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五章之弐 きょうだい


 うっすらと目を開けると、礼拝れいはいしていたのだと気付く。

 あたしは、赤い髪の少女の目線で夢を見ることがある。


 『ありえてはならない者達』・・・そんな呼ばれ方をしている集落しゅうらく巫女みこをしている。


 礼拝堂れいはいどうを出ると、辺りは黒い百合の花でいっぱいだ。

 青い色の花粉をつけた黒百合は、ヨーグルトみたいな酸味さんみを風に乗せる。


 ここの集落で掛け合わせて作った、黒い百合。


 ブラック・フラワー。

 『ありえてはならない者達』。


 あたし達がそう呼ばれているのは、葬儀用・儀式用の黒い花を作っているから。

 人間の中には、「縁起えんぎが悪い種族」と言う意味で、あたし達を黒い花と呼ぶ者もいる。



 ・・・

 ・・・・・・


 うっすらと目をさましたヨシア。

 ベッドから起き上がり、時間を確認すると、昼前。


 着替えたあと、少し休もうと思って、仮眠をとったのだっけ。


 ナイキの斜め掛けのカバンを肩に背負って、一階へと降りる。

 そのまま玄関へと向かい、たたきに座って靴をはいている時だった。


 廊下とリビングを区切るドアが開いて、母が出てきた。


「あら・・・?ヨシア・・・どこに行くの?」

「別にいいでしょ、どこでも」

「また友達のところ?」

「まぁね」


 吉亜よしあがもう片方の靴の靴ひもを結ぼうとした時に、ヨシアの母が言った。


「もしかして、コウジ君の所じゃないわよね?」


 ヨシアはだんだんとイライラとしてきた。


 コウジ君と母が言ったのは、彼女に対して義理の息子だ。


「なんで?」


「あのね、コウジ君の所へは行っちゃダメよ?」


「なんで?」


「なんで、って・・・ヨシアちゃん、まさか、コウジ君の所に行くの?」


「な・ん・でっ?」


 靴ひもを結び終えた吉亜は、母をにらんだ。


「あんたと何の関係があるの?」


「まさか、コウジ君と、もうそんな関係なんじゃないでしょうね?」


 

 ヨシアは子持ち同士で再婚した両親に、義理の兄との関係を疑われている。


 血が、つながっていないから、という理由だった。


 可愛いからたとえ兄とて、と言われ、肩身のせまくなった兄はアパート暮らしだ。



「そんな関係って?」


「え・・・あの・・・その・・・大人の・・・こと」


「はぁっ?死ねっ」


 吉亜はそう叫ぶと、玄関を荒々しく開けて、家を出た。

 

