五章之参 新作ブレンド
しばらく、夢を見ていることに気付いていなかった。
感触だけだったからだ。
夢だと気付いて、実際の自分の体・・・
下半身が夢の内容にすくなからず反応していることに戸惑った。
だんだんと、情景が見えてくる。
目をつぶったりしていて、映像は途切れ途切れだ。
おいおい、マジですか。
俺が
好きなのは
ミウラ・ジュリなんですけど?
リンって、なに・・・ミウラ・ジュリの前世とかじゃなかったら、浮気じゃね?
ってか、前世のこと夢に見てるんだとしたら・・・
え、俺って・・・
ルシファーなわけ??
意味不明なんですけど?
これはあれか、僕の下半身の願望が・・・
あ、果てた・・・
「ふぅ・・・」
棗は目を覚ました。
ルシファーと溜息の間が重なったあとに目が覚めた。
まだ興奮が名残るアレを気にしながら、棗は起き上がる。
ベッドから床へ足を移し、溜息。
「今度ミウラ・ジュリに会った時、どんな顔したらいいわけ・・・?」
顔を洗って一階に降りて、首にかけたタオルで遊んでいる時だった。
「おう、起きたのか」
日本庭園が見える縁側に座って茶を飲むのが父の趣味で、棗はその縁側にいる筈の父に起床の挨拶をしに来たのだった。
「あれ?棗先輩?」
唖然として動けない棗。
縁側に、たしかに父は座ってる。
そして何故かその隣に、三浦樹理が座って、父とお茶をしばいている。
「ん?なんだ、同じ学校の子なのか?」
「あ、はい・・・え・・・え、ここ、もしかして、棗先輩の、お家?」
「いやんっ」
上半身をねじり、顔を両手で隠した反動で、首にかけていたタオルが落ちた。
「どうしたんだ?」
棗はぼそりと言う。
「どんな顔をしたらいいのか、分かりません・・・これは・・・夢でしょうか?」
「なんでい、なんでい、まさか、おめぇ・・・」
「そうです。俺の想い人です」
「はっ?」
樹理はびっくりする。
自分の耳を疑った。
棗の父は樹理を見た。
「もしかして、棗の彼女さんなのかな?」
「ええっ?ち、違いますっ」
顔を赤らめ、動揺する樹理。
必要以上に高速に手を振る。
数秒で、『なんでもない時の顔』を作る棗。
「なぜに、君がここにいる?」
「あ・・・えっと・・・」
「それがぁなぁ、俺が道端で倒れてるの、助けてくれてなぁ。お礼にって茶ぁしばいてる」
和服の老人はからからと笑った。
「そうだったのか、父を助けてくれてありがとう」
「あ、いえっ・・・はい」
恥ずかしそうにする樹理は、棗から視線をそらす。
からからと笑う着流しの老人。
「いやぁ、若いねぇ。いいねぇ、いいねぇっ。俺にもそんな時期・・・あ、ねぇや」
「なんで道端で倒れたんです?」
縁側に近づき、ふたりの側でしゃがむ棗。
「ああ、茶屋に買付けにな」
「ああ、そんなの若衆に任せればいいのに・・・」
「なーにを言ってる。新作ブレンドが出たのだ」
「自分で、買いに行きたかった、っと・・・?」
「そうだ」
「あのお店、おもむきがあって雰囲気がいいんですよ~」
「なんで君が知ってる?」
「あ、それで話が盛り上がったんだが、このお嬢さんもあの店の常連でな」
「ほうほう。なるほど」
棗は樹理を見て口元を上げた。
「父は心臓を患ってるんだ・・・君が見つけてくれなかったら、最悪なことになっていたのかもしれない。父を助けてくれてありがとう」
樹理はぱちくりとして、口元をあげた。
そして吹き出して笑う。
「『君』ってさっきから言ってるっ・・・」
「・・・・・・」
数秒の間。
相手を舐め溶かしたい衝動にかられ、それを抑える。
