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三章之壱 黒百合の香り


 ・・・

 ・・・・・・


 暗闇の中。

 誰かの気配がする。

 足音。

 特に特徴のある足音ではないが、その足音のぬしが誰なのか、棗にも分かった。


「ゼインか」

「ああ」


 暗闇の中にいるはずなのに、近付いて来た人物の姿はくっきりと見えた。


「何百年ぶりだ?」

「この前来たのは・・・ん?いつだったか・・・」


「まぁ、いい。何の用だ?」

「珍しい花を手に入れてね」


「花?」

「そうだ」


 ゼインは左手をふと、空中にかざした。

 すると薄黒い球体が現われる。

 中に何かが入っているのが分かる。

 球体の表面は、パチパチと放電ほうでんしている。



 シールド・・・バリアの類か。


 バリア、って日本語で結界けっかいって言い方なんだろうか?



「取ると数秒で無くなってしまうが、見るがいい」

「黒い花?」


「黒い百合ゆりの花だよ。香りもまた珍しい。かいでみるといい」

「ほぉう・・・」


 球体が空中を浮遊して俺に近づいてきて、近くで止まった。

 触れたら痛くないのだろうか、と棗は思った。

 ルシファーは何の迷いもなく球体へ手をのばす。

 中のものを掴むと、取り出した。


 それは黒い百合の花だった。

 花粉かふんが青い。


 ルシファーは香りをかいだ。


「ほう、さわやかな酸味さんみ・・・」


 そう言った時だった。

 形を保てなくなった黒い百合は、砂か灰みたいになって、空中へと消えた。


「誰が作った?」

「人間だよ」

縁起えんぎの悪い、とは言われないのか?」


 ゼインは笑った。


「言われている」


 ルシファーも少しだけ笑った。


遺伝子いでんしのかけあわせだな」

「そうだ。見にいかないか?」


「何を?」

「黒い百合の花畑を、さ」


「ふむ・・・」


「アークからの情報だか、実はその村に、リンに似た女がいるそうだ」

「何っ?」


 ルシファーは思わず玉座から立ち上がった。


「行ってみるか?」

「ああ、今すぐ行こう」


 ルシファーは一歩、歩みだした。



 ドコカ ニ、リン ガ イル ハズ ダカラ・・・


 ・・・

 ・・・・・・


 棗はそこで、目が覚めた。


 目を開け、身動みじろぎと寝返りをする。

 窓から入る光で、もう朝だと気づいた。


 数秒の間。


「アークって・・・誰だ・・・?」



 キツネ、だよ。


 ゼインの拾い子さ。



 棗はまだ自分が眠っていて、それか寝ぼけているんだと思った。


 なのでこの不思議な情報の入り方を、特に不思議には思わなかった。




 * * *




 樋口葉介は夢を見ていた。

 またか、と思った。


 昼寝をしていると、いつの間にかあいつはやってきて、ひとの背中に頭を置いて寝る。

 あの赤い布は、三角に折って、首にきつけてしばってある。

 何故、自分の姿が分かるのだろう?