「ヨシアちゃんっ。ママは心配してるのよっ?」


 吉亜は泣きそうになっている自分を、一生懸命に隠した。


 玄関のドアが閉まる。 



 とあるアパートの玄関のドアを開いたのは、相楽孝司。

 その姿を見て、吉亜は安心した。


「留守だったら・・・どうしようかと思った」


「ほぼ、家かバイトだろうに・・・なんだよ?」


「いいかげん、スペア・キーちょうだいよ」


「ん~・・・・・・」


 ほぼ全部がられている眉を寄せ、むずかしい顔をする孝司。


 相楽孝司は、自分を少しだけ理解してくれる。

 吉亜は、そう思っている。


 だから度々、彼の住んでいる家に行くのだ。


「二・三日、泊まっていい?」

「またか」


「ダメ?」

「別にいいけど」


 数秒の間。


 吉亜は、孝司を見つめている。


「なに俺様に見惚みとれてるの?早くおはいんなさいな、吉亜ちゃん」


 吉亜は顔を崩した。

 まだ、唇はかたく結んでいるが、震えている。


 孝司は顔をしかめた。


「吉亜?」


 浮かんできた涙を、吉亜はぬぐった。

 しゃくりあげる。


 その場にかがみそうになったのを、孝司は抱きとめた。


「なに?また何かあったのか?」


 大泣きして、鼻水を何度かすすりあげる吉亜。

 その腰まである長い髪の少女を抱きとめている孝司は、吉亜の顔をのぞきこんだ。


「また、か・・・?」


 聞こえているのかいなかったのか、吉亜は返事と思しき反応を示さなかった。


 孝司は少し、言葉を変えて質問し直してみる。


「また、『パールバティ―の怖い夢』見たのか?」


 吉亜は火がついたように声を上げて泣き出した。


「ほんとうなんだってばっ・・・ほんとうにわかるんだってばっ、わかるときがあるのっ」


「分かってる。大丈夫。大丈夫だから・・・」


 孝司は吉亜の頭を撫でた。

 近所の主婦が通りがかる気配がした。

、孝司は吉亜を家の中へと引き入れ、玄関のドアを閉めた。


「大丈夫だからな・・・もうすぐだ・・・」


 吉亜は涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、孝司を見た。


「もうすぐっ・・・」


「そうだ」


「もうすぐ出会うよ・・・」


 孝司は、黙った。


 吉亜はたどたどしく、言った。


「お兄ちゃん、もうすぐあの子にまた会うよ」



 数秒の、もしくは数十秒の間。



 孝司は少し重いまばたきをした。

 その瞳から、一粒づつ、涙が落ちた。



「そうか・・・・・・」



 そう呟いてしばらく、二人は抱きしめあったまま、泣いていた。





 * * *

   



「いらっしゃいませ~」


 閉店前、おそらくこの中年の男が今日最後の客だろうと葉子ようこは思った。

 カウンター越しに、楽しげにケーキを選ぶ中年男を把握している。


「ん~・・・最近の子は、どんなのが好きなのかなぁ?」


 カウンターの中身から、葉子に視線を移す中年男。


「君は・・・バイトの子かなぁ?高校生くらいに人気のものって、分かる?」

「えーっと・・・そうですねぇ、うちのショートケーキは世代を超えて愛されてます」

「ほうほう、じゃあ、それ候補。他には?」

「ベリーミックスタルト」

「ほうほう、女の子が好きそうだ。それも候補。他には?」

「いくつお買い上げ予定ですか?」

「みっつ・・・あ。みっつとみっつ、ふたつづつ買うから、別に包んで?」

「分かりました。これ、ひそかに人気です」

「じゃあ、これにしよう」

「はい。ショートケーキふたつ、ベリーミックスタルトふたつ、マーブル・チョコムースケーキふたつですね」


 葉子がケーキを箱に詰めていると、奥からパティシエが出てきた。


「ん?」

「あっ、久しぶりだねぇ~」

「え・・・え、あにいっ?ええ~っ、ええ~、いつ外国から戻ったんス?」


 目をぱちくりとさせる葉子。

 普段寡黙ふだんかもくな父が、ヤンキー語で嬉しそうに喋るのを久々に聞いたからだ。

 葉子の肩を抱き寄せて、少し乱暴気味にゆさぶる。


「おいおい、葉子、何をしている。挨拶しなさい」

「え、誰だよ?」

「ん?バイトの子じゃないの?」

「なーに、言ってんスか。長女っス」

「ええっ、ヨウコちゃんっ?」

「はぁ・・・」


 父の態度を思い出し、中年男をもう一度見て数秒後。


「あっ。カメラのっ・・・ひとっ?」


「いやぁ~、大きくなったねぇ」

「聞いて下さいよぉ、俺、おじいちゃん、っス」


「はあっ?なんだってっ?」


 盛り上がるふたりをよそに、葉子は昔を思い出していた。

 樋口葉子。

 その名前は、樋口一葉からきている。

 父が樋口一葉の愛読者で、偶然『樋口』という名字だったから似た名前をつけられた。


 父が一葉のファンになったのは、この目の前にいる中年男のせいだ。


 なんでもヤンキーだった父が更生するきっかけを作ってくれたひとらしい。

 そうらしいのだが、ただたんに『樋口』という名字だというだけで、

 「子供ができたら一葉って名前にしたら?」

 というこのおじさんの一言で父は樋口一葉を調べ、そして・・・樋口葉子、今に至る。


「そうだ、そうだ。長男にも挨拶させて下さいよ。今、厨房にいるんで」

「楽しみだなぁ~」

「すぐ、呼んで来ますんでっ」


 奥に消えていく父こと、店長を背に、小計をしようとする葉子。

 少し、悩む。


「あの・・・」

「ん?」

「お代、半分でいいです」

「え、なぜに?」

「小さい頃、名前の件でイジメられてるって勘違いして文句言ったびですっ」

「ああ~、ははは」

「半分なのは、あんたが半分くらい悪いと今でも思ってるからですっ」

「はははははっ」

「半分っ」

「分かった、分かった」


 小計分の半分を受け取る葉子。


「そうだ、これあげる」


 ポケットから紙切れ出す中年男。

 

