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二章之四 片翼の天使


「俺をじるか?」


 羽を広げたルシフェルが言った。


 『私』・・・リンと言う少女は、彼のうしろに立っていて、背中を見ている。


 ルシフェルの背中の羽は片翼。 


「天界の浮島にいる時、落とされた」


 リンは目を見開いた。

 うすく口が開く。

 慌ててかぶりを振る。


 ルシフェルが振り向く。


「どういう意味だ?」


 更に勢いをつけ、かぶりを振る。

 ついでに手も振る。


 またね。


「またね?ああ・・・またの機会きかいに、な」


 ぴたりと動きを止めるリン。


 何と言っていいのか分からない感覚が、彼に伝わったらしい。

 彼は微笑した。


「またの機会に、だ」


 リンは小さく何度もうなずいた。


 お散歩。


「そうだ、俺はパトロールと呼んでいる。父上の趣味を継いだ」


 川に行かないよね?


「何故、川に行くと分かった?」



 忘却ぼうきゃくの川だ、そこは。


 忘却の川、『レテ』。


 ルシフェルがルシファーと呼ばれ、剣を洗った場所。


 ・・・なんで今、この夢の未来を知っているんだろう?



 リンは一歩、うしろににじった。

 そこは樹海で一番大きいと言われているにかかる、木製の橋の端。

 ロープをうしろ手で掴む。


 ルシフェルは意外そうな顔をした。


「川が怖いのか?」


 リンはうなずく。


「見せたいものがある」


 それは、何?


「今は言えない」



 しばらくの沈黙。



 ルシフェルはリンの頭を撫でた。


「嫌なら、来なくていい。あの近くには凶暴きょうぼう巨鳥きょちょうもいるしな」


 見せたいものは、いいもの?


「言っておいたほうがいいな・・・百合卵ゆりたまごだ」


 何、それ?


「光る、百合の花粉だ」


 リンは瞬いた。


「見たいか?」


 リンはぱっと顔色を明るくした。


 見たい。


 ルシフェルは片翼を羽ばたかせ、闇夜の空中に出た。

 私も翼を広げた。

 彼はあっと言う間に樹海で一番大きいと言われる樹の背よりも高い位置にいた。

 私もすぐに追いつき、待ってくれている彼のとなりまる。


「行くか」


 私はうなずく。 

 

 樹が放つ光から離れ、周りはどんどん暗くなって行く。

 彼は時々よろめきながら、風を切って飛ぶ。



「もうすぐ目的の・・・」


 彼はその続きを言いかけ、勢いよく下を見た。


 獣臭けものしゅう


 それを感知した時と、リンが振り向いたのはほぼ同時。


 リンが下を見た時には、すでに巨鳥が大きな口を開けてせまっていた。



 ルシュフェルはリンに体当たり。

 抱きしめるように、飛んでいる軌道きどうを無理やり変更へんこう

 肉食巨鳥の口から、回避かいひ


 ルシフェルの片腕から血が出ていた。

 その腕にかまうことなく、彼はこしそなえてあった剣を抜く。



 とてつもないみにくい声で、巨鳥が鳴いた。


「お前に、仲間が何人殺あやめられたことか・・・なぁ?ピーチクパーチクさんよ」


 月影に巨鳥。

 その位置に巨鳥が舞い出た時には、ルシフェルの剣が巨鳥の首をはねていた。

 巨鳥の体を通り抜けたかのように見えたルシフェルのほほに、返り血がついている。


 彼はそれを、冷静にぬぐった。


 巨鳥の首と、離れた胴体が、血をきながら樹海に落ちていく。

 リンはその様子を、呆然ぼうぜんと見ていた。


 細い溜息。

 彼がこちらに振り向く。


「行くぞ」


 呆気にとられていたリンはうなずき、先に進みだした彼のあとを追った。


 ・・・

 ・・・・・・


 いつの間にかそこは水辺で、黒く見える川がある。

 水音。

 水面みなもが月明かりをうつしている。


「ここで休むか」


 ぬらり、と、虹色に光る台形の岩。


「この岩は、天然でこんな形をしているんだ」


 何故?


