二章之八 限られた時間
何日分の編集だろか?
白い虎、ビャッコに乗り、砂漠の上を飛んでいる少年。
俺は腰にぶら下げた水筒から、水を飲もうとする。
中身はもうほぼ空っぽで、顔を上げて水筒を振ると三滴ほど、水が口の中に入った。
「ビャッコ、サボテンを探そう」
「解った」
しばらく飛んでいると、サボテンを見つけて降下。
丸く平たいサボテン。
それを付け根から持っていたナイフで切り取る。
とろりとした液が糸を引く。
トゲのついた硬い緑色の皮をむくと、コンニャクゼリーのような果肉が現れる。
それを食べる。
味は特に無い。
少し青臭い。
幻覚作用のあるサボテンもあるとか、どこかで聞いたな・・・。
サボテンのステーキ・・・噂には聞いている。
あれは美味しいんだろうか。
蔵人はビャクヤと白い虎がサボテンを食べている間に、そんなことを考えていた。
「リンのいる場所はまだ遠い?」
「まだ匂いがしない」
「そう・・・まだ飛べそう?」
「ああ、まかせろ」
ひとしきりサボテンを食べると、白い虎、ビャッコに乗る。
ビャッコという名前らしいが、あの『ビャッコ』だろうか?
ビャッコがふわりと離陸。
上昇を始める。
俺?
ビャクヤは前かがみになり、ビャッコに言った。
「無理するなよ?」
「ああ」
砂漠をどこまでも、どこまでも、果てを探すかのように、飛んでいく。
・・・
・・・・・
「会長、会長」
肩を遠慮がちに揺さぶられているのをだんだんと認識する。
「ん・・・?」
蔵人は目を開けた。
周りを見る。
側に松崎書記がいた。
「ん?ああ、おはよう」
「そうとうお疲れなんですね。お茶でも入れますか?」
「ああ、頼む・・・」
「いつもの?」
「いや、ダージリンよりオレンジペコーの気分だ」
* * *
うたたねをしている。
夢の中でだ。
「ん・・・」
あいつが身動ぎをする。
どうやら目を覚ましたようだ。
大きめの布を手に入れ、一緒にはしゃいだあとの、昼寝から目覚めたのだ。
俺は鼻をひくつかせる。
あいつは、耳が小ぶりの翼だ。
その小ぶりの翼を動かし、吹いて来る風に集中している。
「風の匂いが変わった」
「音もだ」
「ああ」
「リン・・・」
「そうだ。あの青髪の女に何かあった」
あいつが起き上がる。
「いいことかな?それとも・・・」
「分からない・・・」
「行かなくちゃね」
「そうだ」
あいつが精悍に口元を上げた。
側にある青紫色の花が、風にそよいで揺れた。
「天界の浮島に現れし、青薔薇の娘、リン・・・」
そこで視線を感じ、樋口葉介は目を覚ました。
ここは美術室。
今日は資料の模写で、早く終わったから、少し休むつもりで机にふしただけだった。
それなのに眠ってしまったらしい。
顔を上げる。
かなりの近距離で桜庭満が葉介を見ていた。
「なんだよっ・・・」
「びっくり?」
「お前、そんだけのためにいつから見てた?」
「五分くらい」
「ご苦労なこったな」
「もう授業、終わってるよ」
「じゃあ、起こせやっ」
満と共に、美術室を出る。
廊下の曲がり角から、三浦樹理が現れた。
「あっ、ジューニアー」
満が手を振る。
三浦樹理が気づき、手を振り返す。
だんだんと距離が近まり、そして彼女はこちらに会釈。
「お疲れ様です」
「もしかして美術部?」
「はい。茶道部と美術部です」
「へぇ~。茶道部ってお菓子出る?」
「出ますよ」
「今度、見学行っていい?」
「え、はいっ。ぜひにっ」
「行く行く~。メールアドレス教えて~」
「あ、はい」
三浦樹理がポケットから携帯電話を取り出す。
「抹茶?」
「紅茶の作法とかも習いますよ」
「へぇ~。アッサム、セイロン、ダージリンっ」
「あはは」
「三浦は・・・」
三浦樹理と満がこちらを見る。
「お菓子好きなのか?」