「きみーは、『棗先輩』って言ってたねぇ。おほほほほっ」
まだ笑顔が残る樹理の顔が、まっすぐと棗を見た。
「あの・・・」
「なーに、かなぁ?」
「また、メールしてくれますか?」
しばたく棗。
今度は本気で口元が上がった。
手を差し出す。
樹理はその手を握り、ふたりは握手をした。
「これからも、よろしく」
樹理は満面の笑顔で答えた。
「はいっ」
* * *
月曜日。
昼休みの校内に、木琴の音が知らせるアナウンスが流れた。
二年七組、教室。
復帰した棗達は、教室の真ん中で昼食を始めようとしていた。
アナウンス。
《二年七組、広瀬棗、桜庭満、渡辺雅、相楽孝司、それからついでに樋口葉介は昼食を持参し、至急・二階家庭科室に来るように》
『「は?」』
満が言った。
「この声って、会長じゃない?」
偶然目の会った葉介が言った。
「なんで俺も?」
「たぶん、お腹壊したことに関しての呼び出しだよね?なして家庭科室?」
「俺、行っていいわけ?」
葉介の言葉に、棗が席から立ち上がりながら言う。
「いいんでない?多分、みんなびっくりだよ」
棗の言葉を聞いていた面々は、顔を見合わせた。
* * *
スライド式の家庭科室の扉を開けると、いい香りに出迎えられた。
「わあ~、あれ?樹理ちゃん、エプロン着てるってことはっ・・・」
一番目に家庭科室に入った満が言う。
「このスープ、樹理ちゃんが作ったの?」
「はい」
樹理は次々と入ってくる一行に挨拶をした。
「三角巾・・・」
「棗、三角巾にドキドキしてないで、状況を説明しろ」
「ふるまってくれるそうだ」
「なるほど。お相伴にあずかろう」
満、棗、孝司、葉介、雅の順に入って、雅がうしろ手に扉を閉めた。
「はっ・・・ピキャーン☆このか・ほ・り・はっ・・・」
樹理は笑顔で言う。
「はい。セロリです」
『「セロリのスープっ?」』
招かれた客人のうち、棗以外の人物達が同時に言った。
「棗先輩にメールで相談したら、そういえばみんなセロリが好きだ、って」
『「ほうほう・・・」』
招かれた客人達が棗を見る。
「なんだい?」
「移動中、ほぉんと、嬉しそうな顔をしてたよねぇ?」
「また、メール始めたんだ?」
「仲直り?」
「ん?んん、まぁ・・・」
樹理の側にいた蔵人が言う。
「友達関係から、進展したのか?」
ぎょっとする棗。
周りの期待の目。
顔を真っ赤にしてうろたえだす樹理。
「あ、あああああの、そのっ・・・」
棗は樹理を見た。
「どうなりたいんだ?」
「あのっ・・・まだっ・・・もうちょっと、お互いのこと、知り合ってからっ?」
うわずった声の樹理に、棗は苦笑にも似た顔をした。
「分かった」
「応援するよ~」
「だっちゃ」
「応援する」
「俺もだ」
棗は苦笑した。
「サンキュ、な」
それぞれが席に着く。
白いスープ皿に、赤琥珀色のスープがよそわれる。
「トマト入ってる?」
「いえ、渡辺先輩はトマトが苦手だと聞いたので、隠し味にケチャップを使いました」
「おお~、ケチャップっ?」
「はい」
「楽しみだにゃ~」
「あ、ほんとにセロリが入ってるぅ」
「セロリのスープって、はじめて見た」
「あるの知ってたけど、食べるのはじめて」
「はたして、持参したジャムパンと合うんだろうか・・・」
「ん~・・・まぁ、いろいろ言いたいことはあるだろうが、冷める前に『いただきます』をしよう」
『「いただきますっ」』
素直に挨拶をして、食事をしだす面々。
「で、なんでふるまってくれるの?」
「学校側が、あの・・・松崎さんに家庭科室を貸すの許可しちゃったんです」