 あいつがやってきて俺に凭れる時、自然とシッポが左右に動く。

 そのシッポの動きが、見て取れるように分かる。

 それが何故なのか、ワカラナイ。


 突然、片耳かたみみをつままれた。

 愛情表現だと分かっている。

 もう片方の耳が、やはり自然に動いた。


「寝てる?」

「寝てる」


「ねぇ、これ、見て」


 面倒くさいが、見ないとあいつの機嫌きげんが悪くなってさらに面倒くさくなる。

 なので、目を開けてそちらを見た。


 赤い花だった。

 花粉は黄色。


 あいつは赤い花を口にくわえている。

 今気づいたが、近くにハチドリが飛んでいた。

 あいつに近づくと、花の蜜を吸う。

 あいつの口元が上がり、横目で、「どう?」みたいな顔をする。


 何と言おうか、と思っている時だった。


「ワァオ、小鳥とキッスッ」


 俺とあいつは声のした方を見る。

 近づいてくるのは、ベリーショートの金髪きんぱつの女。


「やぁ」


 エメラルドグリーンの鳥が、少し距離を取る。


「あ、ごめん・・・逃げそうだね」


 そう言うと、金髪の女は微妙な間合まあいで足を止めた。

 あいつは口から花を取る。


「どうしたの?」

一緒いっしょ散歩さんぽしない?」


「なんで?」

めずらしいお客さんが来てるの」


「どんなヤツ?」

「大きくて、広くて、背が高くて・・・ん~・・・とにかくデッカイッ」



 数秒の間。



「とにかく大きい、くらいしか情報がない・・・」

「いいからっ。見に行こうよっ。ほらっ、にゃんこちゃんもっ」


 そう言って金髪の女は、あいつの腕をひっぱって起こした。


「わーかったから」


 ズボンをはたいて土を払うと、あいつは俺に振り向く。


「行く?」

「お前が行くなら」

「じゃあ、行こう」


 俺とあいつと金髪の女は歩き出す。


「そう言えば、さっき大きなカメを見たよ」

「は?」


「山くらいに大きいの」

「夢でも見てたのか?」


「いや、歩いてたから起きてたと思う」

「お前、寝てる時歩いてる時あるぞ」


「じゃあ、きっと夢だ」

「きっとそうだ」


「あの~・・・」

「ん?」


「見せたいの、多分、そのカメ」 



 ・・・

 ・・・・・・


 オーディオのアラームが鳴った。

 いつものロック。


 樋口葉介は、ゆっくりと目を開けた。

 目覚めだ。


 軽い溜息。

 舌打ち。


「どれくらい大きいのか、見せてから起こせや・・・」


 葉介は起き上がると、また、溜息を吐いた。


「気になるじゃないか・・・」


 二度寝すれば、夢の続きが見れないか、と彼は思ったが、二度寝は今回あきらめた。

 午前六時四十五分。

 リフトベッドから降りる。

 



 * * *

 

                                                                      

 裸足で廊下を走っている。

 特に冷たくも暖かくもない床。

 走ってどこにいくのかと思えば、そこは庭園。

 色んな種類の綺麗な植物がある。

 見知っているとすると薔薇とかで、周りにパステルカラーの蝶が数匹飛んでる。


 蝶にくわしくはないけど、アゲハ蝶にパステルカラーは珍しいかも。


 小鳥はピチチチチとさえずる。


 庭園を駆けて遊ぶ。

 そこに、庭師の男がいた。


 私・・・いや、リンは、その庭師に抱きついた。


「やぁ、私の娘」


 リンは顔をあげ、庭師に笑って見せた。

 庭師の男に頭をなでられる。


「あっちで遊んでおいで。アンマがいる。それと、珍しいお客さんだ」


 首を傾げる。


「いいから、行っておいで」


 リンはうなずき、庭師、もとい義理の父のしめした方向へと駆け出した。

 途中、薔薇のトンネルがある。


 リンは好きな薔薇を好きなだけ摘むと、それを食べながら歩いていた。

 やがて見えてくる、噴水のある庭。

 その階段の手すりにもたれ、アンマ・・・義理の母と話をしている天使を見つけた。


 リンはアンマを呼ぶ。


 アンマ。


 アンマと呼ばれた恰幅かっぷくの良い中年の女が振りかえる。


「おや、リン。こちらへおいで。メルティーナ様だよ」


 手すりに凭れている天使は、リンを見ると瞬いて、そして微笑した。


「こんにちは。青髪の女の子」


 こんにちは、メルティーナ。


「頭の中で喋れるのね。珍しい」


 あなたも珍しい。


「あははっ。ありがとう」


 ん?


「いえ、いいの」


 メルティーナという天使は、私をじっと見つめた。

 口紅の塗られた唇。

 その口角が上がる。


「あなたと、もっとお話したいわ」


 

 メサイア。

 夢の区切りを告げたのは、携帯電話のアラーム機能。

 設定しているのは、メサイア、だった。

 樹理は目を覚ます。


 数秒の沈黙。


「メルティーナと、アンマ・・・」



 ルティーナには息子がいて、ルーシーって彼女はそう呼んでいた。


 それからルシフェルは堕天使だてんしで、


 のちに魔王ルシファーになったっていう話を知っている。


 

 昔、パパから聞いたこと・・・だっけ?


 お兄ちゃんからかも?


 アンマは、ママって言葉を連想してしまう。


 それがなぜなのかは分からない。


 レテの川に連れていかれる時に、彼女が付き添ってくれたのを何故か知っている。


 レテ、忘却の川。


 記憶を消すために、必要らしい神秘しんぴの川。


 ルーシーの敷地しきち


 百合卵を一緒に見た場所、レテ。


 彼が血の染みた身を、赤い石の付いた剣と共に洗った。


 だから『暗いことを忘れて』、私が少し話しかけたんだった。



 賢者けんじゃの石の中に、封印されてしまったことを伝えたくて。



 彼の持っている剣の飾り石は、『賢者の石』。


 メディによって石にされた『私』は、賢者の石に選ばれて魂を石の中に隠した。



 メディ・・・多分、メデューサのこと。


 蛇の本性を持つ魔人かなにか。


 彼女は、ルーシーの子供を産んだと、言っていた。


 ルーシーは、知らない、と言っていた。



 妻はリンだと彼が言ったから、メディは私達の里を襲った。


 そして『リン』は石にされて、魂は賢者の石の中。


 ルシファーはその剣で破壊を続け、衰弱している『私』に回復の余地よちは特になかった。


 彼がレテの川で剣と共に水浴みずあびをするまで。



 冥王めいおうとも呼ばれるルシファーの住処すみかの敷地内に、忘却の川。


 三途さんずの川と似ているものなんだろうか?




