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終章



 あの日から、十年後・・・。



 いろんな


 いろんなことがあった。



 棗は、モデル業を復帰ふっきして家を異母兄いぼあにに任せた。


 異母兄の子供ふたりが、更に後を継ぐ。


 その手伝いっていうのか・・・応援とか協力をする形で、棗は家にいる。



 棗は思い出の公園に、共も連れずに訪れた。





 * * *





 樹理は、カメラを持ってとある公園にいた。


 あのあと父に引き取られ、藤沢樹理という名前になってアメリカから戻ってきた。


 少し、母国語ぼこくごがなまってしまう程度の月日、離れていたこの土地。


 緑化計画は進んでいたらしく、思い出の公園は芝桜で満開だ。


 樹理はその芝桜を、見に来ていた。


 



「みうら、じゅり・・・?」




 カメラを芝桜に向けていた樹理の背中に、なごっていた声がした。


 樹理は動けない自分をどこか不思議に思って、瞬いた。




 * * *




 しばらくの、間。


 人魚を思わせるようなキャミソールにタイトジーンズの女性の背中を見つめる棗。



「あ・・・ふじさわ?」



 しばらくの間。


 そちらから声がした。



「え」



「マジで?」



 芝桜の花畑をつっきり、その女のもとへと近づく。



「あの~・・・あの~・・・えっ・・・どうしよう・・・写真撮ってもいいですか?」


「一枚二千円です」


「撮ってあげます」


「いくらかかります?」


「タダでいいですよ~」


「オーケーィ」



 樹理は立ち上がり、うしろを振り向こうとした。





 途端とたん、誰かに抱きしめられる。



 痛みと驚きがほぼ同時、同量のような気がする。


「あの・・・棗、先輩ですか?なんでここにいるんですか?私、あの、帰ってきて・・・」

  


 より締め付けるかのように力を入れられ、樹理は黙る。



「あのな、あのな、満は家具屋になった」


「はい」


「葉介は洋菓子店でまだ修行中」


「はい」


「雅はオタクの女と結婚して、変態で幸せそうだ。おかげで子供六人」


「そうですか・・・」


「孝司は、ほそぼそ小説家してる」


「はいっ。本、送ってもらってました」


「うん。それは聞いてる・・・」


「はい・・・」



「俺は、葉介のためにあのなんやら女を本気で殴ったお前を見て、本気になった」



 樹理は意外に思う。



「家に呼んでベッドに押し倒して、曲かけてキスしかしなかった日が焼き付いてる」



 樹理の体温が上がっていく。


 棗の体温を吸収するかのように。


 そして、目頭めがしらが熱い。


 目をせる。



「私の名前について、兄か久也君から聞いたりしましたか?」


「ん?」


「私の名前は、ジュリ」


「ああ、それがなんだよ?」



「シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のジュリエットから。


 名前を付けたのは父で・・・父いわく、『ロミオとジュリエット』は、


 クレオパトラとシーザーの恋愛沙汰れんあいざたからなんだそうです。


 クレオパトラは、愛の神『イシス』の生まれ変わりを名乗っていた伝説がある。


 イシスの夫はオシリスと言って、『冥界めいおうの王』なんです・・・

 

 賢者の石に封印されている時にぼんやり見えていた夢の中に、


 タカみたいな鳥・・・ゼインが可愛がっていた鳥に似ている気がする・・・


 その鳥とビャクヤが同一視どういつしされたかもしれない・・・


 オシリスとイシスの息子ホルスは色んな説から・・・


 『頭が鳥の成人男性』として描かれる・・・


 そして私のジュリって言う漢字当ての作りは・・・


 大きな木の 王の里です・・・今まで、言えなかったんです・・・」



「ブルーローズ・・・?」




「あの・・・」



 次に言う言葉がないのに、思わず出た「あの」に対して、棗は力と無言で制した。



「あの・・・あの・・・」


「君と結婚したい」






 * * *




 リンゴ―ン ゴーン と祝福しゅくふくかね











「『「『「おめーでとーっ」』」』」




 教会から出てきて、ライスシャワーを浴びる樹理。


 出迎えるのは、先に準備していた身内や親類、同級生。



 ブーケトスをすると、受け取ったのはキャッチ群に参加していない若葉だった。


 隣にいる一彦にブーケを渡して、相手をきょとんとさせている。


 