「なるほど・・・」
「あ。場所は、隣の第二家庭科室です」
『「ああ、なんだ・・・」』
「これ、マジで美味しいんですけどっ?」
「ありがとうございます」
棗は一足おくれ、スプーンを取ると、いただきますを言ってスープを口に運んだ。
「ん、美味しい・・・」
「よかったぁ」
「料理できるんだね」
「ちょっとだけ」
「ふむふむ」
「普通に口をつけてしまったが・・・俺も呼ばれていいのか?」
「当然だ。学校側としてのわびだからな」
蔵人が言うと、葉介は「ふぅん」と言った。
「なかなか粋なことするんだな・・・甘んじて受けよう」
「そうしてくれ」
「あっ。お弁当、持ってきたんだった。一緒にたーべよっと♪」
満は包みを広げ、弁当箱をパカッと開けた。
弁当箱の中身を見つめ、数秒の沈黙。
「なぜなの、ママちゃん・・・なぜ、『おかゆ』なのっ・・・?」
孝司が言った。
「梅干し、入っててよかったな」
* * *
同日、夜十時頃。
ベッドに寝そべりながら棗にメールをしようとする樹理。
着信音。
「えっ・・・」
差出人は棗。
胸をはやらせながらメールの確認。
【今日のセロリのスープ、美味しかった。ありがと、な】
頭の中に、ぶわっと大量にお花が咲いたような気分になる樹理。
メールの返信。
「喜んでもらえて、よかったです・・・と」
【うちは基本和食だから、ああゆう感じの食事は貴重。今度お礼させろな」
樹理は苦笑。
「おわびのお礼って、少し変てこです。でも嬉しいです」
【あんま高価なもんは無理よ?フランス料理とか言わないでよ?】
「そうだ。今度の日曜日、空いてますか?」
【先約、あり】
「残念・・・」
【今度、デートしよう】
「はっ?」
【考えててね。じゃあ、おやすみ】
ケータイの画面を見ていた樹理。
『今度、デートしよう』のメールを保護保存。
しばらくそのメールを見て甘い気持ちを味わっていたが、その気分がおさまったのは午前三時頃で、樹理はその日、結局ほとんど眠れずに学校に行った。
* * *
気づいたら夢の中にいて、ルシファーは燃え盛る森の中の集落で吠えていた。
なにがあったのだろう、と記憶をつなげるに、リンに似た少女の場面あたりだ。
なんでリンはいなくなったのか・・・
そう言えば、石になって砕けた・・・
でも、生きてる、みたいに・・・誰かに、言われた・・・?
それで探してる、ってことか・・・
その身体は灰まみれで、服もぼろぼろに破れている。
首に下げていた玉飾りの紐がふつりと切れて、珠が地面へと落ちる。
そんな頃。
むせかえるような黒百合村の中、誰かが近づいてくる気配がした。
それでも、吠えていた。
「ルドラ・・・?」
可憐な声が、何かを言った。
ルシファーの中で、どこか冷静な自分が「なんと言ったのだろう?」と思った。
少しの余韻があって、目が覚めた。
棗はリンを思い浮かべた。
彼女も、あんな風な、可憐な声なのだろうか、と。
* * *
翌日、棗はまたあの夢を見ていた。
青空が広がる日、ルシファーはリンと手をつないで里をパトロールしていた。
はちみつ、まだかなぁ?
ルシファーは口角を上げる。
「まさか花以外に食べれるものがあるとは知らなんだ・・・言っておくが、蜂蜜は貴重なものだからな?」
リンは小さく何度もうなずいた。
リン、はちみつ、大好き
「そうか。ゼインとミネアナ・・・いや、今はアイラだったな。ふたりも蜂蜜取りに行ったついでに、研究用に珍しい花があるならそれも取ってくるそうだ」
食べれるかな?