 * * *




「ありえては、いけない者達?」

「そうだ」


「ブルーローズ?」

「違う。我々は、『ありえない者達』だ」


「それってどちらが『ありえない存在』?」

「さて、な」


 空を飛んでいる。

 飛んでいるのは、ビャッコに乗った俺。

 そして黒髪で黒い羽根の天使。

 大きな白鳥に乗った、茶髪の男。


「リンに似てる少女がいる、と言うのは、確かな情報なんだろうな?」

「僕に聞かないでよ。アークからの情報でしょ?」      


「黒い百合を作っていると聞いたが・・・」

「ああ、葬式用らしい」


「縁起が悪い、ってこういう時に使う言葉?」

「さぁ、な・・・もうすぐくぞ」


 皆が森の中にある、遠くの集落しゅうらくを見つけた。


けむり・・・?」


 黒煙こくえんが立っている。 


「『死』と『敵意』の匂いがする・・・」


 ビャッコがそう言った。


火事かじか?」

「まさか、あそこが?」

「そうだ。そこにリンに似た少女が・・・」


 いっそうのスピードをあげて、黒髪の天使が集落を目指す。


 俺は茶髪の男、ゼインを見た。

 視線が合う。


「行くか」

 ゼインが乗っている白鳥が言った。

「戦闘準備を」


「分かった・・・ヘルメイス」

「了解。ビャッコ」

「分かってる」


 白鳥とビャッコは、尚急速に、集落へと向かった。

 視線の先で、赤い大きな爆発を見た。



 ・・・

 ・・・・・


 そこで、三浦蔵人は目を覚ました。


 何度か瞬く。

 細い溜息。


「疲れる・・・」




 * * *

 



「僕達も乗っていいの?」

「ああ、いいよ」


 ビャクヤの問いに答えた声は、とても響きのあるいい声だった。


「さっきはどうも、ね」

「はて・・・何のことだったか・・・年をとると物忘れが酷くてねぇ」


「いや、さっき会ったこと覚えてるかなぁって思ってね」


 ビャクヤはビャッコにまたがった。


 私、ミネアナも乗る。


 ふわりと空中に浮くビャッコこと、にゃんこちゃん。

 すでに巨大なカメの甲羅こうらの上には、特権を持っている面々がそろっている。

 兄、ゼイン。

 その友人、そして私の友人でもあるルーシーこと、ルシフェル。

 ルーシーが熱をあげている少女、リン。

 

 甲羅の上ににゃんこちゃんが着地してしゃがむと、私とビャクヤは甲羅の上に座った。


「お~・・・見晴みはらしっ・・・ビミョ―・・・」

「まだ成長途中なもんでね」


「まだ大きくなる気か」

「ゼインの姿は変わらんな」


「ここにいる者は、あまり姿が変わらない」

「何食べてるの?」


「ミネアナは前にも同じ質問をした」

「じゃあ、前みたいに、『秘密』って言うの?」


「そうだ」

「それにしても、久しぶりだ」


「ああ、ルーシー・・・十年・・・二十年ぶりかえ?」


 数秒の沈黙。

 巨大なカメは、のそのそと進んでいる。


 ルーシーはカメの方へと向き直った。


「何で横歩き?」

「ああ、ウケると思って進化しんかしてみた」


 数秒後。

 巨大なカメの上に乗っている者達が笑い出した。


「それだけのためにっ?」

「きゃはははははっ」


 俺、いや、私ミネアナは、笑いすぎて甲羅を叩く。

 

 ・・・

 ・・・・・・

    

 そこで、目が覚めた。


 久々に見た、幸せな夢だった。

 最近はあまり夢を見ていなかったから、夢を見ることすら珍しく思った。


 クドウヒサヤは起き上がった。


 染めてある髪をかきあげ、身をちぢめる。

 自然と左耳に手が移動した。

 寝る時もつけてあるピアスに触れる。


 工藤久也くどうひさやは、いつの間にか泣いていた。

 

 なんでもない夢だった筈なのに。

 彼は泣いていた。


「みんなっ・・・」


 彼はベッドにうずくまった。

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