「はい。好きですよ」
「そうか」
「ああ、葉介君の実家は、洋菓子店なんだよ」
「ええ~。近くですか?」
「教えない」
「ああ、そうですか・・・残念」
「機会があったら教える」
「今、教えればいいじゃん」
「なんか嫌だ」
「私、何か嫌われるようなこと・・・」
「いや、違う。俺もお前とメールしたい」
「え?」
数秒の間。
「あ・・・いや、嫌ならいい」
「あっ。いえ、ぜひっ。お友達になって下さいっ」
「ああ」
葉介は携帯電話を取り出す。
メールアドレスの交換。
「じゃあ、部活なので」
「ああ」
「じゃ~ね~。あとでメールするから~」
「はい~」
* * *
「ふ~・・・」
こった肩に片手をそえて、首を回す蔵人。
ゆるめておいたネクタイをしめる。
校章が金糸で刺繍されたネクタイだ。
生徒会長しか座ってはいけないイスから立ち上がり、側のソファに向かう。
「あ、部活ですか」
残っている松崎書記。
部屋に二人きりだ。
特に気にしていない蔵人。
「そうだね。美術室に樹理がいるだろうし・・・」
蔵人はソファの背もたれに適当にかけておいたブレザーを持ち上げた。
その時、胸のポケットから茶色の生徒手帳が落ちる。
蔵人はそのままブレザーをはおり、ボタンを閉める。
「あ・・・お茶、ありがとね。いつも美味しい」
「あっ・・・気持ちこもってるからっ」
「ははは」
* * *
美術室。
樹理はビニール製のエプロンを首にかけ、腰ヒモを結んだ。
この学校の美術部は弱小。
今日は樹理以外の部員がいない。
「さて、っと」
樹理が対面したのは、上半身が裸体の女性の、描きかけの油絵。
光の中、うしろ姿で、天使の羽を広げている。
題名は『女神の背中』。
あの不思議な夢を見る前兆、一瞬の映像にあった天使の姿。
その姿が印象的で、樹理は絵にすることにした。
どこが印象的なのかと言うと、腕が途中からない。
まだ、それについてのストーリーを自分の中で作っていない。
樹理がパレットを手に取った時だった。
スカートに入れていた携帯電話が鳴った。
樹理はパレットをイスに置き、携帯電話の画面をチェック。
「あ、メール・・・」
メールを開く。
桜庭満か、樋口葉介からのメールだと思って開いたメールだった。
「あれ?リングちゃん」
メールの差出人は、樹理の同級生のタカナシ・リング。
高梨輪は、茶道部だ。
【樹理ちゃんどうしたの?もしかして美術室?今日、着物合わせだよ】
「あっ、まずいっ」
樹理は携帯電話をしまうと、急いでエプロンを脱いだ。
荷物を持って美術室から出る。
廊下。
「そこの生徒、廊下はっ・・・」
「あっ、まずいっ」
振り向いた樹理が見たのは、兄、蔵人。
「樹理っ」
「うわっ・・・」
「誰かに見られたらどうする?恥ずかしい」
「ごめんなさ~いっ、急いでるんですぅ~。合わせなの~。あとで写メ送るから~」
そう言って樹理は美術室の鍵を投げて渡し、蔵人から逃げた。
「着物合わせのことか・・・」
鍵を握っている蔵人は走って行く樹理のうしろ姿を見つめている。
「しょうがないな・・・」
そう言って蔵人は鍵を開けると、誰もいない美術室に入って行った。
* * *
「あ」
並んで歩いていた樋口葉介が突然立ち止まったので、桜庭満は振り返った。
「どったの?」
「シャーペン・・・」
「ん?」
「筆箱忘れた」
「筆箱?」
「取りに行く」
そう言った頃には、きびすを返している葉介。
「僕はどうしたらいいの~?」
「先に帰っていい」
「分かった~。じゃ~、明日ね~」
手を振る満に片手を上げて応えてから、葉介は美術室へと向かった。
小学校の時から使っているお気に入りのシャーペン。
それが筆箱に入っている。
盗まれでもしたら大変だ、と思いながら、葉介は階段をリズムよく上がった。