「さぁ?食べれるといいな?」
うん。
ルシファーの苦笑。
遠くから、声。
「おおーーいっ。ルーシーっ、リーンっ」
ふたりで声のした方に振り向くと、ミネアナことアイラが大きく手を振っていた。
側にいたケンタウルスが言った。
「お帰りのようです」
「あっ。アイラっ」
ヘルメイス、ことアイラの夫になった白夜がビャッコに乗って妻を抱きしめに行く。
空中から飛び降りながら夫白夜に抱きつかれ、きゃっきゃと笑うアイラ。
その側にいた茶髪の男、ゼイン。
ゼインはルシファーの視線に気づき、意を察したのかうなずいた。
「充実した顔だ」
ルシファーとリンは、精鋭たちを迎えに行く。
棗は目覚め、樹理にメールしようかどうか悩んだ。
何故か、この夢の続きを、知っているような気がしたからだ。
* * *
あとでメールで分かったことだが、棗と樹理はこの日、同じ夢を見た。
「壺いっぱいに蜂蜜とれたよっ」
わぁ~♪
リンがアイラの持っている壺の中をのぞきこむ。
「見て、この破魔の鏡がついた壺。めちゃくちゃ綺麗でしょ?」
はちみついっぱい、いっぱい~♪
「聞いてないか・・・大事に食べるんだよ?」
うんっ。
微笑を浮かべていたルシファーの顔から微笑が無くなり、里の入り口あたりを見る。
そこに、必死に走ってくる里の見張り。
「緊急事態っ、緊急事態っ。侵入者っ」
そう叫んだ里の見張りが、土煙にまぎれた何かに吹き飛ばされた。
顔を見合わせたブルーローズの精鋭達は、侵入者のもとへと急いだ。
「リン、お前はここにいろっ」
リンの応えを待たず、その場を去るルシファー。
しばらくの沈黙。
リンは翼を広げ、ルシファー達を追いかけた。
蜂蜜壺が、空中に投げ出され、陽光に反射した破魔の鏡ごと、矢で弾ける。
蜂蜜が飛び散る。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ」
・・・
・・・・・・
棗と樹理は、男の悲鳴で目を覚ました。
そしてそのあと、ふたりはメールで連絡をとった。
一部、抜粋。
【そういえば前に、蜂蜜壺が割れる夢を見ました】
【鏡のついた壺?】
【多分、そうです。キラキラ光ってました】
【なぜか、俺はこの夢の続きを知っているような気がする・・・】
【前に見たんですか?】
【分からない・・・メディが出てくるような・・・気がする】
【メディ?】
【メデューサ。仕事のために、抱いた女だ】
【仕事?】
【情報収集のためだ】
* * *
翌日、学校。
樹理から棗へメールが来た。
その時棗は昼食を食べていた。
【今日?昨夜もあの夢を見たのですが、メデューサが出てきました・・・】
何か予感めいたものがあるとほぼ同時、横から声がした。
「メデューサって、髪の毛が蛇になる・・・ん~・・・魔人?」
驚いて横に振り向くと、そこにはメールをのぞきこんでいる満。
「目を合わせると、石になるってやつだろ?」
側にいた孝司が言う。
満がタコさんウインナーをかじりながら言う。
「そう言えば孝司君、ルシファーの夢見るんだよね?」
「そうそう」
【メデ 】
「はっ?」
メールの返事を書こうとしていた棗は、少し遅れて驚愕した。
「ん?」
「ん?」
「今、なんて言ったの?」
「孝司君と僕、時々同じひとが出てくる夢、見るんだよ。ふっしぎ~♪」
「それは」
集まっていたメンバーが葉介を見る。
「それは、ルシファーが・・・出てくるのか?」
数秒の、間。
雅が言う。
「どういうこっちゃ?」
「え・・・なに?」
「待て。ルシファーって、黒髪にグリーンアイか?」
今度は棗に視線が集まった。
「え、え、え。待って、あのっ、あのね、あのねっ?」
しゃがみ走りで側に近寄ってきていた一彦が挙動不審ともとれる声を上げる。
「一彦君、ちょっと黙ってて?」
「俺、お前らに言ってみたんだけど・・・キーワードみたいに・・・」
