四章之四 えるおーぶいいー・えるおーぶいいー
月曜日。
学校。
樹理は渡り廊下で高梨輪、小熊若葉と雑談をしていた。
樹理の背後から近づき、目隠しをする工藤久也。
「だーれだっ?」
いきなりのことでぎょっとする高梨輪と小熊若葉。
しかし樹理は喜んで笑った。
「久也君だ~」
「あったりぃ~」
久也は樹理に抱きついた。
「え、誰?」
「ネクタイの色違う・・・先輩?」
動揺する二人に、今日転校してきた兄の友人だと説明する樹理。
そこに通りがかった、二年七組の四人組。
山内一彦。
ヤマダ・ギンガ。
コザト・ジロウシン。
ヨシカワ・クニオ。
彼らは立ち止まる。
「あれってジュニアじゃない?」
「しめしめ」
山内一彦は携帯電話を取り出し、さっそく男子に抱きしめられている樹理を撮影した。
画面を確認。
「あー・・・これだと送った時に確認しづらいかもね・・・」
「山内君、山内君」
「ん?何?」
「俺達、ちょっと相談がある・・・」
話を聞き、四人組は樹理に近づいていく。
それに気づいた樹理達。
「ハァイ、ジュニアちゃん」
「おはよーございます。山内先輩」
「あれ?僕、名乗ったことある?」
「前にどこかで聞きました」
「ああ、そうなの」
山内一彦のうしろにいる三人の男子が、樹理を見て何か言いたげにしている。
その視線に気づき、不思議そうにしている樹理。
「あのね、僕山田銀河って言います」
「はい」
「あのですね、君のことからかってやろうと思って、三人で廊下で囲んだの」
「あっ」
「そう。そうです・・・」
「え・・・」
「あのね、僕達あやまりたくて・・・」
「怖い思いさせてゴメンなさい。あれから棗君に怒られて反省してる」
「謝る機会を下さい」
「あ、あの・・・」
数秒の間。
樹理は笑顔になる。
「大丈夫っ。全然気にしてませんっ」
三人はそれを聞き、ぱっと顔を明るくした。
「ほんと、ゴメンっ」
「俺、古里次郎進」
「俺は吉川国阿っ」
「三浦樹理、です。よろしくです」
喜ぶ三人。
山内一彦が言う。
「話まとまったところで、記念撮影しない?」
「いいですね~」
山内一彦の指示で、山田、古里、吉川、高梨、小熊、そして樹理と久也の写真を撮る。
「はい、オーケー」
「えぇ~、見せて下さい。今のタイミング目ぇつぶったかも」
高梨輪が言うと、山内が彼女の顔を見て言った。
「あれ?もしかして、ツバサ君の妹さんじゃない?」
「あ、そうです。兄がいつもお世話になってまっす」
「いえいえ~」
高梨輪は、二年七組の高梨翼の妹だ。
「この写真欲しい~」
「私も欲しい」
小熊若葉が言うと、山内が言った。
「ハスキーな声だね」
「あはは。よく言われます。セクシーでしょう?」
「君の声、タイプかも」
「変な想像すな」
「まだしてないよ~」
樹里と輪と若葉は、山内一彦とメールアドレスの交換をした。
さっそく写メールが送られてくる。
「先輩もメルアド交換します?」
「ん。いや、樹里ちゃんから経由してもらうから」
「そうっスか」
樹里に抱きついたままの久也は一彦にそう答えた。
きゃっきゃと盛り上がっている女子三人を見る一彦。
口元を上げると、メールを送る。
宛先人は、広瀬棗。
メールの題名は、包容。
本文はこう。
【浮気現場を激写っ?さて、誰が相手だっ?】
* * *
りりりりりりり・・・・
虫の鳴き声が辺りからする宵闇。
月は煌々(こうこう)と俺達を照らす。
「それで―・・・」
振り向くと、さっきまで側にいたリンが見当たらない。