「なんスか?」

「今度個展開くんだ。時間あったらでいいから、遊びに来て~」

「はぁ・・・どうも」


 奥から声がする。


「あにぃ、お待たせしました、嫁と長男っス。ついでに孫っ」


 奥から、父と母と弟と息子が現れる。

 父の片脇に抱えられている息子は、半分、眠っている。


 家族が挨拶をしている時に、葉子は渡されたチラシを見た。


 父がイチヨウ、という名前の嫁をもらうきっかけにもなったひと。



「フジサワ・タケトって名前だったのか・・・」




 * * *




 藤沢武人ふじさわたけとは暗い夜道の途中、立ち止まった。

 目の前には、豪邸ごうてい


 表札は、『三浦』。


 まだ起きているかな、と窓から見える灯りを気にしてみる。


「うちに、何か用ですか?」


 びくっと動揺し声のした方に振り向くと、藤沢武人は溜息を吐いた。


「なんだ、蔵人君か・・・」


 白いビニール袋を片手に持った蔵人が、いぶかしそうな顔をする。


「なんで、あんたが・・・家の前にいるんだ?」


「こんな夜遅くに、どこに行ってたんだい?」

「コンビニっ」

「もう、九時前だよ?」

「俺もう、高校生ですけどっ?何の用なんです?」


「ああ、うん・・・ケーキ・・・」


「は?」


「ケーキ、好きだろう?」

「ああ、覚えててくれたんですか。ケーキはもらう。早く帰れ」

「分かった。ジュリちゃんによろしく」


 ケーキを受け取る蔵人。


「あんたが来たことは、樹理には言わない」


「うん・・・そうだね。さびしいけど、蔵人君に任せるよ」


「はよ帰れ」




 * * *



  