「それはまだ、分かっていない」


 血が伝う剣を砂利じゃりに突きたて、虹色の岩に座るルシフェル。

 リンはまだ空中に浮いていて、砂利の感触を足先で調べている。


「別に危険なものじゃない」


 リンはルシフェルに振り向いた。

 腕の傷口を見つける。


 リンは彼に近づき、白いスカートをきだした。


「何をしている?」


 スカートの切れ端で包帯ほうたいを作ると、彼の傷口に当てる。

 彼は黙って腕を出した。

 リンはくるくると包帯を巻き、満足げにうなずいた。

 ルシフェルが腕を動かすと、するりと包帯はけて、落ちた。


 彼は口元を上げて優しく笑う。


「礼を言う」


 ルシフェルは落ちた包帯をひろうと、自分で処置しょちを始めた。


 もう血がついているし、落ちているものだから普通なら抵抗もあるだろう。

 しかし、そんな素振りはなかった。


 守ってくれて、ありがとう。


「ああ、お前の礼を受け取る」


 リンの目の前に、小さな淡い発光体はっこうたい


 リンの目が真ん中に寄る。

 まばたきをして、ルシフェルを見た。


「ああ、これが百合卵。父上が生きておられた頃、共にパトロールに出たことがある。その時に、当時まだ未開みかいの地だったここで、俺がこの百合卵を見つけた」


 触っても、いいものなの?


「別に、花粉症でなければ問題ないと思う」


 食べれる?


 彼は意外な顔をした。

 そして声を出して笑う。


「お前、面白いな」


 リンは目の前にある百合卵を手の中に包み込んでみた。

 いつの間にか周りは百合卵だらけで、あわく発光したものがふよふよと浮いている。

 頭の中が、眼球がんきゅうの奥を通して輝きそうな明かりだ。


「怖くないなら、川を見てみろ」


 ほたるのような光が、風に乗ってただよっている。

 黒い川に、光が二倍に映っている。


「これは半年に一度しか見れない。俺の秘密の絶景スポットだ」


 綺麗。


「俺が見つけたから、俺が別名をつけた」


 何て言うの?


「ルシフェラーゼ」



 * * *



 樹理は携帯電話のアラームで目を覚ました。


 アラームを止め、起き上がる。

 数秒、携帯電話の画面を見つめた。


「いいのかな・・・」


 広瀬棗を思い出した。


 連絡をとりたいと思った。


 樹理は画面が自動的に暗くなっても、まだしばらく考えていた。




 * * *



 棗は着替えをしているところだった。


 ベッドに置いていた携帯電話の着信音が鳴る。

 着信音は『仁義じんぎなき戦い』だ。


 鏡の前でネクタイを結び終え、棗は携帯電話にかまう。


 メールの差出人は三浦樹理。

 屋上で夢の話をした時、メールアドレスを交換した。

 


【おはようございます。三浦樹理です。またあの夢を見ました】


 返事を返す。


【どんな夢?】


【ああ、もう起きてるんですね。ルシフェルは羽がひとつでした】


「えっ・・・?」


 ノック音。


「坊ちゃん、朝食の用意ができました」


 棗は部屋の出入り口を見る。

 ドアの向こう側にいるのは、いつもの塩野だ。


「すぐ行く」

「へい」


 メールにも返事を返す。


【俺も夢で見た。ルシフェルは小さい頃、羽を落とされた】


【まさか、ラ・ピュータで?】


【宮崎アニメの?】


【あれ、伝説から作ったんですよ】


【実際にあったのか?】


【まさか。そんなわけないです】


 棗は微笑。


【それはそうだ。すまない】



「坊ちゃん。まだですかい?」


 また、塩野の声。


「すぐ行く」



 ベッドから立ち上がるとほぼ同時、着信音が鳴った。

 内容確認。


【百合卵って知ってますか?蛍みたいに発光する種。ルシフェラーゼって言うらしいです】


【もう朝食だから、あとでメールする】


【あ、すいません】


【いや、いい】



 部屋を出る。

 塩野が待っていた。


「おはよう」

「おはようございます、坊ちゃん」


「坊ちゃんはやめろって言ってるだろ。外では絶対に言うなよ」

「分かっておりやす」


 棗の朝食は、いつも和食だ。

 家にいる、若いしゅうと一緒に食事をする。


 味噌汁は毎食具を変えることになっていて、今日はほうれん草。

 おおげさに言うと、『日本昔話』みたいに盛られた白米。

 いつもは漬物だが、今日は、ベビーホタテの入ったもずく酢が小鉢こばち

 そしてメインは焼き魚、だ。


 一枚板のテーブルに並べられた品々。

 それに対面する棗。


 彼は黒漆塗くろうるしぬりのおはしを、両手にはさんで合わせ持つと、一礼した。


「いただきます」

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