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五章之四 聖域を犯された者の赤い涙


 二年七組の面々はとにかく心を落ちつけたい、と言ったきり、夢の話をしなかった。


 それからなんやかんやと、カラオケ会に向けての話を進め、都合つごう調整ちょうせいした。



 日曜日。

 その日、孝司と葉介と満から、メディーサについて夢を見た、というメールが来た。


【みつると個展に行ってからカラオケ会。そのあと子沢山、ってのど?】


 子沢山こだくさん、とは、贔屓ひいきにしている喫茶店のことだ。


 メールを送って、鏡の前でネクタイをめる。

 私服なのだが、棗はネクタイが好きで集めている。

 半袖とアームアクセ手袋的な布が、いくつもの安全ピンで留められている服だ。




 * * *




 社員五千人を超える大会社、三浦グループ。


 その社内の一室に、ミウラタカコはいた。


 部屋に入ってきた側近そっきんが、また何かお悩みなのですね、と言う。


「エリートについて」


「また娘さんについてでしょう」


「当たり」


「どうかなすったんですか?」


「やっぱり、エリートなのか分からないのよ」


 タカコは先ほどから側にある袋を半分に裂いたポテトチップスを食べながら言った。


「私、エリートは好きなのよ」


「二年七組については?」


「彼らはエリートだわ」


 うなるように困る側近が、あ、と言って落ちている少女漫画雑誌を拾い上げた。


「またポテチと漫画。会社ではダメです」


「少しくらいいいじゃない?」


「じゃあ社員に許しますか?」


「あら、意外。かまわなくてよ」


「分かりました、メモしておきます」


 胸ポケットのメモ帳に書き出す側近。


 彼がふ、と、タカコを見る。


「娘さんは、エリートじゃないかもしれない」


「分かってるわよ、私、エリートしか認めない脳なの」


「娘さんが望んでいるのは、エリートになることじゃないかもしれない」


「意外だわ。何か心当たりがあるの?」


「はい。おそらくですが、娘さんはエリートになって貴方に好かれるのではなく、


 単純に娘として貴方にいつくしまれたいんだと思います」


 タカコはポテトチップスに手をのばし、しばらく咀嚼そしゃくしていた。



「・・・私なんかにそんなこと、思わないと思うわ」




 * * *




 フジサワタケト写真展、会場。



「ひや~、けっこういるね・・・」


「そうだな・・・」


 いつもより少しおめかしした樹理、そして蔵人、久也が会場に入る。  


「挨拶する機会とかあるのかしらん?」


 久也が言うと、ふたりがううん、と唸った。


「「どうだろな・・・」」


 樹理が言う。


「お手紙には、今日会場にいるって」


「「ほぉん・・・」」


「とりあえず、会場回ってれば会えるんじゃない?」


「何時ごろいるって?」


「さぁ?」


「たっく」


「ちょっと抜けてるところあるひとだしねぇ」



 

 * * *



 すでに展示会場にいた、三人組。


「会場にいないかなぁ~?」


「さぁな」


 そう言ったのは満で、答えたのは棗だった。


「いたら、サインとかもられないかな?」 


「そんなに有名なひとなのか?」


 葉介の質問に、満は大きくうなずいた。


「幻想的な作品が僕は好きだな」


「ねぇ、いつまでこの写真見てるつもり?」


「この写真の少女、少し似てるな、って・・・」


「「ん?」」


 棗はさきほどから、とある写真の前から、動こうとしない。


「誰に?」


「三浦樹理」


「え?」


 満と葉介はその写真の中にる少女の方を見た。



 その写真は、とある聖域せいいきで撮影されたものだった。


 並木なみきみきに、赤いスプレーで落書きがされている。


 二重丸に縦に一本線のマークまである。


 そこに、緑色のキャミソールドレスを着た少女がたたずんでいる。


 赤い滴が、目元からほほに伝っている。




 満はつぶやくように言った。


「僕ね、これ当時、自然保護のために使われた写真なんだけど、この写真の子、もしかしたらこの森の妖精なんじゃないか、緑が失われているのを悲しんで、血の涙を流してるんじゃないだろうか、って思ったんだ・・・」


