五章之六 ケンタウルスの喫茶店
二年七組はまたカラオケ会をしようと約束し、各々解散。
その、あと。
喫茶店『子沢山』に樹理と蔵人と久也を招待した棗と満と葉介と孝司。
「あ。ファンってやつが回ってる~」
「巻数のとんだ『スラムダンク』と『ドラゴンボール』・・・」
「これは・・・あれね、うわさに聞く不良のたまり場、ってやつね」と久也。
棗たちは、マスターに注文を伝える。
樹理は棗を見た。
「このお店、なにがおススメですか?」
棗が言う。
「ワッフルとロールケーキ、フルーツクリーム添え」
満が言う。
「コーヒーフロート」
洋介が言う。
「俺は焼きそばが好きだ。時々キャベツの芯まで入ってうところまで」
孝司が言う。
「パフェ」
マスターが言う。
「バケツパフェもあるよ」
樹理と蔵人と久也が、バケツに入っているパフェを想像して眉をひそめる。
三人がかぶりをふる。
マスターが言う。
「ん~・・・じゃあ、通常のパフェでいいんだな」
樹理が強めうなずく。
久也が言う。
「お酒おいてないの?」
マスターが鼻で苦笑。
「うちはあつかってないよ」
蔵人が謝る。
「なんか、すいません」
「いや、いい。いい」
樹理はたれぱんだのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめている。
棗はケータイの着信の様子を見ている。
「ん~・・・うんうん、今見たんですけど、みんなが『今日は楽しかった』って」
「ふぅん・・・」
意味深にもとれる相槌の蔵人。
トイレから戻ってくる満。
煙草を吸っていた葉介が、ふぅ、と細く長めの吐息を吐く。
数秒の間。
「で?」
久也がそう言ったとほぼ同時、マスターが注文の品を席に届けに来てくれた。
「俺はまだ、話したくないような気がする」
孝司が言うと、マスターが孝司を見る。
「え?」
「ああ、違う違う。こっちの話」
「ああ、ああ、分かった。分かった」
久也は、トマトとモッツァレラチーズとバジルのサラダを、ほおばった。
「うんうん・・・で、なんでなのかしら?」
「うん・・・その前に、あなた、おかま?」
「別にいいのよ」
「ああ・・・そうですか・・・『会長』と付き合ってるんですか?」
「そうよ」
「付き合って、ないっ」
『「そうですかぁ~」』
「いいのっ」
何が「いいの」か分からないけれど、思わず相槌をうつ棗達。
「未知数だね」と満。
「未知の世界だね」と孝司が言う。
「俺、意味分かる」と葉介。
久也以外の全員が葉介を見る。
「え、どういう意味で?」
満が聞くと、葉介が不思議そうな顔をした。
「どうゆう意味って、意味分からない」
四拍くらいの間。
『「ほ~・・・」』
よくは分からないけれど、なんとなく自分を納得させようとの発言が重なる。
蔵人が少し間を置いて言った。
「本題に入ろう」
「あ。このキウィ美味しい」
樹理が注文の品、フルーツロールケーキを食べて言う。
「樹理、本題」
「あっ。マンゴーも入ってる~」
「じゅ~りぃ~?」
樹理が蔵人の方を見る。
「ん?このクリームも美味しいよ?」
「うん。本題に入ろうね」
「うんうん」
また食べ始める樹理。
蔵人がみんなを見て、目元から両手を前方に動かした。
みんなが何度かうなずく。
満が言う。
「本題にぃ、入りましょうか」
「ありがとう。そうしよう」
「樹理ちゃん、それ、ひとくちちょうだいっ」
「いいよ~」
久也が蔵人をはさんで、樹理のロールケーキを食べたあと、蔵人のパフェもつまむ。
「な・ぜ・だ・・・」
「先輩?せんぱいぃ?」
「ああ、本題に、入ろう・・・」
「何に『なぜだ』と言ったんだ?」
葉介が蔵人に聞く。
「いや?いや・・・いや、別に?」
いぶかしそうな顔をする葉介。
「そんな感じのお前が好きだ」
孝司の独り言。
アボカドのわさびマヨネーズソースの刺身を食べる孝司。
「これ、ひとくちもらっていい?」
「僕も食べたい」
久也と満が言うと、孝司が了承したので食べる。
「うまっ」
満がカウンターのところにいるマスターに少し大きな声をかける。
「マスター、これ、新作?」
「そだよ~」
「今度来たときもたーのもっと」
「ん、じゃあメニューに入れとくよ」
コーヒーフロートを飲んでいる棗が、太めのストローから口を放す。
「夢、の、話・・・」
* * *
ルシファーは、情報収集のために「メディ」を抱くことがあった。
「メディ」とは、北欧神話に出てくるメデューサかもしれない。
そのメディと呼ばれるひとは、息子をつれてきた。
その息子は、ルシファーを「パパ」と呼んでいた。
メデューサとその息子が言うように、ルシファーが父親だとは思えない。
面差し、美男系で黒髪って理由で似てるように思えなくもない。
何かの理由で里を襲撃してきた。
