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三章之四 灰色の雨よ飴に変われ


「いた?」


 そう言って渡り廊下で合流したのは、桜庭満と広瀬棗。


 棗はかぶりを振る。


「いつものとこにもいない・・・」


 棗の携帯電話のバイブレーション機能が発動。


「あ、ブルった」

「孝司から?」


 ズボンのうしろポケットに手を回すと、携帯電話を取り出して画面を確認する棗。


「ああ、孝司からだ」

「なんて?」


【保健室、もう閉まってる・・・】


「保健室、もう閉まってる・・・」


「ええっ・・・じゃあ、どこにいんの?」




 * * *




「あそこに、誰か倒れてる」


 そう言ってあいつが指を差した方を見ると、確かに何かが倒れていた。

 

「きっと、人間の死体だ・・・」


 あいつが近づいて行くので、しかたなくあとを追う。

 しゃがみこんだあいつに追いつく。

 そこにあったのはやはり死体で、白骨化していた。

 おそらく人間のものだ。


「砂の者かな?こんな所に人間がいるわけない」

「ではケモノビトか?」

「ジュウジン、とも言うね」




 * * *




「拾った?」

「そう」


 ミネアナが抱いていたのは、小麦色の肌に黒髪の赤子あかごだった。

 しっぽが生えている。


 ・・・

 ・・・・・


「え?」

「だから、二手に別れよう」

「え?ああ、うん」


 桜庭満は瞬きを何度かした。

 広瀬棗は、そんな満の顔をのぞきこむ。


「大丈夫か?あまり心配するな。すぐに見つかる」

「うん・・・」




 * * *



 


 いつの間にか、また俺は砂漠の上を飛んでいた。


 あいつが、岩陰でいたサボテンの実を食べている時だった。

 甘ずっぱいその実の皮を投げ捨てる。


「風の匂いが変わった・・・」


 突然の砂嵐の気配。


「来るっ」


 そう言ってあいつは、岩にしがみついた。

 その一拍後、ごうごうと唸りをあげて、砂嵐がやってくる。

 空中を飛んでいた俺は、その風で視界を遮られ、軌道きどう翻弄ほんろうされた。


 鼻がかない。

 あいつがどこにいるのか分からない状態。

 勘を頼りに目の前の空気を回転させて飛んでいると、あいつが見えてきた。


 吹き飛ばされそうなあいつの側へ飛翔ひしょうし、岩陰へ。


 あいつは左腕に傷を負っていた。




 * * *




「拾った?」

「ああ」


 ゼインが抱いているのは、小麦色の肌に黒髪の赤ん坊。


「ミネアナが拾ったんだが、名前は俺がつけた」

「ほぉう・・・なんて名前だ?」

「アーク」


 アーク・・・?


「アークって狐って意味だろう?」

「そうだ」

「お前、『人間猫』って名前でいいのか?」


 数秒の間。


「しかし・・・こいつは『アーク』って顔をしている・・・」

「お前らしい理由だな」

「なんで笑うんだ」

「まだ笑ってない」


 俺は小麦色の肌をした赤ん坊を見た。


「アーク・・・いい名だ」 


 指先でほほを突くと、アークは笑った。





 はっと息を吸って立ち止まる棗。

 

「は・・・?」


 走っている間に、夢が見えた。

 意味が分からない。




 * * *





 場面転換ばめんてんかん



 長い長い間、ずっと、頭のしんがボーっとにぶるほど長い間、砂漠の上を飛んでいた。

 あいつを背中に乗せて。


 そして見えてきた砂漠の切れ目。 

 樹海。

 そこに時々見える、大岩の群集。


 赤茶けた岩。



 エアーズロックを思い出す。

 かなり似ている色だ。 



「生き物の匂いがする」

「あ、いる」


 岩場のはじまりに、明らかに別の場所から持って来た岩で作った像がある。

 女性のうしろ姿だ。


 背中に羽が生えている。


 獣人か天使なのか、定かではない。


 その像の側に、茶髪の大柄な男と、金髪の細身の女がいる。

 すでにこちらに気づいていて、こちらを見上げている。


 少し近寄ってみた。


 茶髪の男は、戦闘態勢せんとうたいせいをとる。

 カギヅメをしこんである腕でかまえる。



 相棒が小声で言う。


「よそ者はやっぱり歓迎かんげいされないかな?」


 風の向きが複雑な場所だ。

 新鮮で乾いた空気。

 その中に、ひときわ潤った匂いが混じっている。

 それは周りに自生している樹海の木の葉の匂いではなく、体臭だ。


 そう理解するまでに、特に時間はかからなかった。


「猫科の獣人か」


 茶髪の男の薄茶色の目が、妖しく金色に光った。


 相棒が声を張り上げる。


「ねぇ、待って待って。敵意はないっ。リンという少女を探しているんだっ」



 リン・・・

 ああ・・・

 あの青くて銀色の髪の毛の、女の子・・・


 誰だ、俺の身体を揺すっているのは?