 夜、九時頃。


 夕食を終えてくつろいでいる樹理、リビングにて。

 久也宛てにメールを送る。


【急に思い出したんだけど、ルシフェルには双子のキョウダイがいたんだよね?】


 すぐに返事が来た。


【ミカエルだね】


【夢で、ルーシーが『俺はひとりっこだ』みたいなこと言ってたんだけど?】


【俺も『キョウダイいない』みたいに聞いたことがある】


【夢の中で?】


【そうそう。多分、ミカエルはルシフェル本人だよ】


【どうしてそう思うの?】


【同一視】


【ああ、神様とか天使とかにはちょくちょく起こるって昔きいたことがある~】


【俺はこの件についての同一視は天界が仕組んだ作り話だと思ってる】


【何故?】


【『天界の秩序』と『威厳』のため】


【ああ・・・あの見張りが好きな方々・・・隠蔽いんぺいのために同一視させた、と?】


【俺はそう踏んでいる】


【そうだとすると、別名まで用意したのか・・・】


【意外と簡単でしょ?】


【ん?双子だったら、同一視じゃないじゃない?】


【あれ?同一視してるの俺達??】


【え、意味わかんない・・・】   


 少し時間があって、返事が来た。


【ああ、ごめんごめん。メール確認したら、俺が『同一視』だって言ってる。この話、ルシファーとミカエルが同一人物だとしたら、逆同一視ってやつか同一別視ってやつだ】


【ああ~、なるほどっ。分かった♪ありがとです】


 お礼のメールをして、樹理が携帯電話を折りたたんだ時。

 リビングのドアが開き、とある人物が入ってきた。


 ソファーに座ってテレビを見ていた蔵人は、明らかに顔をしかめた。


 樹理はなるべく明るくその人物に言う。


「おかえりなさい、お母さん」


 大きなため息まじりに、「ええ」と生返事をするミウラ・タカコ。

 蔵人は義務的に言った。


「お帰りなさい、『理事長』」


「ええ・・・」


「冷蔵庫に、ケーキがありますよ」


「あら、気が利くじゃない?今日ここに戻ってくるの言ったかしら?」


「いえ?偶然」


「ああ、そう・・・」


 また大きなため息を吐いた蔵人と樹理の母親タカコは、椅子に座った。


「疲れたわ」


「「ご苦労様です」」


 樹理と蔵人のユニゾン。

 めていた髪を解く貴子。

 普段機嫌の悪そうな彼女は、疲れている時には不機嫌かどうか分からなく見える。


「ケーキが欲しいわ」

「ええ、はいはい」


 冷蔵庫にケーキを取りに行く蔵人。


「そうだ。パ・・・ああ、あの、個展開くってお手紙来てたよ」

「どなたから?」

 樹理は持っていた封筒を母、貴子に手渡した。

 手紙の差出人の名前を見て、眉をひそめる貴子。


「藤沢武人・・・」


 手紙をテーブルに置き、煙草に火をつけ、髪をかきあげながら紫煙を吐く貴子。

 気だるげな様子で樹理を見た。


「樹理、あなたは『いい結婚』をしなさいね・・・」




 * * *




 日曜日。

 樹理は父からもらった一眼レフカメラを首にさげ、近くの公園に来ていた。


 広場の、【 緑地花園計画 】という看板を横目に歩く。


「お花とか植えるのかなぁ。いっぱいになったら撮りたいなぁ・・・」


 鳥や花を何枚か撮ったあと、ベンチに座っている美少女に目がとまる樹理。


「わぁお・・・芸能人ばりに可愛いっ」


 樹理はベンチに座っている美少女の元へと、カメラを向けながら近づいて行った。




 * * *




 公園のベンチに座り、足元を何ともなしに見ながら音楽を聴いている時だった。

 何者かが近づいて来る気配を感じ、またナンパか、と思いながら顔を上げた。


 そこにいたのは、カメラを持った女子だった。


 笑顔で手を振られ、誰だったか、と、記憶を探りながらイヤフォンを外す。


「え、誰?」


 人差し指を一本立てられ、更ににかっと笑顔を向けられる。


「ああ、写真?いいけど・・・」


 髪を適当に整え、手をパーカーのポケットに入れて姿勢をキメる。


 シャッターが降りる音がする。


「ありがとうございまーす」


「いきなり、って反則じゃない?」


「そうですか?」


「自分のカメラ?」


「はい」


「ふぅん・・・」


「何を聞いてらしたんですか?」


「言わない」


「音楽好きですか?」


「好き」


「もう一枚いいですか?」


「いいよ~」


 パシャ、っとシャッター音。


「やっぱりあんたの撮り方、反則の間」


「あはは」


「近所のひと?」


「はい」


「へぇ~・・・」


「遠くからのお越しですか?」


「別に。遠からず近からず」


「学校・・・え、中学生?高校生?」


「高校一年」


「え~、同い年だぁ~」


「ああ、そうなんだ」


「私、ミウラ・ジュリって言います」


「ヨシア」


「はい?」


「よ・し・あ」


「ヨシュア?ああ、外国の血が入ってるの?」


「ヨシュアじゃなくて、『吉亜』っ。生粋きっすいの日本人っ」


「あ、ヨシア。ごめんなさい。多分、風向きのせい。変わったお名前ね」


 ふん、と鼻息を放ち、足を組む吉亜。


「まぁ、いいけど・・・」


「ごめんて・・・」


「ジュリって名前も変わってるねっ」


「そうかなぁ?そう言われるの久しぶりかも~」


「ああ、そう・・・」


「なんで?」


「嫌味通じてないし」


「変わってる、って言葉、嫌味だと思ってない・・・・」


 大きなため息を吐く吉亜。


「で、なんだってんだ・・・」


「えーと・・・これから時間あるなら、一緒にお茶しませんか?」


「し、な、いっ」


「えーと、えーと・・・えーと・・・」


「なに、これナンパ?」


「そのつもりなんだけど、ナンパなんて初めてで、どうしたらいいんだか・・・」


「なんなのさ」


「好きな音楽は?」


「それ、さっき聞かなかった?」


「いや、さっきは『何聞いてるの』だった」


「それ言ったら、去ってくれる?」


「ああ、オーケー、オーケー。またどっかで出会える気がする」


「意味分かんない。ほんっと、意味分かんない」


「好きな音楽のジャンルは?」


「バッハとモーツァルト」


「ありがと。じゃーねーっ」


 去り際、パシャっと一枚、吉亜を撮影してから華麗なステップで去っていく樹理。



 樹理が去るのをぽかんとしたまま見送った吉亜は、ズルズルとベンチに伏した。


「マジかよ・・・」


 吉亜は樹理のいた方に顔を上げた。


「あの子が、コウジの運命のひとっ?」




 * * *




 吉亜と別れ、スキップをしながら公園を出る樹理。


 すぐ側にあるお茶屋さんに寄って行こうと思いながら、角を曲がる。


「え」


 すぐ先に、うずくまっている和服の老人がいた。


「大丈夫ですかっ?」


 樹理は老人の元へと駆け寄った。

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