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三章之弐 神話とのリンク


 何でもないように見えるのは、何でもないふりをしているからだ。

 彼らの場合は、全員くらいがそうだ。


 二年七組。

 その教室の真ん中辺りを陣取じんどっているのは、学年の幹部かんぶ達。


 今回は特に何か議題ぎだいなどがあるわけでもなく、用事すらない談笑だんしょうのための集りだ。


「それでー・・・」


 プレイステイションの新しいヴァージョンが出るとか、満が言っている時だった。

 棗の携帯のバイブレーション機能が働く。

 彼はポケットに携帯電話を入れる癖があって、意外そうな顔をして携帯電話にかまった。


【こんにちは。昼休みですね。お食事中ですか?三浦樹理です。また夢を見ました。まさかと思って調べてみたら、『リン』っていう女の子にいきつきました。北欧神話に出てくるようです】


【何神話って書いてある?】


【ほくおうしんわ、です】


【ああ、解った。で?】


【オーディンの妻フリッグの侍女 (お付き)だと言われている、だそうです】


【誰情報?】


【久也君です】


【ああ、前に聞いた】


【北欧神話なら、ルシファーじゃなくて、ロキだって久也君が言っていたので、何か心当たりないかなぁって思ってメールしてます】


【ロキ?イタズラ好き】


【何で知ってるんです?】


【ゲームのキャラクターでそんな名前のがいたけど、それ?】


【分かりません・・・】


【俺も夢を見た。リンがいなくなる夢だった】


【どこに?】


【どこにもいない、夢を見た】


 一分ほどで返って来ていた返事だったが、次の返事は五分ほどの間になった。


【さびしかったですか?】


 棗はしばらく、携帯画面を見つめた。

 自動で暗くなる画面。

 ボタンを押して、また明るくする。


【さびしいなんて、ものじゃない・・・】



「棗?」

「ん?」



 棗は携帯電話の画面から目を離し、満を見た。


「何?」

「何?はこっちだよ。どったの?」


「いや、最近・・・変な夢を見てて・・・三浦もそうなんだ」

「ジュニア?」

「そう」


 数秒の沈黙。

 満が何かを言いかけた時だった。


「俺はにゃんこの夢を見る」


 皆が葉介を見た。


「に・・・にゃんこっ・・・」


 相楽考司が、飲んでいた牛乳を思わず口から吹き出した。


「きっ、たねっ。何だよっ」


 考司は必死ひっしで口を押さえ、かぶりを振る。


「葉介から『にゃんこ』は意外な単語だが、俺はあえて、笑うの我慢がまんだ」


 棗が少しにやつきながらも、冷静をよそおって言った。


「じゃあ、てめぇも牛乳口にふくんでみろっ・・」


「牛乳口にふくむ、っていう行為こういじたいがマジウケるから、かんべん」




 * * *




 珍しくなってきた折り畳みじゃない携帯電話をあえて使っている久也。

 機種が違うと、絵文字が通じないのが難点なんてんだ。


 学校の廊下。

 

 彼は携帯電話のアンテナ部分を無意識むいしきんだ。

 考え事をする時に、何かを噛むのが久也の癖だ。


 メールを打つ。

 宛先人は・・・三浦樹理。


「やっほー。樹理ちゃん。その、同じ夢を見てるかもしれない人物について質問、っと」


 一分ほどで返事が返ってくる。


【何?】


【そいつはルシファーの夢を見るんだね?危なくない??】


【悪魔崇拝とかはしてない、って前にメールで聞いた】


【ああ、そう・・・彼の名前は何て言うの?】


【広瀬棗】


「ひろせ・・・何て読むんだ・・・?」


 ベルが鳴った。

 久也は早歩き、そして高速で文字を打つ。

 