 俺は今、眠いんだ。

 

 いや、待て。

 起きろ。

 俺。


 そう言えばまだ、ケーキを食べていない。



「おーい、おーい・・・大丈夫~?」



 樋口葉介はうっすらと目を開けた。




 * * *




「母上・・・?」


 岩の下にいるルシファーは、しばらくの驚愕きょうがくののち、そう呟いた。


 ・・・

 ・・・・・


 相楽孝司は、頭を抱えてかぶりを振る。

 歩調ほちょうを抑えて曲がり角を曲がると、そこに樋口葉介と山内一彦がいた。




 * * *




 そこは校内にある、自動販売機の側のベンチの上だった。

 のそりと起き上がる。

 

「大丈夫?なんでこんなとこで寝てるの?」


 そう聞いていたのは、クラスメイトの山内一彦だった。

 なんでもないふりをする。


「いや、なんか急に・・・眠たくなっただけだ」

「ふぅん・・・ならいいけど」


「葉介」


 山内一彦とほぼ同時に、声のした方に視線を移す。


 駆け寄ってきたのは、相楽孝司。


「大丈夫か?」


 肩に手を置かれる。

 おかしな意味ではなく、顔色をうかがわれる。


 ほほに手をそえられて、さすがに驚く。

 次に、その手を首元に当てられる。


 その必死さに、山内一彦が何かに気づく。


「どったの・・・?」


「いや、何でもない・・・」

「連絡があったんだ、お姉さんから」

「は?」


 その時、相楽孝司の携帯電話が鳴った。

 彼はすぐにそれをとる。


「ああ、うん、いた。自販のとこ。ああ、大丈夫っぽい」


 電話をきると、すぐにこちらに振り向く。

 困った顔をしている。


「救急車呼ぶ?」

「いや、大丈夫だ」

「何っ?気絶でもしてたのっ?」


 慌てだす一彦。

 

「保健室閉まってるし、どうする?」

「いや、大丈夫だから・・・」

「え、え、え、え・・・」


 相楽孝司は山内一彦を見て、こちらを見た。


「お前の家から連絡あって、お前に何度か電話入れたんだけど、出ないし、俺焦って、棗と満に・・・ごめん。お前が低血糖ていけっとうだって話してしまった・・・」


 相楽孝司は俺の両手を握ってしゃがむと、頭を下げた。


「ごめん。心配だったんだ・・・」


 思わず山内一彦を見る。

 関係を疑われてないか、どうか、って意味だ。


 疑われたら困る。


 というか、照れくさい。


「いや、いいよ・・・ありがとう」


 山内一彦はほほを人差し指でぽりぽりとかいた。

 彼が何か言おうとした時、声があがった。


「あっ。いた~っ。ヨウスケくーんっ」


 走ってくる桜庭満。

 大きな溜息を吐くと、ポケットに手を入れて近づいてくる広瀬棗。


「甘いもの食べないと死んじゃうって本当っ?」

「いや、多分、今回は低血糖の発作ほっさではないから・・・」


「ホッサって何?」

「お前、喘息ぜんそく持ちじゃんよ」

「ああ、えっ?」


「そう、そんな感じで甘いもの食べないと立てないくらい具合悪くなる症状」


「今は?」

「いや、もう、よく分からん・・・」  


「死ぬっておおげさ?」

「いや、実際に死ぬひといるらしいよ」

「はぁっ?病院呼ぶ?」

「手足生えて、こっちに来てくれるってのかい?」

「え?」


「今多分、『病院行く?』と『救急車呼ぶ?』がごちゃまぜになったんだね」


 山内一彦のフォロー。

 何となく笑いが起きる。


 周りを見渡してみると、もう彼ら以外に人気はないかのように思われる。

 さぁさぁと雨が降っている空は、この時間にしては妙に明るい。


 灰色の気分だが、灰色の気分もそう悪くはないかのように思えてくる。


「何か甘いもの買ってくる?」

「ああ、念のため・・・なんか糖分入ってそうな飲み物ある?」

「え?飲みものでいいの?」

   

 コンビニ方面に走り出しそうになっていた桜庭満。

 端から見ると彼がパシリに見えたことだろう。


 誰に言っているかよく分からないが、けっして彼はパシリではない。

 大事な親友だ。

 彼も俺のことを大事に思ってくれてるからの行動で、特に他意はない。

 彼は心配性なのだ。


 俺は茶色革の財布から、小銭こぜにを出す。

 校内の飲み物は、百円で買える。

 実は立ち上がるのもダルくて難しいので、桜庭満に買ってもらうことにした。


「何がいい?」

「できればポカリ」

「オーケー」


 ガタン、と音がして缶が出てくる。



 俺はゆっくりと缶ジュースを飲んだ。


「あのさ・・・」


 缶ジュースを飲んでいる間、俺は彼らに話をした。


 甘いものが定期的に必要な身体なこと。

 それを欠かすと、倒れて気絶して、死ぬかもしれないこと。

 自分の場合、甘いものが毎日必要なこと。

 小さい頃は好き嫌いが激しくて、甘いものさえ食べようとしなかったこと。

 それが要因で、実家が洋菓子店を開いたこと。

 好き嫌いが激しい俺が選んだケーキは、人気が出ること。


 ここで少し笑いが取れた。


 俺も少し笑って、みんなにお礼を言った。

 

「ありがとな」


『「いいってことよ~」』


 俺は本当に、ダチに恵まれている。


 西暦二千年頃現在、低血糖は理解されにくい。


 でも彼らは真剣に聞いてくれた。


 それだけでも、俺はひとに恵まれている、と思う。



 俺は本当に、ダチに恵まれた。

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