一章之弐 可愛い妹
三浦蔵人、十七歳、高校三年生、現在生徒会長。
容姿端麗。
眉目秀麗。
才色兼備。
非の打ち所がない、と言われる、理事長の息子。
余談、本人無許可のファンクラブ有り。
* * *
ふかふかしていて、適度に硬く、熱を帯びているものを枕にしている。
眠っていた自分を自覚して、数秒後、目を開けて、あくび。
両手を上げて気伸びをすると、その『白い何か』が動いた。
ごろりと体勢を変えてそいつの顔を見る。
そこにいるのは白い虎で、俺はそいつの頭を撫でた。
猫のようにごろごろと喉元を鳴らす虎。
周りは見渡すばかり桃色の花畑で、甘い香りが風にゆらゆら揺れている。
一本摘んで白い虎の鼻先に近づけると、虎は鼻をむずむずとさせ、くしゃみをした。
思わず笑う。
花を押しつぶす虎の右手。
俺はまた、白い虎の胴体に凭れる。
体温を感じる。
おかしなことだ、と何度も思う。
これで何度目なのか、もう分からなくなっている。
* * *
「・・・ちゃん、お兄ちゃん」
肩を揺さぶられる。
ゆっくりと目を開ける。
またあの夢か、と、冷静な自分を自覚する。
ほほ杖を突いたまま、どうやら眠ってしまったらしい。
肩を揺すったのは妹の樹理で、ここが生徒会室であることを思い出す。
樹理は生徒会室への出入りが自由にできる立場だ。
「樹理・・・なんだ?」
「昼食、一緒にしようって言ったでしょう?」
「ああ、そうだったな」
樹理は持っていたお弁当のひとつを、デスクの上に置き直す。
「そう言えば、何でハウスキーパーさん、変わったの?」
「お前は知らなくていい」
「何で?」
数秒の沈黙。
「俺がもう必要ないと判断したからだ」
「なんで必要ないって判断したか、聞いてるんだよ」
「それは聞かなくていい」
「何故?」
「この話しはここで終わりだ」
数秒の沈黙。
樹理はほほを膨らませた。
「またフグか」
蔵人は片腕を伸ばすと、両ほほを挟んで少し力を入れた。
ブ、と音がして樹理のほほがすぼまる。
「また若いハウスキーパーさんだからって、手ぇ、出したんでしょ?」
「何?」
「そうなの?」
「誰からそんなこと言われた?」
「何だ。違うのか」
「誰から教わった?」
「ヒサヤ君」
「ああ、あいつか・・・」
「いつも若いハウスキーパーさん・・・」
「それ以上言うな」
「ねぇ、そうなの?」
「教えない」
「どういう意味?」
「これ以上、この話しをするなと言ったはずだ」
数秒の沈黙。
樹理は眉間を寄せ、そして渋々(しぶしぶ)と言った。
「分かりました・・・」
* * *
からからに乾いた大地。
吹きつける風を遮るため、カーキ色のフードローブのフードを目深に被り直す。
片手には最低限の荷物。
もう片方は、妹の手を握っている。
「あっ、目に入ったっ」
振り向く。
そこには、目をこすっている妹、ミネアナ。
金髪に金色の目をしている。
「砂か?あまりこするな」
風が吹いている方に背を向け、風除けになる。
妹ミネアナの目に息をふっ、と吹きかける。
「取れたか?」
「うーん・・・まだ変な感じ・・・」
風で落ちたのだろう妹のフードを直してやる。
「急ぐぞ」
「うん」
手をつなぎ、また歩き出す。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「樹海に行ったら、パピーとマムに会えるんだよね?」
数秒の、間。
「そうだな・・・」
ちょうど風が吹く。
「そうだといいな・・・」
思わず目を細めると、最近何も感情がなくなった自分を見つけた気がした。
* * *
「ゴポッ」
桜庭満は、口から水を吐きながら咳き込む。
湯船に浸かっている時に、眠気に襲われた所までは覚えている。
どうやら居眠りしてしまったらしい。
「あ~・・・死ぬかと思ったぁ」
咳き込む。
髪をかきあげ、バスタブに寄りかかる。
大きな溜息。
「またか・・・」
満はバスタブから出るため、立ち上がった。
「ゼインと、ミネアナ・・・」