「なに、なにをっ?」
雅に頭を押さえつけられている一彦が期待いっぱいの目で葉介を見る。
「にゃんこの夢見るって・・・」
『「ビャッコっ?」』
複数人が声を上げた。
そしてその「ビャッコ」というフレーズに、教室にいたクラスメイト達が反応した。
ちらほらと寄ってくる。
「あの~・・・」
「え、え、え・・・あの~」
「今、何のお話?」
銀河、次郎進、国阿が一彦の方にさささと寄って、一緒にしゃがんだ。
棗は彼らを見る。
「あの・・・」
「あのね?」
「あの~・・・」
三人は一彦を見る。
「僕、ちょっと・・・ビックリしている・・・」
「なんで?」
「あの・・・同じ、夢を見るんだ。僕達四人」
『「は?」』
銀河、次郎進、国阿が真剣に、何度も頷く。
「ビャッコ、ビャクヤ、アイラ、ルシファー、ゼイン・・・」
「えっ?」
近くに座っていたタカナシ・ツバサが声を上げた。
「実は、翼君もそれっぽいこと言ってた・・・」
数秒の間・・・。
「え、何の話?」
棗は翼を見る。
「俺、一年に妹いるんだけど、小さい頃その夢、見たことあるよ?妹も」
棗は一彦を見る。
「それを・・・え、それは・・・青い髪の天使出てきたりする?」
静かになっていた教室中がざわつき、また静かになる。
棗は続けた。
「リン、って名前の天使が出てくる夢、俺、最近よく見るんだけど・・・」
一彦が言う。
「僕、アークって言う」
「・・・なに?」
「夢の中で、名前アークって言う」
「はっ?聞いたことあるんですけどっ?」
棗が声を上げると、雅が叫んだ。
「意味わかんねーっ」
教室の扉が開き、クラスメイト全員が教室に集まった。
「あ~のぉ・・・これって・・・」
「どしたのよ?」
「何か問題?」
セキヤ・トモハルとタケカワ・シンゴが不思議そうな顔でクラスメイトを見た。
翼がふたりに聞く。
「お前らさっ、小さい頃夢みたよなっ?」
顔を見合わせるふたりは、再び翼を見る。
「夢くらい見るけど?」
「僕はあんまり夢とか見ないけど・・・なに?」
「前に話したやつのはなし」
『「なんだっけ?」』
「言ったら、頭おかしいと思われるんじゃないか、って相談し合ったやつ」
「はぁっ?」
「なんで今その話するのっ?」
「棗君達も、あの夢みるわけっ?」
黒板の落書きをしていた片手がチョークを持ったままの、サカキ・コクハクが言った。
コクハクの方を見て、エモト・ユウギリはおっとりとした声で言う。
「俺も見るよ~・・・」
「何をっ・・・?」
サオトメ・コテツが夕霧に聞くと、彼はまたおっとりとした声で言った。
「ルシファーとリンの夢、俺時々、今でも見るよ~・・・」
教室がしんと静かになった。
スズキ・アッシュが呟いた。
「ビックリしすぎて、鼻水出そう・・・俺も多分、その夢見るよ。たいがい忘れるけど」
「え、俺、なんとなく覚えてるっ」
キリツボ・タツヤがうしろの席に振り向くと、そこにいたのはジン・ショウジ。
「俺、昨日見たばっかりなんだけど・・・?」
「え、全部?」
「いや、違う違う。リンが落ちてくるとこまた見た」
サヤ・アタルが目を見開き、つぶやく。
「空から、天井つきやぶって・・・」
点玄が言う。
「点玄君、そのあと知ってるよ」
アカシ・ナルが呆然としたまま口に出す。
「ルシファーの足にすがりついて・・・」
リ・カリュウが言う。
「信じ難い・・・そのあとパンドラ・ボックスに入るんだ」
数秒の間。
小鉄が早口で声を上げる。
「そして、リン、お嫁さんになるよねっ?ルシファーのっ?」
ぽかんと口を開ける棗。
教室中のクラスメイトが棗に視線を寄せた。
何度かしばたく棗。
「あ・・・」
数秒の間。
次の言葉を待っている体勢だ。
何か言わなければ、と棗は必死に冷静を保とうと努めた。
席を立ち、視線に追われながら黒板のたたきに上がる。
