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一章之六 接吻の君


「キスっ?」


 やっと落ち着きを取り戻した樹理は、兄、蔵人に屋上でのことを話した。


「ケータイ・・・」

「そんな場合じゃないっ。誰にされたっ?」



 数秒の間。



「名前は忘れたけど・・・金髪に染めてて、目の色が薄かった。二年七組の極道のひと」

「ああ、広瀬棗か」


「ヒロセ?」

「そうだ。広瀬棗、あいつっ・・・問題視していたが、何てことをっ・・・」


 樹理は重要資料の紙を引き裂いている兄を呆然と見ながら、実はどこも見ていない。

 そっとくちびるに触れてみた。

 感触がよみがえってくる。


 人差し指の先を噛んでみた。


 蔵人がひととおりあばれ終わるのに気づき、あわてて指を口から離す。

 よだれのついた指は、秘密でスカートでいた。



「そのひとっ・・・どんなひとなの?」



 蔵人は、目立つ動きをしている生徒の全員の情報収集をしている。

 妹、樹理の声に気づき、ふぅ、と溜息を吐く。


 デスクの上にあったほとんどの物が、床にぶちまけられている。


「広瀬組、組長の孫。極道と言うより、任侠にんきょうだ」

「任侠って何?」


「地域の治安ちあんを守るかわりに、近隣きんりんから金を取っている」

「そうなの・・・」


「広瀬棗には腹違はらちがいの兄がいる。そいつが跡継ぎだ」

「何でそんなことまで知ってるの?」


うわさで聞いた」

「そんな噂が立つの?」


「お前は知らなくていい」

「どうして?」


「なんで、なんで、はあまりしてはいけない」

「分かってる。どうして、って聞いたの」


 ドン、と蔵人がデスクを叩いた。


「くそっ、証拠しょうこがないっ」

「あの・・・私、ビックリしただけだから・・・」 


「キスだぞっ?」

「いや・・・あの・・・ほんとに・・・ビックリしただけだから・・・」


「お前・・・」



 数秒の間。



「な、なに?」


 動揺どうようする樹理。


「広瀬棗に・・・れたな?」




 * * *

  

 