「なんか、俺も、そんなこと感じた・・・」


「俺もだ・・・」  



「嬉しい・・・」



 二拍の間。


『「ん?」』


 三人が振り向くと、そこには中年の男がいた。


「君達はさきほどから、この写真を見て、何かを感じとってくれている。僕は嬉しい」


 満がはっと息を飲んだ。


「ふっ・・・」


 男の周りにいるSPみたいな人たちが人差し指をたててせいした。


 満は声を押さえて言う。


「フジサワ・タケトっ・・・」


 棗と葉介は満を見て、またその中年男を見た。


「君達とお話しがしたくて、声をかけたんだ」




 * * *




「あれ?あれって・・・パパ?」


「「ん?」」


 樹理が言うと、蔵人と久也が樹理の視線の先に振り向いた。


「え。なんか意外な恰好かっこう


「変人なんだ」


「きーばーつ」


「え、普通だと思うけど?」


「「なんでスカートはいてるんだろ?」」


「ロングスカートだから、ありだと思う」


「俺・・・帰りたい・・・」


「え、せっかくだから、会って行こうよ?」


「イヤだ」


「なんで?」


「あのロングスカート、俺、おんなじのもってるっ」


「「知らないよ」」


 ふたりが蔵人の手を取り、フジサワ・タケトに近づいていく。


「そう言えば、ジェンダーを俺に教えたのはあいつだった・・・」


「「感謝しなくゃね」」


「それもそうだ。特別、挨拶くらいはしてやろう・・・」




 * * *





「パパ?」


 振り向くと、そこにいたのは息子と娘、そして友人らしき少年。


「樹理ちゃん、蔵人君・・・やぁ、あの・・・久しぶり」


「パパ~」


 樹理が藤沢武人に抱きつく。


「いやぁ~、ますます可愛くなったなぁ。彼氏はできたかな?」


「想ってる方がいます~」


「そうか~」


「蔵人君は・・・」


 蔵人がびっくりした顔のまま、どこかを見ている。


「え、会長?」


 藤沢武人は振り向いた。


 そちらの少年達も驚いている。


「え・・・知りあい?なのかな?」


 樹理が武人から離れ、そちらを見る。


「えっ」


「三浦・・・」


「えっ、先輩達なんでですかっ?」


「え、誰誰?」


 久也が聞くと、きょとんとしていた樹理が笑顔になった。


「紹介をしないといけませんよねっ」


「え、ああ・・・」


「えーっと、棗先輩はメールで知ってますよね?久也君です」


「あ」


「え、ルーシー?マジでっ?俺もおんなじ夢のひとです。ヨロピク」


 握手あくしゅを求められ、棗はそれに応える。


「で、久也君、こちらは同じ学校の二年生。私には先輩で、棗先輩、満先輩、洋介先輩です」


「どうも~」

「ども、っス」


「いやいや、初めまして。クドウ・ヒサヤと申します。どうかよろしく」


 各々、挨拶。


「それで、えっと久也君、このひとが、私とお兄ちゃんの、パパの藤沢武人です」


「ええっ?」

「えっ」

「なにっ?」


「どうも、藤沢武人です」


「息子さんと娘さんには日ごろからお世話になってます。いつか蔵人君の嫁になるつもりなので、どうぞよしなに」


「そうかそうか、蔵人君にも恋人ができたのか」


「お父さん、とお呼びしてもいいですか?」


「もちろんだともっ」


「ちょっと、まて。何故貴様は俺と同じ最新作のスカートを持っている?キャラがかぶるではないか」


「いいじゃないか。一点ものでもあるまいし」


「ん~・・・まぁ、よかろ」


「君は相変わらずつんけんだなぁ」


「言うのを忘れたが、久也は恋人ではないぞ」


「「なんでスカートの話の方が先だったんだろ・・・」」


「あの~・・・え、会長と樹理ちゃんのパピーって・・・」


 藤沢武人が振り向く。


「あ、うんうん。僕です」


「あ、そうなんですか。びっくり」


「先輩達も来てたんですねぇ、奇遇きぐう~」


「ありえんくて、夢じゃないかと思っている・・・」


「「何が?」」


 葉介が言う。


「君達をモデルとして使いたい、とか、ありえない・・・」


「えっ」

「なにっ?」

「なんだって?なんだってぇ?」


「あ、うん。気に入ったから、一時的契約でモデルしないかなぁって思って」


「へぇ~」


「あ、樹理の写真・・・」


『「え?」』


 蔵人が見ている写真は、棗がその場から動こうとしなかった場所にあった写真だ。


「え、これ、三浦?」


「あ、はい」


「マジでっ?」


「はい」


「え、じゃあ、この話、受ける」