リンのことで、だ。
その場にリンはいた。
石に変えられた。
リンが。
メデューサの、目を見たから。
メデューサの怒りの眼は、物質を石化させる、ってどこで聞いたか知っていた。
その場にはケンタウルスがいた。
ルシファーを守ろうとして、リンは石化した。
そして、メディの息子の尾に叩かれて割れて死んだ。
ルシファーの心は死んだ。
その瞳は、何も映さない鏡のようだった。
メディは怒りの眼をルシファーに見せたが、その鏡の目で石化した。
そしてルシファーの赤い玉飾りのついた剣で殺された。
粉々(こなごな)に。
メディの息子も切り刻まれた。
メディの息子は最後の力をふりしぼって、ルシファーに爪痕を残そうとした。
ミネアナ、こと、アイラが鏡の飾りのついた蜂蜜のツボを思わず投げた。
その場にいた弓の名手ケンタウルスが、ほぼ同時に矢を放った。
交差したそれは衝撃で破裂して、蜂蜜壺から蜂蜜が散った。
なぜなのかは分からないけれど、その蜂蜜を浴びたメディの息子は、溶けて死んだ。
「・・・話を合わせると、こんな感じになるが・・・」
ふぅむ、と蔵人はテーブルで指を交差して組んでうなった。
しばらくの沈黙。
満が、樹理を潤んだ瞳で見る。
数秒後、樹理がそれに気づいて何度かうなずく。
「そうやって死んでしまったの??」
樹理は、かぶりを振った。
「見えてたんです・・・」
ん?と、全員が樹理を見る。
「なぜか、石化したあとのこと、見えてた・・・」
樹理が飲み物を飲むので、数秒の沈黙のあと各々内側へとこもる。
「みんながおんなじ夢見てて・・・話したかったけど、話してよかったのか?」
しばらくの間。
棗が「俺は」と言いかけて、樹理が偶然かぶせてしまう。
「俺は」
「あの~・・・・・」
「何?」
孝司が樹理に聞く。
「これからも・・・その夢、見るんでしょうか?」
「それは多分、ここのみんな心のどっかで思ってる不安だと思う」
「相楽先輩は・・・」
「俺は、メルティーナの双子の姉」
「は?」
棗が孝司を見る。
「俺は、それ、なんとなく話がまとまって、誰かが聞くまで言う気なかった」
「小さい頃から、不思議な夢見るって言ってたよな?」
葉介が孝司に聞くと、孝司が小さくうなずく。
「じゃあ、話せてよかったんじゃん?」
ふぅ、と溜息を吐いて、孝司は崩れ落ちるかのようにテーブルに頭をぶつけた。
深いため息。
それを見て、何度かうなずく面々。
それを見ていない棗。
「メルって姉がいたのか・・・」
テーブルに伏したまま、孝司が言う。
「ナディアっていう」
「名前?」
「名前」
「分かった」
「お~・・・・・・いま、しんどい」
満が孝司に言う。
「肩もむ?」
「ムリ」
葉介が孝司に言う。
「タバコ?」
「いらん」
樹理が言う。
「おんな?」
「はーあっ?」
顔をあげる孝司。
けたけたと笑いだす面々。
「もう、いいっ。どーーーーでもいいっっ」
笑うのをこらえて、蔵人が言う。
「何かすまん」
「いいよ、もうっ」
久也が言う。
「こういう時は、『ごめんくない』って言うのよ~~~~」
「あー、そうですかっ」
「ごめんくないわ~」
「おかま、うるさいっ」
「あんた、いつかミラクルパンチをみまうわ~」
「ウルトラパンチで返しましょうか~?」
「あんた、今日から『仲間』よっ」
「はぁっ?」
「握手しましょうっ」
「別にいいけどっ?いいですけどっ??」
握手する孝司と久也。
「よく頑張ったわね。あんたはあんた、なのよ」
「お前が好きだ」
「よく分かる」
「もう帰ろう・・・疲れた・・・タクシー代ない・・・」
満がぼやくと、棗と葉介が言った。
「おんぶしてくれとか言うなよ?」
「今日、家、泊まる?」
満がふたりにいっぺんに応える。
「そうする~」
勘定を済ませ、孝司がマスターに長居してごめんね、と言う。
マスターが口の端を上げた。
「俺は、ケンタウルスだった」
孝司は目を見開く。
「聞こえてたの?」
「気ぃつけろなぁ」
ふっ、とおかしな呼吸音のすぐあと、面白いなぁ、と孝司は思う。
「分かったぁ」
「おうおう。おつり」
「ああ、うん・・・どもども」
おつりの小銭を受け取り、孝司はぱちくりとしながら言う。
「ああ、そう言えばね。チーズトーストをいつもより美味しく食べる方法知ってる?」
「また、テレビかなんかかい?」
「うん、まぁね。ふりかけの『のりたま』あるでしょ?あれ、かけてトースターで」
「ほぉう」
「うん・・・」
「うんうん」
「うん」
「うんうん」
「そんだけ」
「おう」
「うん、じゃ」
孝司は木製のドアの金属ノブに手をかけて、振り向く。
「その話ね、テレビ見た葉介とみつるんが教えてくれたんだ」
マスターは笑った。
「そうか」
孝司がどこか笑みをたたえ、扉を開いた。