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一章之参 ロック


 木造もくぞうの階段。

 スリッパをはいた男が、側にある手すりを掴みながら階段をのぼる。

 大抵たいていの者が、彼の階段の上り方を見て、ひざを痛めていることを知るだろう。


 男の名は、シオノ。


 塩野しおのは二階にくと、ふぅ、と溜息を吐いた。


 二階はこの家の持ち主である塩野の恩人おんじんの、後妻ごさいの息子の領域りょういき


 学校から帰ってくると、ほとんどこの領域から出てこない。

 彼の教育係りである塩野ぐらいしか、この領域に入ってくることを許されていない。

 膝を痛めている塩野が何故無理をして二階に来るのかと言うと、そういう理由だ。


 ドアをノック。


「坊ちゃん、夕飯です」


 数秒、返事を待つ。


 返事がない。


「坊ちゃん、夕飯です」


 三回目。


「坊ちゃん、夕飯です」


 返事がない。

 

 この家の決まりで、ドアに鍵をかけてはならない。

 三回声をかけても返事がない時は、入ってもいいことになっている。


 塩野はドアを開けた。


「坊ちゃん・・・眠ってるんですかい?」


 塩野がそう思ったのは、部屋の電気がついていなかったからだ。


 塩野が坊ちゃんと呼んだ少年は、窓際に立っていた。

 どうやら窓の外の、庭をながめているらしい。


「坊ちゃん、どうかしたんですか?」

「いや、何でもない・・・」


「坊ちゃんが庭を見つめる時は、なんや・・・気にしてる時です」

「最近、変な夢を見る」


「どんな?」


 塩野が『坊ちゃん』と呼んでいる少年、ヒロセ・ナツメは振り向いた。


「夕飯だったな」

「はい」


 広瀬棗は部屋を出る。

 廊下に出ながら、塩野に言った。


「いいかげん、もう『坊ちゃん』って呼び方やめろ」



 * * *




 小さくいてみる。

 よたよたとかろうじて歩いていた母は、もう動かない。

 顔をすり寄せてみたが、反応しなかった。


 父は先に死んだ。


 死ぬ前に父は、言った。


「生きろ。逃げなさい」


 だから俺は、母を置いて、逃げようかと思う。


 血の匂いで、他の肉食獣が近寄ってくるのも、そう遠くはない。

 そして、母をライフル、という武器で攻撃した、人間という生き物の匂いもしてくる。



 俺はその場を離れることにした・・・。


 :::

 ::::::


 どれくらい森の奥に進んだのだろう?


 風が吹く方向が変わった。

 匂いがする。

 人間?

 いや、けものの匂いがする。

 獣人だ。


 慎重しんちょうに匂いの方へと近づいてみる。


 茂みの中から出る。



 誰もいない?



 いや、匂いを分析ぶんせき


 匂いの軌道きどうを追いかけてみる。



 誰か・・・いる。



 森の中、一本の木のうろの中に、誰かがいた。

 小さく丸まり、おびえているようだ。

 血の匂い。

 おそらく、何度も何度も転んだり、草木を横切ってきたのだろう。

 細かなきず身体中からだじゅうにある。


 細く鳴いてみる。


 びくり、と相手は体をこわばらせた。


 視線が合う。



 数秒、いや・・・数十秒、見つめ合う。



 お互いが、孤独こどくを抱えていることをさとる。


 木のうろから、子供が出てきた。


 やはり獣人。

 耳が翼だ。


 よつんばいになって出てきた子供は、耳を少し動かして、周りの様子をさぐる。


 血のついた俺に触れようと、何度も手を伸ばしたり、引いたりする。


 俺は何故か、その子供を受け入れた。

 

 頭を撫でられる。

 目が細まる。


 耳が翼の獣人の子供は、わずかに、口元をあげた。



 夢の中の編集で・・・気づいた時には、成長し大きくなっている。

 背中にあいつを乗せ、森の中を歩いている。

 

 

 森の中で見つけたのは、薄桃色の花をつけた花畑。


一休ひとやすみしよう」

「ああ」


 俺は、しゃべれる虎だ。

 背中に乗っているのは、相棒あいぼう


 背中から降りた相棒は、花畑に寝転ねころんだ。


 俺も伏せる。


 相棒が頭を俺の胴体に乗せてくる。


 摘んだ花を鼻先に近づけられ、俺はくしゃみ。

 思わずその花を手で潰す。


 相棒は、笑った。




 * * *




 爆音ばくおん

 目が覚める。


 オーディオ機器ききについたアラームが鳴ったのだ。

 いつもロックをかける。


 よどんでいるようなダル気。


 ヒグチ・ヨウスケは髪をかきあげた。


 溜息。



「またか・・・」



 樋口葉介ひぐちようすけはリフトベッドから降り、曲を止める。


 時間を確認すると、朝の六時四十五分だった。


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