立ち止まる。
リンの気配が、柱の陰にある。
「何をしている?」
柱の陰から、ひょこりとリンが顔を出した。
薄桃色の可愛らしい唇が微笑んでいた。
少し近づいてみる。
案の定、彼女は柱の陰に隠れた。
柱の陰に回り込んでみると、彼女が柱伝いに移動する。
時々顔を出しては、こちらを確認している。
しばらく柱の周りを行ったり来たりして、ようやくリンを抱きしめて捕まえる。
声はしなかったが、彼女が楽しそうに笑っている。
彼女の方から俺に抱きついてきた。
思わず口元がほころぶ。
おおうようにして、彼女を抱きしめ返した。
いつの間にか、気を使われたかのように、虫の鳴き声がなくなっている。
彼女の頭の匂いをかぐ。
周りはとても静かで、彼女の体温と吐息と香りが、とても心地よかった。
・・・
・・・・・
棗は携帯電話の着信音で目を覚ました。
そう言えばマナーモードを解除していたことを思い出す。
ケータイを開き、メールを確認。
眠る前にメールチェックをしていたので、未読は三件だけだった。
三件全部が、よく分からないままクリックしたあと勝手に来る出会い系サイト経由。
メールアドレスを変えるのが面倒くさいので、そのままにしてある。
せっかくいい夢を見ていたのに・・・
少し不機嫌になる棗。
そこに、新着メール一件。
「テンゲンからか・・・」
メールを開く。
【ハーイ。カラオケ奉行、点玄でっす。調子はどう?リズキとゴウとトモハルで話したんだけど、近々カラオケ会しない?】
返信。
【近々っていつ頃?】
【今度の日曜日か、その次の日曜日。リズキ達は塾あるからさ。土曜は無理だって】
「今度の日曜日か・・・」
棗は満を思い出す。
メールを打つ。
【すまん。無理っぽい。まだ身体が本調子じゃないし、次の次の日曜は用事がある】
【もしかして、みつるんとデート?】
【なんで知ってる?】
【満君も誘ったのね?そいだら満君が、誰だっけ?棗君と誰かの個展観に行くんだって言ってたから。個展終わってからでも無理なの?】
【いや、どれくらい時間かかるか分からないから・・・】
【無理っぽい?】
【分からん】
【オーケー♪失敬】
【誘ってくれてありがとな。失敬.】
はぁ・・・と大きなため息を吐き、携帯電話を枕の側に放ってベッドに横になる棗。
「眠い・・・・」
メール受信の音。
手を伸ばし、折り畳み式のケータイの液晶部分を開き、枕に埋めた顔を向ける。
「一彦からか・・・」
やってきたのは写メール。
題名は、包容。
棗は本文を見たあと、写真を見た。
数秒の間。
棗は樹里に抱きついている男を睨み見ていた。
「誰だ、てめぇ・・・」
棗は山内一彦に電話をかけた。
電話がつながる。
《はいはーい。調子ど~?》
棗はどすの利いた発音で言った。
「三浦樹理に抱きついてる男・・・誰、なのかな?」
* * *
気づくといきなり、俺・・・いや、ルシファーとリンがキスをしているシーンだった。
ルシファーはリンの手をにぎる。
「出かける前に言っておきたいことがある」
なに?
「俺はこのブルーローズの里の治安を守るために、時々情報収集に出かける」
知ってる。前に聞いた。砂族とか、闇族とか。
「そうだ。我々は樹の者。俺は外交のために、体を使うことがある」
・・・ん?
「それを許して欲しい」
なんで?
「怒っているのか?」
リン、怒ってる。
「そうだ、俺の伴侶はお前だけだ」
ああ、なんだ。じゃあ、いいや。
「嫉妬されるのが嬉しいこともあるのだな・・・」
?
