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三章之参 危機一髪


 転んで、ひじを擦りむいた。

 体操着のまま保健室へと向かった。


 満が「付きおうか?」とか本気で心配していたが、断った。


 広瀬棗は保健室の扉をスライドさせて入室。


「失礼します」


 室内を見たが、保険医がいない。

 勝手にピンセットと赤チン、ガーゼとテープを拝借はいしゃく

 処置をした。


 ふと、カーテンの引かれているベッドに気づく。

 ふらりと立ち寄り、誰が眠っているのかと、カーテンを静かに開いてみる。


「ん?」


 ベッドに横になっている人物がいた。

 こちらに気づく。


「どうかしたのか?」

「具合悪くてね」


「そう言えばサッカー参加してなかったな。大丈夫か?」

「ん、だいじょぶ」


 そこにいたのは、相楽孝司。

 ゲームボーイをしている。


「マリオ?」

「そう。なんで音消してるのに分かったの?」


「勘」


「三十一面がどうしてもクリアできない・・・」

「知らんよ」


 棗は窓の外に気づく。

 小雨こさめが降っていた。


「今、子猫の鳴き声しなかった?」

「さぁ?」


 棗は窓に近づく。

 開けてみると、すぐそこにしゃがんでいる人物と子猫を見つけた。



「三浦?」


「え?」



 振り向いたのは、三浦樹理。

 樹理は灰色の子猫をだっこしている。


 彼女はとっさに、人指し指を口元に持っていった。


「分かってる。誰にも言わない。お前がれてきたのか?」

「違うんです。さっきここで見つけたんです」


 棗はしげみに隠れているダンボールとその中にき詰められたタオルを見つけた。


「誰かが飼っているのか?」


 窓のへりに座る棗。

 樹理はダンボールの中に手を伸ばして、中に入っているそれを棗に渡した。

 書置きだ。


 棗は口に出して呟いた。


「『野良猫の赤ちゃんを見つけたのですが、うちはアパートで飼えません。この手紙を見つけた方、どうかこの子猫ちゃんをよろしく』・・・」


 樹理を見る。


「このままだったら、危なくね?」

「天気予報で、しばらく雨だって言ってましたね」

「いや、俺あんまテレビ見ないから」

「そうですか・・・」


 子猫が鳴いた。


 二人は子猫を見る。

 樹理は子猫の耳の付け根辺りを指先でかいている。


「俺も撫でていい?」

「あ、はい」


 樹理から棗へ、子猫が渡る。

 樹理は立ち上がった。


 棗は子猫を抱き上げると、「高い高い」をした。

 

 上がった口元をそのままに、棗は子猫に鼻先キスをした。


「猫、好きなんですか?」

「まぁね」


 樹理は微笑んだ。


「なんでそこにいたの?」

「ああ、頭痛がしたので保健室で休んでて、鳴き声が聞こえたので」


「具合はもういいのか?」

「はい。まだ少しボーっとしてるのが残ってるけど」


 ガラガラ、と保健室の扉が開いた。

 保険医だ。


 咄嗟とっさに猫を樹理に渡し、受け取った樹理は窓の外側でしゃがんだ。

 棗は窓のへりから降りると窓を閉めた。


「ん?どうしたの?」

「いえ、ひじ擦りむいて・・・」

「処置は?」


 棗は処置した腕を見せた。


「ああ、自分でしたの?」

「はい。もう出ます」


「記録つけた?」

「あ、いえ、まだ・・・・」


「クラスと名前書いて」

「はい」  

 

 棗が記帳きちょうしている間に、相楽孝司が窓の方へと向かった。

 窓を開けて下を覗き込んでみた。


 おそらく、場所を変えたのだろう。

 そこには子猫も、三浦樹理もいなかった。




 * * *




 三浦蔵人は歩を止め、窓を開けてみる。

 学校の廊下の窓だ。


 灰色の空、雨の匂い・・・

 少し手をかざしてみたが、その感触は冷たいというのに、空気は妙に生暖なまあたたかい。


 蔵人は溜息を吐いた。

 窓を閉める。


 雨の日だから、という理由はつけたくない。

 しかし、このよどんだ曇り空が数日続くと思うと、センチメンタルな気分になった。


 帰りは樹理と一緒にしようか。

 だとしたら運転手を呼ぼうか。

 生徒会のまとまりが、いまいちよくないから、帰りが遅い。

 樹理は先に帰そうか・・・

 だとしら、やはり運転手を呼んでおこうか。


 蔵人はそんなことを考えながら、携帯電話を取り出した。


「あ、会長」

 

