二章之壱 特別な娘
「これでいいの?」
「ああ」
百本はあるんじゃなかろうか、という量の真紅の薔薇を活けた花瓶を置くミネアナ。
基本的に「白」でそろえてある部屋に、真紅の差し色。
俺は花瓶の中から一本、薔薇を引き抜いた。
香りを楽しむ。
背後にふりむくと、真っ白な天蓋付きのベッドに横たわる青銀髪の少女。
まだ眠っているようだ。
薔薇を片手に、彼女の眠っているベッドの端に腰掛ける。
「よくメルティーナ様の部屋を使おうと思ったね」とミネアナ。
「この娘は特別だ」
「どういう風に?」
「おそらく、この娘は特別だ」
「ああ、まだ分からない、と」
「ああ」
「ふぅん・・・」
俺は気配を感じ取り、青銀髪の少女に振り向く。
いつの間にか、うっすらと目を開けていた。
「ミネアナ」
「はいはい。出てくよ」
ミネアナ、と呼ばれた金髪に金色の瞳を持つ女が部屋から出て行こうとする。
扉に手をかけたミネアナが『こちら』に振り向いた。
「兄貴がさ、かなり怒ってるよ。この子へのルーシーのお熱」
俺は何も反応しない、という表現で、その言葉を制す。
ミネアナはしばらく俺を見ていた。
「じゃ」
ミネアナが出て行き、扉が閉まる。
青銀髪の少女を見る。
視線が合う。
彼女はしばたき、そして少し視線をそらした。
「俺が怖いか?」
少女は小さくかぶりを振った。
「そうか」
少女は不思議なものを見るかのように、俺の手の中にある薔薇を見ている。
「これを知らないのか?」
少女はまた、小さくかぶりを振る。
数秒の間。
俺は薔薇を彼女の側に差し出した。
気だるげな彼女は、それを受け取った。
「プレゼントだ」
彼女は薔薇の香りをかいだ。
「お前の名前は、リン、だな?」
彼女は意外そうな顔をして、俺を見た。
「天界の浮島、ラ・ピュータにいた時、母上からお前の話を聞いた」
少女は起き上がろうとした。
それを片手で制して、すこし乱暴に押し付ける。
「いい、休め」
少女はうなずく。
「休んだら、話がある」
しばらくの間があって少女はうなずいた。
「お前、頭の中で思ったこと、外に飛ばせるな?」
少女はうなずいた。
「分かった・・・それ、食べてもいいから」
少女は真紅の薔薇をしばらく見つめ、それを噛むと、食べ始めた。
* * *
棗は目を開けた。
いつの間にか寝ていて、いつの間にか夢を見て、いつの間にか夢の区切り。
ここは学校の屋上だ、と心の中で自分に言い聞かせる。
寝返りを打つと、五月の青空が広がっている。
「リン・・・」
彼女は花を食べて生きている。
何故か俺は、それを知っている。
「わっ」
「おわっ」
いつの間に近づいて来たのだろうか?
目の前には、こちらをのぞきこんでいる桜庭満がいた。
「何でそんなに驚いてるの?こっちとしては嬉しいけど・・・」
「いや、別に・・・」
満が退くと、棗はのそりと起き上がった。
「何?」
「教室に戻る」
「今、来たばっかりなのに?」
「お前の都合なんて知るかよ」
「なーんーでぇー?」
「なーんーでぇー、じゃなくて」
「愛しくて愛しくて、会いたくて会いたくて多分三千里、旅して探して来たのよっ?」
「何でオカマ口調」
「超、久しぶりじゃない?」
「いや、一時間前に会ったからね」
二人は屋上から屋内に入り、階段を降りて行く。
* * *
休み時間。
三年生の教室は四階にあって、三浦蔵人は二階の生徒会室に用があった。
廊下で話しかけてきた松崎書記と共に、階段を降りている途中だった。
「あっ、会長だっ・・・」
うしろから声がした。
蔵人が自然に振り向くと、松崎書記もそれにつられる。
そこにいたのは、中性的な顔立ちの男子と、金髪の美男子。
「うわっ、マズいっ・・・」
一見そうは見えないが驚いた顔をしている金髪の男子。
思わず自分の口をふさいでいた中性的な方の少年が、ぱっと顔色を変えた。
「会長、こんにちは~っ」
「ん?ああ・・・」
金髪の男子の腕を思いっきり引っぱり、階段を走り出す中性的な顔の男子生徒。
すれ違いざま、金髪の男子生徒と目が合った。
「君っ・・・」
動物的な速さで振り向く金髪の男子生徒。
立ち止まる。
蔵人は目を細めた。
「君、名前は・・・?」
ばっ、と金髪の男子生徒の陰から中性的な顔だちの生徒が出てきた。
「サクラバ・ミツルでーすっ」
中性的な顔の男子生徒が、金髪男子の腕を何度か引っ張る。
金髪の男子は、じっと蔵人を見つめていた。
その視線に気づく蔵人。
「サクラバ?」
「あのっ、休み時間もう終わりそうですよっ」
「あっ、会長、急がないとっ」
松崎書記が、側にいることを思い出す蔵人。
「ん?ああ・・・」
「ではっ、ドロンっ」
二人の男子生徒は、階段を駆け足で降りていく。
「走らないようにっ・・・」
「はーい、すいません、会長~」
そう返事が来る頃には、二人は曲がり角の死角へと走り去っていた。