「あの~・・・ね?嘘・・・つかないでね?挙手制にしよう・・・この中で、リンとルシファーに関して夢を見たことがあるひと・・・手を上げてもらえる?」
棗は教室中を見渡した。
二年七組全員が、色んな形ではあるが、少しの間と共に挙手をした。
棗はその情景を見て、まばたきすら忘れている自分に気付いた。
数秒の間。
「マジ・・・?」
* * *
二年七組全員が同じ夢を見たことがあることを知った同日、晩。
棗は難しそうな顔をして鏡を見ていた。
鏡に向かって言う。
「メディが出てくる夢を今晩見せてくれ・・・」
棗がベッドに座ると、ケータイの着信音。
電話だ。
通話ボタンを押して、電話に出る。
「はい?」
《やほ、マトリだよん。今、大丈夫?》
通話相手は、マトリ・ヒロタカ。
「大丈夫だ。どうした?」
《ん、あのあと話し合いするって言ったでしょ?その報告》
「三浦樹理に話すかどうか?」
《そうそう。それね、みんなで話し合ったんだけど、秘密にしておこうって》
数秒の間。
「ん・・・そうだな。混乱させるかもしれない」
《ん~・・・でも、まさかジュニア・・・じゃなかった樹理ちゃんがリンだったとは》
「あのな?」
《ん?》
「あれって、前世なんだろうか?」
《ん~・・・どうなんだろ?》
「だとしたら俺はルシファーで、三浦樹理は天使だったってわけか?」
《知らん知らん。関係ないでしょ》
「なにと?」
馬鳥はそれには答えなかった。
《ルシファー、メデューサとの戦いのあと、闇の世界に行くよ》
「闇?」
《そう》
「それってどこ?」
《知ーらんがね》
「俺、正直、どうしらいいのか分からない」
「分かってる。俺達もそうだよ。あれは、何か・・・うん・・・重要な情報だ」
棗は軽く目を見開く。
「ありがとう」
《いーや、いいって。百円でいいよ?》
棗は微笑。
「お前、いつも百円だな」
《え、古い?》
「知らん」
《ん~、まぁ、いいのだいいのだ。他になんかある?》
「ん~・・・また相談にのってくれるか?」
《いいよ》
「ん、じゃあ、今はいい」
《もう寝る?》
「ああ、おやすみ」
《おやすみぃ~、じゃあ、そっちから切って~》
棗は何のためらいもなく通話を切り、溜息を吐いてケータイを側に置いた。
・・・
・・・・・・
横になってしばらくして、自分がいつの間にか眠っていることに気付いた。
急にやってきた夢の断片。
髪の毛が蛇の女が石化した。
銀色に輝く軌跡のあと、石化したその女は破裂するように崩れた。
ケータイの着信音が近くなってくる。
棗は目を覚ました。
時計を見ると、朝の八時だった。
「は?はちじ?」
ケータイの通話ボタンを押す。
《棗?どうかしたのっ?》
「ああ、満か。寝坊した」
《何か悩んでるのっ?夢のことっ?》
「満、寝起きに大声きつい」
《ああ、ごめんごめんご。気をつける。大丈夫?》
「また夢を見た」
《今日学校来る?》
「ん~・・・そうだな。今から行く」
《ああ、なんだ。みんなが棗のこと心配してるよ》
「分かった、分かった。サンキューな」
《電話ごしの、チューっ》
「はいはい。チュー」
電話を切って、制服に着替えて一階に降りる。
台所に行くと、若衆がいた。
「おはよ」
「あっ、ぼっちゃん、大丈夫でやすか?」
「なにが?」
「いえ、塩野さんが多分疲れてるんだ、そっとしておこうって」
「ああ、そういうことだったのか」
「何度声かけても坊ちゃん目を覚まさなかったみたいです」
「すまんすまん。今から学校行くから」
「あ、じゃあ、朝食温めなおしやす」
「たのむ」
棗はいつも食事をする居間へと向かった。
朝食の準備が整う前に、と、棗は樹理にメールを送った。
【メディについて夢を見たって言ったよな?会って、話できるか?】
樹理からの返信がすぐに来た。
【あの・・・実は、兄も『リンの夢』を見るんです。兄の親友の、久也君も】
棗は目を見開いた。