二章之六 天啓
それはおそらく、ひとつになった複数の感覚の声。
男らしく女らしく、幼くも老いてもいない声。
頭の中で突然始まったその夢の声は、目覚めの前の朝方だった。
「 その赤子はいかなる奇跡か
否、それは破壊をもたらす者か
血塗られ黒羽を持つ天使
慈愛溢れ白羽を持つ魔物
それ知る時
果たして誰が生きていようか
英雄か否か、それ決める者は
後、紡ぐ他者に他ならず
真実は己のみ知るもの也て
真の真実知る者は皆無
自己は己を知る者で
理解せしるものは他者
全てを理解し知る者は無い
己の道筋知る者はおらず
他者に『いと』紡げる者は無し
己の道、不満あるならば
自我にのみ紡げの術は在り
見えざる羽根、持つ者達よ
神の掌から落ちた者達よ
己の宿命思うなら
己の英雄貫き通すべし
他者の英雄貫き通すべし
自己の手で紡ぎ 他者にゆだねよ
真実は、己の背に生えり
白黒つけるは他者にしか在らず 」
樹理と棗は目を覚ました。
二人は同じ言葉を聴いた。
しかし二人とも、この夢のことを連絡し合わなかった。
聞き終わったあと、大体の内容を忘れてしまったから。
そして大体の内容を、理解するのが難しかったからだ。
目をこすって起き上がった樹理。
起き上がり、首を回す棗。
二人は同じことを思った。
色んな意味に解釈できるだろうな、と。
* * *
帰りのホームルームが終わり、放課後。
この学園は、いくつ部活をかけもちしてもいい。
樹理は茶道部と、兄の蔵人の影響で美術部に所属している。
今日はその両方を休んだ。
もとより、どちらも幽霊部員みたいなもので、時々通っているという感じだ。
樹理は二年七組へと向かっている。
ちょうど二年七組の扉が見えてくる頃、教室から出てくる広瀬棗を見つけた。
「あ」
声に気づいたのか、視線に気づいたのか、けっこうな距離がある場所で視線が合った。
広瀬棗は樹理を見る。
樹理ははにかみながら、会釈してみた。
棗は側にいたクラスメイトと共に、樹理の元に近付いて来た。
「あ」
「お」
「あっ、理事長ジュニア~」
黒髪にとても近い青髪、身長が百八十センチはあるひと、可憐な見た目の男子生徒。
おそらく、広瀬先輩の友人だろうな、と樹理は思う。
少し深めを意識して、彼らに会釈。
「礼儀ただし~。こんにちは~。桜庭満でっす」
「あ、三浦樹理です」
「こっち、樋口葉介。それと青い髪が相楽孝司」
桜庭満が二人を紹介する。
二人とも強面の美男だ。
「どうも」
予想外に、樋口、という先輩から笑顔をもらう。
実家が商売をしているのだろうか、と樹理は思う。
「三浦樹理です」
視線。
樹理は相楽という先輩を見る。
彼は、じっと樹理を見つめている。
「あ、あの・・・三浦樹理です」
「ああ・・・ああ・・・どうも」
予想外に、相楽孝司は軽い会釈をした。
「あ、どうも」
樹理は会釈を返す。
「そして、このひとが広瀬棗でーすっ」
桜庭満が棗を示して言うと、笑いが起こった。
棗は笑いながら言った。
「広瀬棗です。よろしく」
樹理は笑いながら返した。
「三浦樹理です。広瀬先輩にお話があって来ました」
「二人で?」
「はい」
「分かりました。オーケーです」
棗は周りの友人を見た。
樋口葉介が棗の背中を押す。
「早く行けよ」
「行ってこーいっ」
「もしかして告白?」
「は?」
相楽孝司を見る棗。
「あっ、いえっ、あのっ・・・違いますっ」
「ああ・・・なんだ。少し期待した」
棗がまた、笑いながら言う。
樹理も微笑。
「お時間、少しでもいいのでいただけますか?」
「だから、オーケーだって」
二人は学園を出て、近くの公園へと向かう。
その間、特に会話はなかった。
そこは少し大きめの公園で、芝が生い茂る広場では、子供達がバドミントンをしている。
「なつかしいなぁ」
「何が?」
「バドミントン。小さい頃に兄としたことがあります」
棗はそう言われて情景に気づいたようだ。
「ああ・・・体育くらいでしかしたことねぇ」
棗はベンチに座った。
樹理も少し距離を取り、棗の隣に座る。
「なんか話しにくくない?」
「まだ話てないんですけど・・・」
「もっと寄って来ていいよ」
樹理は素直に、少しだけ棗側に寄った。
「お嬢って、ベンチに座る時、ハンカチ敷くんだと思ってた」
樹理は微笑。
「中学の時そうしてたら、笑われたことがあるので止めたんです。ベンチ、そんなに汚いものでもないし、使ったハンカチ、どうしていいのか分からないし」
「ああ・・・ってことは昔はしてたの」
「何でいきなり、そんな話を?」
「話って何?」
「夢の話です」
「ん、何?」
「いえ・・・あの・・・どこから話していいのか分からなくて・・・」
「今日、見た?」
「夢?」
「そう」
「はい」
「ルシファーに関わること?」
「おそらく・・・」
数秒の沈黙。
「声がした」と棗。
「は?」
「ルシ・・・ファー?フェル?」
「どっちでもいいです」
「ああ。関係あるのかどうか分からないが、白い羽と黒い羽がどうとか、言ってた」
「はっ?」
棗は樹理を見る。
「何?」
「『その赤子は、いかなる奇跡か』・・・?」
棗は意外そうに瞬いた。
「どういうことだ?」
「今日、夢?で聞いて・・・そう言えば目をつぶっていたのに、輝いていた・・・」
「そうだ。なんだ、それ?」
「分かりません」
「何でメールで言わなかった?」
「だって・・・」
数秒の沈黙。
「頭がおかしいって、思われたくなかったから?」
「そうです・・・」
「よかった」
「え?」
「俺もだ」
数秒の、間。
樹理は溜息を吐いた。
「安心しました」
「ああ、それはよかった」
「これからも、ちょくちょくメールとか・・・お話とか、いいですか?」
「ああ。俺もそれを望む」
樹理は口元を上げた。
「これから、よろしくお願いします」
棗は樹理を見なかった。
いや、見れなかった。
胸の高鳴りをおさえるのに、何でもないふりをするのに、棗は必死だった。