序章
『 ブルー ローズ 』
■ 青い薔薇の意味
存在しない
ありえない
と
訳せもする。
走る。
走る。
走る。
息が上がっている。
吐息が耳の奥で響いている。
大きな宝石の付いた剣で、突然目の前に現れた狼みたいなものを斬る。
一瞬ぐらいの出来事だったが、その狼みたいなものには足が六本あった。
そこは森のような所。
横目に見える風景が駆け抜ける。
走る、走る。
岩を飛び越え、また岩を飛び越え、そして、茂みを斬り払う。
急に拓けた場所に出て、そこがやっと目的地であることを知る。
そこにあるのは、泉の中の緑色の樹。
葉は一枚もついていない。
うねったようにねじれている枝。
その幹は管状の束で、その樹に、少女が貼り付けにされている。
青銀髪の少女に、意識は無いらしい。
寝ているかのようにも見える。
その姿を見つけ、息を整えながら、近づく。
おろした剣の先が芝の這った地面を削っていたが、意識の外で聞こえているだけだ。
ゆっくりと歩む。
泉の中に入る。
透明な水。
そこまであるとは思わなかったが、腰まで浸かる。
沈殿した泥が、歩く度に対流し、その周辺の水が濁る。
根元に到着して、根を足がかりにして幹まで登る。
感触はぶにぶにとしていて、脈を打っている。
わずかに冷たい。
きっと水が通っているからだろう。
まるで『俺』は、半透明の緑色のホースを触ってるようだ、と思った。
少女の側まで幹をのぼる。
少女の背中辺りはすでに樹に吸収されそうになっている。
侵食している血管のような、葉脈のようなもの。
それがピクピクと脈を打っている。
剣で彼女の周りの太い幹の束を断絶。
あとは彼女を傷つけないよう、素手でぶちぶちと引きちぎる。
解放され彼女の体が傾き、それを抱きとめる。
そのまま幹を蹴り、半端に残った背中の翼を広げる。
空中でバランスを崩す。
芝の這った地面に、背中から着地。
わずかなリバウンド。
小さくうめく。
抱きしめた小さな体。
倒れた状態のまま、上に乗っている彼女の頭に手を添える。
彼女がうっすらと目を開ける。
こちらを見る。
水色の瞳。
少女はこちらの顔を見ると、事情を察したのか、少しだけ微笑んだ。
俺は安心して、溜息を吐く。
そして彼女はまた、気絶した。
※ ※ ※
ヒロセ・ナツメは目を開けた。
うつ伏せになっていた顔を上げる。
「おっはよ~」
『俺』は無言。
「どったの?」
「ん~・・・」
「ん?」
「夢見てた」
「どんなの?」
数秒の沈黙。
「言いたくない」
「ふぅん・・・じゃあ、いいや」
親友のサクラバ・ミツルは、授業中だと言うのに騒いでいるクラスの連中を見た。
「こんな煩い中でよく眠れるね」
「それはヤマウチに言えよ」
桜庭満は笑った。
その時、彼の口の中にガムが在るのが見えた。
「昨日眠れなかったの?」
「そうでもない」
「ああ、そう」
桜庭満はポケットから風船ガムを取り出した。
「いる?」
「ああ」
「嫌な夢見るの?」
「分からない」
俺は受け取ったガムを口の中に入れた。
「最近、同じ夢を見る。だんだんと内容が長くなってる・・・」
「ふぅん・・・」
桜庭満が膨らませた風船ガムが、ぱちんと弾けた。
「僕も最近、そうなんだよねぇ・・・」