一章之壱 空から落ちる夢
夢の中にいることは解っている。
もう何度、同じ夢を見ただろうか。
気づけばそこは、閉鎖された手術室のような所。
マジックミラー・・・なのだろうか?
夢の中の人物の目線で見る、自分。
それは青い髪の少女だ。
白いライトに照らされて、銀色にも見える。
鏡に映っている少女は、自分にはめられた首輪や腕輪に気づき、目を見開いた。
振り向く。
監視カメラのようなものまでついている。
怒りと恐怖。
勢いよく、背中から出てくる翼。
ほぼ同時に、両手を広げてかざす少女。
突如の波動に耐えられず、粉々(こなごな)に割れる鏡。
そして分厚い壁には穴が開いている。
割れた鏡の向こう側に、モニターしていた、今は気を失った人間達。
警報音。
少女は壁の穴から廊下へと出る。
裸足で、廊下を走る。
追いかけて来る、ライフルのような銃を持った人間達。
曲がり角が何回かあって、無作為に走る。
次の曲がり角で、出会う。
ぶつかりそうになる。
驚く両者。
攻撃しようとした腕に、枷がはめられている。
どうやったのか、鎖は千切れている。
思わず顔をかばうと、相手も少女が同じような立場だと気づいたようだ。
「うしろから来るっ」
口を開きかける少女。
首元の首輪に触れる。
近づいてくる兵隊達。
少女は、壁に向かって手をかざす。
穴が開く。
耳が鷹の羽の少年、そしてその側にいる白い虎は、驚いていた。
「念力か?」
呟く虎。
うしろを見る少年。
少女に振り向く。
「ここから逃げたいっ」
少女はうなずいた。
実験体になるなんて、まっぴらゴメンだ。
共に、走る。
逃げている間に、だんだんと集ってくる、実験体達。
どうやら少女の放った波動が、モニター室の機械を狂わせ、扉を開いたらしい。
建物の端。
そこまで来る頃には、動物なのか人間のかよく分からない者達が集結している。
少女は壁に穴を開けた。
外を覗き込む。
青空。
下は、森。
少女は後ろに振り向いた。
「ありがとう。ここまで来れば、助かる者がいるかもしれない」
猿の尻尾を持つものが言った。
耳が鷹羽の少年は、白い虎に乗った。
ふわりと空中に浮く、白い虎。
喜々(きき)として、森の中へと飛び降りていく獣人達。
「ねぇ」
少女は鷹の羽の耳を持つ、少年を見た。
「僕達は西の森へ帰ろうかと思っている。一緒に来ない?」
数秒の、間。
少女はかぶりを振った。
「そう・・・残念だ。君にはぜひ、いつかお礼をしたい」
少女は微笑した。
少年は片手を軽く上げた。
「じゃあ」
「礼を言う、青髪の女」
白い虎が方向転換をすると、ものすごい速さで去っていった。
夢とは不思議なもので、
いつの間にか別の場所にいることがある。
その時の映像の編集はおぼろげ、と言うのか・・・継ぎ目があまり分からない。
とにかく、いつの間にか、そこにいる。
気づいた時には砂漠の上を飛んでいて、ふらりふらりと体が揺れている。
記憶みたいな映像が途切れ途切れ。
大きな赤茶色の岩と壮大な森に囲まれた情景の中、建物が見える。
安心した。
そしてその瞬間、気を失いかける。
力の抜けた体は高速で空から建物の天井へと落ちていく。
落ちていく。
落ちていく。
うっすらと開いている目が見ているのは、白い天井。
力を振り絞り、天井に落ちる寸前、手をかざす。
大きな亀裂の入る、神殿。
崩壊する天井。
叩きつけられる体。
折れた腕や翼。
痛みに顔が歪む。
瓦礫の中をかきわけ、脱出。
「何事だっ」
折れていない方の腕で上半身を起こし、周りを見る。
どうやらまだ、生きているようだ、ということを感覚で思う。
それがとても、不思議だった。
何事だ、と叫んだ茶髪の男。
そして、その人影、死角から出てきた人物。
黒髪に、グリーン・アイ。
黒尽くめの服を着ている男。
その男を視界に入れた瞬間、少女は・・・おそらく、気絶したのだろう。
そこでいつも、夢が途切れる。
※
アラームが鳴っている。
目覚めは、いい方だ。
少し頭の中がぼうっとしているが、起き上がる。
枕脇に置いてある携帯電話のボタンを押して、アラームを止める。
制服に着替え、姿見で服装チェック。
最近染めたばかりの茶髪にかまっていると、ドアをノックする音が聞こえる。
返事をするとほぼ同時、部屋のドアが開く。
「おはよ~」
「ああ、もう準備できてるのか。今日は会議だから」
ミウラ・ジュリは鏡から、会話の相手へと向いた。
ミウラ・クラウド。
樹理の兄だ。
「分かってるよ。眠る前に二回言ってた」
「ああ、覚えてるのか」
「あんまりバカにしないでよ。ニセモノになっちゃうよ」
蔵人は鼻で笑った。
「携帯電話、忘れるな」
「分かってる」
「先に降りてる」
蔵人はドアを閉め、一階へ。
樹理はカバンの中に携帯電話を入れ、もうひとつをスカートのポケットに入れた。
兄のあとを追いかけるように、すぐに部屋を出る。
ドアは静かに閉めるもの。
そう習っているので、樹理の閉めるドアの音は、とても静かだった。