ルシファーはぎゅっと彼女を抱きしめた。
額にキスをする。
「行ってくる・・・お前が妻でよかった」
なぜかリンの口元がほころんだのが分かった。
彼女はすりすりと顔をすりよせる。
そしてまだあどけなさが残る瞳で、俺を見上げた。
行ってらっしゃい。
「ああ、行ってくる」
棗は目を覚ました。
部屋の暗さから、夕飯前だと気付いた。
塩野が、今日から『普通の食事』にしてくれると言っていた。
棗は携帯電話を持って二階から一階へと降り、キッチンへと向かった。
夕飯の支度の香りがしてくる。
若い衆が料理をしている。
「あ、坊ちゃん。おはようございやす」
「ああ。夕飯なに?」
「あっしの担当じゃ里芋と牛肉の煮物作ってます」
別の若い衆が言う。
「あと、味噌汁ッス」
「具は何?」
「えのきです」
「ほ~・・・なにそれ?」
「きのこですよ」
「ああ、きのこ・・・シイタケとかしめじとかの仲間?」
「そうっス。テレビ見て新作に挑戦ッス」
「ふぅん・・・」
「お具合はよくなりやしたか?」
「うん。だいぶ良くなった。心配かけたな。色々とありがと」
「そんなっ。礼なんてっ。もったいないっス」
「坊ちゃん」
棗を呼んだのは塩野だった。
棗はそちらに振り向く。
「坊ちゃんは台所に入っちゃぁ、いけませんと再三言っているのに・・・」
「わ―かったよ。今、出てく」
棗はキッチンから出た。
うしろで声がする。
「なんで坊ちゃんは台所に入っちゃならねぇんスか?」
「小さい頃にご自分で料理しようとして、火傷しちまったんス」
「誰かに頼めばいいでしょうに」
「それが、おやっさんの誕生日に、自分で作りたかったらしい」
「それは・・・」
「そう、気が動転したおやっさんが怒鳴っちまって、それ以来立ち入り禁止」
「おやっさんからしたら、心配でしょうがないからですね・・・」
棗はうしろに振り向いた。
若い衆ははっとする。
「あ、あの・・・」
「いや、いい・・・じじぃが俺のこと心配してるのは、何となく気づいてた・・・」
棗はそう呟くと、広間へと向かった。
広間の上座にはこの家の主人、棗の父がいた。
「今日は呼ばれる前に来たか。調子はどうだ?」
「だいぶ良くなった。心配かけてゴメン・・・」
「はっはっは。まぁ、いい。座れ」
棗は定位置に座ると、ぽつりと言った。
「そう言えばこの前、進路調査があった」
「ほぉう。お前はなんて書いた?」
「何も」
「なんか気にしてるな」
数秒の間。
「俺は・・・・・・広瀬組、継いだ方がいいのか?」
棗の父は間を置いて、茶をすすった。
「本来なら、お前の兄が継ぐところだが、あいつぁ、何やってんだか・・・」
「俺は、どうしていいのか分からない」
「例の仕事の件か。就職、っていうのか・・・そういうのはできるのか?」
「よく分からない。今は多分、在籍してることにはなってないだろうし・・・」
「その仕事、してぇんじゃないのかい?」
「分からない・・・」
「あの~・・・満君か、彼は?」
「あいつは家具屋に就職したいって」
「ほぉ~う・・・」
棗の携帯電話の着信音が鳴った。
棗は素早く相手を確認。
「あ、満からだ」
「出ていい」
「はい」
来たのはメールだ。
【今、何してる?夕飯中?そろそろ普通の食事にきりかえていいんだよね?】
返信。
【俺んちの今日の味噌汁は、えのきが入ってるらしい】
【ほ~・・・えのきって切り口がイチゴジャムの匂いがするらしいね】
「は?」
「なんでい?」
棗は顔をあげ、父を見た。
「えのきってイチゴジャムの匂いがするらしい」
「何っ?それは確かめないとな。お前も来いっ」
そう言って立ち上がった父に、棗は言った。
「え、台所?」
「おうよ」
棗は立ち上がる。
「いいの?」
「ああ、あの件か。もういい」
「えのき、もう、湯の中に入ってたけど?」
「イチゴジャムの匂いのする味噌汁かどうか確かめる」
「もしかしてイチゴジャムが好きなの?」
「おりゃあ、トーストに砂糖水つけてた頃、イチゴジャムを食べてた男だ」
「凄さがあんまり伝わらないよ・・・」
「いいから、おめぇも来るんだ」
「分かりました」
そのあとの夕食は、いつもより少し棗にとって楽しいものだった。
父が若い衆にわざわざえのきを買いに行かせ、切り口のにおいを確かめたからだ。
しかも、家にいる組員分のえのきを買って、全員で匂いを確かめたのだ。
そのえのきは翌朝、鮭の切り身と共に醤油とバターでアルミホイル焼きになる予定だ。
えのきが消化にいいものなのかどうか、棗は気になった。