「え、ほんとにほんとにっ?嬉しいなぁ」


「え~、じゃあ、僕もモデルします~」


「よかった~」


「俺、ムリ」と葉介。


「ん~・・・君、なかなかいけてるのになぁ・・・」


「俺、目立つのとか、ムリ。でも、現場見てみたい」


「気が散るから・・・」


「裏方としてのバイトないッスか?」


「え、あるけど、それでいいの?」


「はい」


「働いてるの秘密で撮っていい?」


「あ、それなら欲しいッス。表に出さないなら」


「オケオケ。じゃあ」


「あの・・・」


 葉介が口ごもる。


「ん?」


「もう一人、連れて来たらダメでしょうか?」


「もうひとり?」


「あいつ身体弱いしりたいかどうか分からないけど、作家目指してて、いい経験になるんじゃないかな、って」


「ほうほう。今、連絡取れる?」


「あ、じゃあ、電話で今聞きます」


「うん」


 葉介が電話をかけにその場を離れる。


 その間に、藤沢武人は樹理達と話した。


「今度雑誌のページいくつかまかされたんだけど、樹理ちゃん達、出ない?」


「ええ~、どうしよ~っ」


「樹理がやるならやる」と蔵人。


「樹理、やる~」


「いいな~」と久也。


「君にも聞いているのだが・・・」


「え、俺ですか?」


 久也が意外そうな顔をする。


「モデルとして?」


「そうそう」


「あ、オッケーですよ」


 葉介が携帯電話をポケットに入れながら戻って来た。


 目が合う。


「あ、ぜひに、って」


「なんて善い日だろうっ。さぁ、僕に連絡先を教えなさぁーい」


 両手を広げた藤沢武人の胸に、満が飛び込む。


「ずっとこうしたかったーっ」


「うんうん」


 かたく抱きしめあうふたり。


 その様子を見た周りの一般客は、ざわざわと、している。




 * * *




「ところで、さ・・・」


「はい?」


 樹理と棗達は展示会場を出て、入り口あたりで立ち止まる。


「これから、何か予定ある?」


「いえ、お茶して帰ろうか~、くらいですけど」


「そうだそうだ。君達も一緒にお茶していかない?ね、蔵人?」


 久也が蔵人に抱きつき、からまりながら言うと蔵人は何になのか顔をしかめた。


「え、俺達もお茶する予定なんだけど・・・」


「え、じゃあ・・・え~と・・・」


 樹理は両方のグループを、交互こうごに見る。


「どこで?」


 蔵人が棗に質問し、携帯電話で誰かと話していた満が、棗に言う。


「みんな待ち合わせ場所に集まりだしてるってさ~。そのまま現場入るひともいるって」


「オケオケ」


 再び、携帯電話の通話相手と話だす満。


 葉介が言う。


「カラオケ、さそったら?」


「今、その話しようと思ってる」と棗。


「あ、分かった。分かった」


「あの~・・・お兄様?」


 棗がそう言うと、蔵人は眉間にしわを寄せた。


「なんだ」


「あの~・・・妹さんと、デートがしたいです」


「ほぉうっ・・・でっ?」


「あの~・・・お兄様も、ご一緒にどうですか?」


「デートに兄を連れていくだと?貴様、樹理と結婚を考えているのか?」


「僕、本気です」


「ほうほう」


「ほ~・・・なかなか骨のある男子だね。眼力がんりきすごい」


 まだ蔵人にからまっている久也の腕を、蔵人が触って、解く。


「確かに、目が違う」


 からまるのをやめる久也。


「デート、許すの?」


「俺達公認になりたい、と言っているらしい」


「はい」


「ふぅん・・・」


 自分の唇に触れる久也は、横にいる蔵人を見た。


 棗が言う。


「二年七組でカラオケ会するんですけど、みんなに樹理・・・さん、を紹介したいので、連れて行ってもいいでしょうか?」


「「ほうほう」」


 蔵人と久也が同じ相槌あいづちを打つ。


「もしよろしかったら、お兄様方もご一緒に・・・」


「「よかろ」」


 蔵人と久也は樹理を見る。


「カラオケ行きたいか?」


「樹理、カラオケ行きたい」


「「よかろ、よかろ」」


 携帯電話での通話を終えた満が言う。


「みんなが、樹理ちゃんたちならいいよ~、だって」


「わーい♪」


 両手を上げて喜ぶ樹理。


 みんなの会話を聞いていて、葉介は誰に見せるともなく口元で微笑ほほえむ。


「でぇ、あの~・・・ね?」


 久也が言と、蔵人が聞く。


「なんだ?」


「カラオケ、って何?」

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