 それを見ているさくらんぼの入ったグラスをあおっている親戚のおばはまだ独身。



 わいわいがやがやとしている中、荘厳な空気をまとって会場端に現れたのは貴子。


 樹理は視線に気づいて母と目が合い、ぱちくりとして近づいていく。


 久しぶりに見る母はやはりどこかけていて、そろそろ白髪染めでも始める頃合い。



 貴子が言った。


「文句を言いに来たわけではないの・・・」


 

 側に寄って、対面した樹理が複雑そうな微笑みをする。



 貴子が、少しうわずった声で言う。


「私は昔、あなたに『いい結婚をしなさい』と言ったわ」


「はい」



「あなたが高校生の時に・・・でもね・・・この十年、私の中でその意味が変わったの」



 樹理が視線を上げて、母の顔を見る。


 貴子の顔の片面が、わずかに痙攣けいれんを起こした。



「『いい結婚をしなさい』っていうのは、『幸せな結婚をしなさい』って意味よ」



 貴子の眼から、涙が落ちた。


 そして鼻水がたれるのをいとわず、彼女は険しいともとれる顔で、少し、頭を下げた。



「わたしは・・・あなたに、「おめでとう」ってっ・・・」



 貴子はくしゃくしゃになった顔で言った。



「『おめでとう』って、心から言って、心から喜ばれたいって思ったのよっ」




 樹理は、一筋の涙を流した。


 そして、自然と口角こうかくの上がった顔でうなずいた。



 樹理は母の手をにぎった。



「そのくしゃくしゃになった顔で、メイク直しなしで記念写真とったら許します」



 はぁっ?という貴子の顔。


 そして笑いだす。



「イヤよ」



 樹理が笑いだす。


 蔵人が遠くの方から樹理を呼ぶ。


 樹理がそちらに振り向くと、遠目ではあるが、兄の隣に久也がいた。



 樹理がにぎったままの母の手をひっぱった。



 そして、カメラマンを指さした。



「お父さんに、挨拶したら許します」


「こんな顔で会えるわけないでしょうにっ」



 遠くから、蔵人が樹理を呼ぶ。


 久也がどんな意味なのか誰かとケンカして奇声を上げているのが小さく響く。



「じゃあ、メイク直ししてきて下さい」


「分かったわよ。一時間かかるわ」


「お父さんの隣に、いてもらえませんか?」



 貴子は意外そうに瞬いた。



「それなら、いいわ」



 樹理は二回うなずいた。



 走って、会場へと戻る樹理。


 メイク直しの時間はないので、ポシェットから口紅を取り出す貴子。


 その口紅で、ぐちゃぐちゃに自分の顔を塗りたくる。



 藤沢武人はカメラの位置の調整に夢中で、かなり側に来るまで貴子の存在に気づかない。



「あなた」


「え?」


 ピエロもびっくりするような顔の貴子。


「ええっ?」


「この顔じゃあ、写真に写るのは無理よ」



 しばらくの間。



「はは、そうだねぇ。僕の側にいればいい。ベストポジションだ」



 風が木々の葉を揺らし、時がとまったかのような錯覚が起きた。





 教会を背に、樹理が走って群れの真ん中へと入る。


 

 隣には、白いタキシード姿の棗。


 その片腕に巻きついている、満。



 クラッカーの準備をしている群れの両脇。



「はい、みんなで『せーの』って言ってね~」



 カメラマン藤沢武人の支持通り、みんながべストポジション。



「『せーのっ』」



 シャッターを切ったのか、切ったあとだったのか分からないが、武人が言った。



「はい。バターぁ」

















 《終わり》 

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