を並べてな!

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「民が苦しんだ(まこと)の理由が分からないままです。

こんな中身のない書物では、得るものが何もありません。

読む意味がない……」


「凛よ。

歴史の『本質』が、少しは見えてきたのではないか?」


「生きるための手段に過ぎない銭[お金]を、人が生きる目的へと変えていき……

大勢の人が銭の奴隷(どれい)と化したことで……

秩序を(もろ)くも崩壊させ、戦国乱世を招いてしまったのですね」


「その通りだ」

「加えて。

(らく)に読んでもらうために都合の良い悪役を作り、大事なことを(はぶ)いて真実までも()じ曲げる人に……

歴史の書物を書く『資格』はないと思います」


「楽に読んでもらいたいなら、作り話を書けということか」

「はい。

人の歴史は、娯楽(ごらく)[エンターテインメント]ではないのですから」

【次節予告 第十六節 あらゆる悪い事柄の根】

人々は、天皇の命令に本心で従ったわけではありませんでした。

その領地と財産欲しさに、一斉に北条一族に襲い掛かかって殺しただけなのです。

こんなものは『略奪』に過ぎません。

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