 声のした方に振り向く。

 そこにいたのは、困り顔の松崎美緑。

 近づいてくる。


「一年の書記が、塾があるからってまた帰ってしまいました」


 蔵人は溜息。

 携帯電話を無意識の内にポケットに入れた。


「何とかしないとな・・・」

「は?塾に行くな、と?」

「あのこ、塾に通ってないんだよね」


 ぽかんとした顔の松崎美緑。


 蔵人は生徒会室に向かって歩き出した。


「おおかた、一年三組の恋人とデートだろうな・・・」


 蔵人は大きな溜息を吐いた。

 呟く。


「理由をつけるならもっと、上手く誤魔化して欲しいもんだ・・・」


 


 * * *


 


 いきなりの砂嵐。


 岩と岩の間に吹きすさぶ風は轟音ごうおんをたてていて、耳がおかしくなりそうだ。

 

 耳の中に砂が入らないように、耳翼みみつばさは閉じてある。


 吹き飛ばされないように岩にしがみついている。

 マントが風に持っていかれそうになって、思わず岩から手を離す。

 体勢たいせいくずれ、岩に左腕をこすってしまった。

 風にそがれた岩はまるで凶器きょうきのように、左腕を傷つけた。

 赤い血があたりに飛散ひさんする。

 マントを掴む。


 白い虎が、ひゅるりとどこからか現れ、俺を岩陰いわかげへと戻してくれた。


 マントを頭からかぶる。


 白い虎が、口を開きかけた俺に、言った。


「今、礼はいい。口に砂が入るとやっかいだ。しばらく続くぞ、この砂嵐」


 習った動物語で話してみる。


 あのこは?


 テレパシー的なもので、返事が返ってくる。

 

 風の匂いをかいでも、情報が入ってこない・・・。




 * * *




 うっすらと目を開ける。

 どういうことなのだろう、と蔵人は思った。


 少し目をつぶっていただけだ。

 眠っていたわけじゃない。


 なのに、あの夢を見た・・・


『ヘルメイス』


「え?」


 蔵人は松崎美緑の方を見た。


 あの美術室の出来事が、目の前に感触まで残して襲ってきた。

 思わず腰を引くとイスがガタンと音をたてた。


 なんだっ・・・?


「会長?」


 松崎美緑が不思議そうな顔でこちらを見ている。


「ああ、いや、なんでもない。何か言った?」

「ああ、エルメスの財布さいふが落ちてたって届けがあったので、その話を」


「なんで生徒会に?」

「高価なものだし、この近くで拾ったので、生徒会のひとのじゃないかと思ったそうで」

「ああ、なるほど・・・」


 辺りを見る。

 会議が終わり、メンバーは帰り支度をしている。


 そんな時、数秒、目をつぶっただけだった。

 イスから立ち上がる。


「あ」


 蔵人はポケットの携帯電話を取り出すと、すぐに妹にかけた。


「ああ、樹理か。もう帰ったよな?ああ・・・そうか。いや、なんでもない。俺も今から帰るから。ああ、樹理もお疲れ様だ・・・・・・ん?話?なんだ?・・・帰ってから?ん。宿題か?じゃあ何だ?・・・まぁいい。もう切るぞ。じゃあな」


 携帯電話を閉じると、すぐに人影が近寄ってきた。


「あの、会長・・・」


 そこには、もじもじとしている松崎美緑がいた。


 数秒の間。

 蔵人はにっこりと笑った。


「何かな?」


 この勘は、当たる。

 俺はこのあと、交際希望こうさいきぼうの告白をされるだろう。


 そしてその勘は、当たっていた。

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