 二年七組のリーダー、広瀬棗。

 棗は教室の扉を開けるとほぼ同時、溜息を吐いた。


「きゃーっ、棗様よーん」

「きゃーっ」

接吻せっぷんの君ぃっ」


 棗は奇妙な裏声の歓声を聞き、咄嗟に立ち止まる。

 二年七組は、全員が男子だ。


「なつめっ」


 棗は瞬く。

 教室の真ん中辺りに、クラスメイトが集っている。

 ちょうど棗の席を中心にしたかのように。

 その人波が、歓声かんせいをあげたのだ。


 その人だかりの中、山内一彦が嬉しそうに歌った。


「ジャジャーン♪広瀬君、とーうじょーうっ」


「なつめ、どういうことだよっ?」

「何が?」


 教室の中に踏み込むと、クラスの全員ぐらいが、こちらを見ていることに気づく棗。


「何があった?」

「それはこっちのセリフだよっ」


 詰め寄って来たのは、棗の幼稚園時代からの親友、桜庭満。


 満は背があまり高くない。

 棗のネクタイをぐいっと引っ張った。


「わたくしと言うものがありながらっ、浮気っ?浮気したのねっ?」

「うん、あのね。お前が言うと、本当に俺がそれっぽく聞こえるよ・・・」


「棗」


 棗はネクタイを引っ張られた状態で、声のした方に振り向く。

 そこにいたのは、樋口葉介。


 そしてその隣には、サガラ・コウジ。


 相楽考司さがらこうじは黒髪を青く染めていて、光に透ける髪色が印象的な葉介の親友。

 立場はクラスでも上位。

 机に足を置き、ズボンのポケットに手を入れている。

 手を引き抜くと、携帯電話が出てきた。

 数秒いじると、その画面を棗に向けた。


 いぶかしがりながら、棗はその画面へと近づいていく。 

 それに合わせて、人垣ひとがきが割れていく。


 席に到着して用意されてたかのように空いているイスに座ると、携帯の画面と対面。

 棗が携帯電話を手に持とうとすると、相楽考司はそれを拒否して携帯電話を引いた。

 しかたないので、そのままの体勢で画面を覗き込む。


「はっ?」


 棗は仰天した。

 画面に在った画像は、さきほどの少女と自分がキスをしているものだった。


 相楽考司はイスの背もたれから背中を離し、携帯画面とほぼ同じ位置に顔を近づけた。


「これ、どういうこと?」


「誰が撮ったっ?」

「山内」


 棗は山内一彦に勢いよく振り向いた。

 先ほど立っていた位置にいない。


「あ、こっち。こっち」


 再び勢いよく今度は声のした方に振り向くと、そこにはにっこり笑っている山内がいた。


 いつの間に移動したのか分からない。


 山内一彦の趣味は昼寝と仮眠。

 そして、情報を流すこと。


「いつから付き合ってるんです?」


 棗は眉間みけんせる。


「そんな噂が立っていない・・・付き合ってるなら、極最近からですねぇ」


「お前に関係ない」

「付き合ってるのっ?」


 これまたいつの間にか隣に座っている満。


「これ、待ちうけにしよ」


 携帯電話をいじっていた考司が、画面を見て口元を上げた。

 それを山内に見せる。


「で、この子、ジュニアだよね?」


 山内が胸ポケットから手帳を取り出す。


「そうでーす」

「ジュニアって、理事長ジュニアっ?」

「そうですよ」


 棗は意外そうな顔をした。


「理事長ジュニア?あの子が?」

「知らなかったのっ?」


「染めた茶髪だったぞ・・・意外だ」

「そんな問題じゃなくないっ?」


「いつから?」

「いや、いつからも何も・・・」


「まさかっ・・・」

「まさか」

「まさかっ」

「まさか」

「まさか、遊びっ?」


「イヤーーーーーンッ」

「何てことぉっ」


「リーダーッ」


「ふーしーだーらーっ」

「俺のケータイにも転送してぇー」

「了解」


「合成じゃなかったのか・・・」

「よっ、日本一ぃ」

「いや、それ、意味分かんない」


「イヤーンに言われたくないし」

「接吻の君ぃ」


「うーるさい。皆黙れ」


 棗の声に、ぴたり、と黙るクラスメイト。


「で、山内。どうせ情報流すんだろ?あの子について教えろ」


「ってことは、本当に理事長ジュニアだって知らずに手を出したんですねぇ」


「情報」


「あいや、がってんしょうち。一年三組、三浦樹理、通称『理事長ジュニア』」


「兄は確か、生徒会長」


「それは有名な話です」


「ああ、それで?」


「兄のニックネームは『会長』です」


「あの子、本人について」


「がってん。三浦グループ、つまりこの学園を経営けいえいしている一族の生まれ。彼女が小学校の時に両親は離婚。母親、この学園の理事長が引き取った。それ以来、兄が父親のような役をしている、らしい・・・成績は常に上位。すっぴんに見えますが、軽めの化粧する派のようです」


「なんでそこまで調べられる?」


「あはは。皆が情報くれるんで。ナベさんの家、写真館経営してるんですって」

「ナベ?」


 棗はワタナベ・マサの席を見た。

 そこに渡辺雅わたなべまさがいる。


「はーい、そうです。僕、渡辺が調べました」


「あの写真の角度で化粧しているかいないか調べたのか?」

「そう。僕、家継ごうと思ってるんで」

「ほ~・・・」


「で・・・?」


「ん?」


「でっっ?」


「なんで浮気を追求されてるような気がするんだ・・・やめろ、満」


 満は自分の太ももをばしばしと叩きながら言った。


「それで、い・つ・か・ら、な~のっ?」


「知らない」

「なんで誤魔化ごまかすの?何だったら場所移す?」


「違う。いきなり出会って、いきなり・・・あんなことしただけだから・・・」



 数秒の間。



「はぁっ?」


「だから・・・」


 イスが倒れるくらいの勢いで、満が棗の胸倉むなぐらを掴んで揺すった。


「どーゆーつーもーりーだーぁぁぁぁあっ」

「しーらーなーいっ」


「責任とって付き合え~っ」

「しーらーんっ」


「接吻の君ぃ」

「何なんだよ、『せっぷんのきみ』って?」


 相楽孝司が言う。


「英語にすると、キスマン」


「キスっ・・・マン?男?紳士しんしって意味だぞ、昔の日本語の『君』って?」


「全然ジェントルじゃなーいっ。話そらそうとしてるわねっ?」


「ああ、バレた・・・」


 相楽孝司と樋口葉介は苦笑。


「取りあえず、もう会議は終えてある」


 満に揺さぶられている棗。


「何?」

「今日から君のニックネーム、『接吻の君』ね」



 数秒後。

 上目になっていた棗がぼそりと呟く。


「嫌だ・・・」




 * * *

  



 放課後。


 三浦樹理は生徒会室から出た。

 手には、軽めの書類たち。


 忙しい松崎書記まつざきしょきに頼まれ、職員室に書類を渡しに行くのだ。

 普段、生徒会でもないのに生徒会室に出入りしているので、その代わりみたいなものだ。

 

 中階段。


 樹理は階段を見上げる。

 二年生の教室は、三階で、生徒会室は二階だ。 


 樹理は数秒三階への階段を見ていたが、名残惜なごりおしげに階下かいかへと向かった。




 * * *




 樹理が二階からの階段を降りて数十秒後。

 広瀬棗ひきいる七組数人が、同じ階段を降りていく。


 樋口葉介は広瀬棗を見た。


「理事長ジュニア、生徒会室にいるんじゃないか?」

「ん?」


 広瀬棗は生徒会室の方を見た。

 

「かりんとうみたいな色の扉だな」

「カラメルみたーい」


 桜庭満が笑いながら言う。

 棗を見た。


「で、どうするの?」


 数秒、棗は黙っていた。

 満を見ると、に、っと歯を見せるように笑った。

 いっきに階段を降りていく。


「あっ、まちやがれっ」

「逃げた」


 苦笑する葉介。

 そして遅れて三階から二階へ降りて来る相楽孝司。


 葉介は降りていく棗達を見ながら、降りてくる孝司を待っていた。


「あ、すまない」

「なにが?」

「いや、ありがとう」


 相楽孝司は体が弱い。

 体育はいつも休みだ。


「生徒会室・・・」

「何?」


「いや・・・何か、気になってな・・・どうするのかね、理事長ジュニアに手ぇ出して」

「さぁ・・・」


 孝司は生徒会室の扉を見つめた。

 っていてほとんど無い眉根まゆねにシワを寄せる。


「何か心配」

「ああ」


「帰ろうか」

「ああ」



 二人は階段を降りて行った。


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