【今度、そのルーシーに会いたいな?】


 ベルの余韻よいん

 久也は立ち止まった。


 そして携帯の画面をしばらく見つめたまま、動けなくなった。


 次の授業は休もう。


 樹理からの、メールの返事が待ちどおしいからではない。

 彼らを思い出すことで、頭の中をその情報でいっぱいにして、意識を拡散かくさんさせたかった。


 久也はきびすを返す。


「保健室行こう・・・」


 この学校は、保健室登校をすでに取り入れている。

 久也はちょくちょく、保健室でセラピーを受ける。

 今回もそうしようと思ったので、保健室に向かうことにした。


「いつ、バレるかなぁ・・・」




 * * *




 次は体育。


 教室から移動の途中、荷物をぶらぶらと揺らせて廊下を歩いている満。

 その横に、ふと寄り添うように近づいてくる人影。


「ん?どったの?考司君?」

「ん・・・君、何か隠してない?」


「えっ・・・なんでーやねんっ」

「何、今の関西弁のつもり?」


「何さ」

「ずっと棗のこと気にしてる」


「分からない」

「何で?何が?」


「最近、不思議な夢を見る」

「どんなのか当てようか?」


「は?」



 数秒の間。



「当ててみろっ」


「ルシファーの夢」

「はぁっ?」


 満は立ち止まった。

 相楽考司は横目で満を見ると、口元を上げた。


「何でっ?何で分かったのっ?僕、その話、したっ?」


 考司が歩き続けるので、満は追いかけた。


「何でっ?相楽ってエスパー伊藤いとうかっ?」


「エスパー伊藤って、エスパーじゃねぇし・・・」


 数秒後。


「じゃあ、相楽もエスパーじゃないのか・・・」




 * * *




 サッカーをしている二年七組の面々。


 それを何ともなしに見ている満。


 棗が見える。

 棗にちょうど出番が来て、彼が胸部きょうぶでボールを止めて、そのボールをタカナシに渡した。

 タカナシ・ツバサ。

 サッカー部。


 彼がシュートして、ゴールを決める。

 高梨翼は、いのいちばんに棗の元へかけより、ハイッタッチ。

 時間ギリギリの逆転にテンションの上がっている棗も、笑って喜んでいた。


 めまい。

 棗が黒髪に見えた。


 そして、絵画が見えた。

 誰の作なのかは分からない。


 そこにはイスに座った金髪巻き毛の美女と、黒髪の子供。

 二人ともが、グリーン・アイ。

 その側によりそって立っている、黒髪の美男びなん

 どこかで見たことがある顔。

 それが一瞬より長く、刹那的せつなてきに見えた。


 はっと息を飲む満。


「ルシ・・・」


 満がつぶやいたのとほぼ同時、試合終了のホイッスルが鳴った。

 

 棗が仲間をひきつれて、満の所へとやって来る。

 なんでもないふりをすることにした満。


「逆転、おめーでとー」


 棗は歯を見せて笑った。




 * * *




 ちりちりと、背中の辺りが痛む。


 夢は痛みを感じないと、どこかで聞いていたのに、なぜだろうと暗闇で思う。

 暗闇なのは、目をつぶっているから。

 いや、目が開けられないから。

 そんな元気は、今のところ、ない。


 ちりちりと背中の辺りが痛む。


 背中の辺り、と言っているのは、羽の部分。

 前に全身くらいの骨が折れた夢を見た時にはなかったのに、今見ている夢にはある。

 感覚の夢。


 夢なんだよね、これ?


 誰に聞いてるのだろう。


 そう言えば、刻々(こくこく)と侵食しんしょくされていく身体。

 飲み込まれていく。

 

 いつまでかかるの・・・?


 誰も答えない。


 今はいつなの?


 わからない。



「リンッ」



 誰かが私を呼んだ。

 誰なのだろうと思うとほぼ同時、彼なのだろうかと思う。


 ブチブチと何かが千切れる音がする。

 液体が身体にかかる。

 きっと私を飲み込んでいるものの、粘液ねんえきだ。


 ザンッと音が鳴って何かが落ちる。

 くぐもった声。


 元気を出して目を開けてみる。


 白くまくが張ったような視界しかいで、半端はんぱにしか開かない。

 見えているような、いないような・・・


 ぼんやりとしている。

 何がだろう?

 

 なにもかも、ぼんやりしている気がする。


 きっと、エネルギー不足ぶそくだ。


 身体が何かから解放された。

 誰かに抱きしめられ、誰なのだろうと思っている頃合。


 衝撃。

 誰かが声をあげる。

 

 しばらく、吐息を聞いている。

 私が上で、彼が下。

 彼が呼吸をする度に上下じょうげする胸を感じている。


 そう、きっと彼。


 また目を開けてみることにした。

 今度は頭も動かしてみる。


 頭を移動させる時、衣擦きぬずれの音を久々(ひさびさ)に聞いた。

 まだ、息の落ち着かない彼。


 彼を見た。

 彼だった。

 

 ほら、やっぱり・・・。


 そう思うと嬉しくなって、私は嬉しさに笑ってしまった。

 笑うと言っても、「微笑ほほえむ」くらい。


 彼が頭をなでてくれている。


 生きてて、よかった。


 リンが思っているの?

 それとも、私が思っているの?



 わからないよ。



 え?




 樹理は目を覚ました。



 誰?



 樹理は大きな吐息を吐いて、のそりと起き上がった。

 頭痛みたいにぼうっとしびれている脳で考えてみた。



 私が好きなのって、誰・・・?


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