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君に触れ、色満ちる  作者: 玉時雨
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第三章 願いの為、祈り続け

 空太と別れた葵は、売れ残った握り飯を横目に自分の部屋へ足を進める。実際には見えてはいないのだが、愛情というものを感じてる。それが感覚としてあると認識しているような。昔から葵はそんな感覚を頼りにしてきたのだ。

 葵の家は店側から見ると小さく見えるが、奥行きがあり入ってみると案外広い作りになっている。昔ながらの木造建築の普通の家だ。

 引っ越しを繰り返してもいつも構造は一緒。葵に配慮してのことだろう。縁側なんてものもあり風通しのいい作りも葵は気に入っている。葵のためにバリアフリー工事も毎回してくれている。

 葵はいつも通り縁側の廊下の先にある自分の部屋に向かっていた。フローリングの木目を目安に歩くのが葵の歩行法。これは引っ越ししても変わらない。

「なにしてんのよ」

 縁側には片肘を立て寝そべる父親の姿があった。白杖に当たったのでグリグリと押してみる。

「おかえり、我が娘よ。」

「ただいま。で、店番は?」

「客が来ない店に店番はいると思うか?」

 今日の夕飯もおにぎり主体になることが確定したようだ。

「学校はどうだった? 変なやつがいたらおれがぶっ飛ばしてやるからな」

「そんなことしなくてもいいよ。ていうか、しないでよ、そんな恥ずかしいこと」

 葵は自分の武器で強めに押す。意にも介していないようだが。むしろ喜んでいる節があった。

「今度のところはちゃんと楽しめそうだよ」

「まあ、我が娘が選ぶだけはあるな!」

 白木源之助しらきげんのすけという人物が葵の父親だ。葵に対してとても甘いのが傷だ。しかし、親として葵は不満に思ったことはない。

「お父さん、わたし、友達ができたよ」

「そうか、どんな子だ?」

「ちょっと不器用だけど、とっても優しい人だよ。迷ってたのを助けてくれたんだ〜」

「いまどきそんな子なかなかいないぞ、仲良くしとけよ。お礼しなくちゃいけないな。家はどこか知ってるか」

「三軒隣の藤堂さんっていう家の空太って人だよ」

「空太って女の子にしては珍しい名前だな」

「違うよ、男の子だよ」

「おとこのこって名前なのか」

「違うよ、性別が男の子なの!」

「なんだってーーーーーーーーーー」

 なんで、そんなに驚くのだろう。普通、男友達の一人や二人くらいいると思う。確かに普通の子ではないのだけれどと自分に突っ込んでみる。

 ひとしきり叫び切った源之助は白く萎れてしまった。ライフポイントゼロである。

 そんなやりとりをしていると母親の声がしてきた。

「ただいま戻りましたー」

「「おかえりーー」」

 さっきまで萎れてた源之助が復活した。母親の声が復活の呪文のようだ。

 この人が葵の母親の白木三葉しらきみつば。ちょっと抜けてるけどとっても優しい人。葵と源之助と三葉の三人で暮らしている。そして、源之助と三葉で白木屋も切り盛りしていてたまに、葵も手伝ったりもする。

「源之助さん、どうかしました?」

「葵に、男が……」

「あら、めでたいですね〜」

「めでたくないわ! その男、今からシメに行こうと思う」

「ダメですよ、源之助さん。引き出物を用意しないと」

「まだ友達だから、そんなに盛り上がんないでよ‼︎」

「まだって言ったよー。三葉、葵が居なくなっちゃうよー」

 いつもこうやって騒がしく、そして、楽しく暮らしている。引っ越しをよくする家だがここだけは、帰る場所だけはいつもと変わらない。

 葵は両親をなだめ、自分の部屋に戻る。部屋に戻るとベッドに寝転がり子供の時から大切にしている大きなペンギンのぬいぐるみを抱き抱えた。

「今日は、楽しかったな〜」

 葵は今日、起こった出来事、出会った人々のことを思い出す。とても有意義な時間、未来に希望が持てる日だったと。そして、今日会ったとても優しい少年のことを思い出す。

「藤堂空太君か〜」

 今まで転校を繰り返してきた葵は友達はすぐ出来るような性格なので周りには仲良くしてくれる人達はいた。だが、どこか気を使われ自分は周りとは違う人なんだと実感してしまう。

「普通の友達として接してくれていい人だな〜。あの人だったらわたしは、変われるかな」

 そんなことを考えた葵の顔は真っ赤なりんごのようになっていた。自分のことがバカバカしく感じる。空太のことばかり、頭の中に浮かぶのだから。




 空太は葵を送り届け三軒隣の自分の家へ帰った。空太の家は割と新しめな一軒家。両親は長期出張中ということで覚えていないくらいは顔を見ていない。自分の家なのに何か物悲しく、まるで空き家のようだ。

「ただいまーっと」

 誰もいない建物に声をかけ玄関を上がると、一匹の猫がすり寄ってきた。

「どうした? 腹減ったのか~?」

 いつものように魚のロゴの入ったエサ皿に少しお高めのキャットフードを盛ってやる。どうして高いやつかというと、こいつは段ボールに入れられ捨てられていた。

 季節は冬で凍えてしまうと思い、親のいない家へ連れて帰った。コンビニで売っていたエサを適当に買い、そいつに与えた。そのエサはキャットフード界でいいクラスのものだったようだ。それ以来、ほかのエサは食べず、このキャットマスターエクストラしか食べなくなったというわけだ。

「お前に一番お金を貢いでるんだぞ。分かってるのか~?」

 金がないことをこいつに訴えても、意味がないのにあたってみる。

 こいつには名前をつけなかった。名前をつけると妙に愛着が湧き、もしもの時に手放すことができなくなると考えたからだ。親が帰ってくることは考えられないが、そんな時は手放すことしかできないだろう。

 常時、備蓄しているカップラーメンで夕食を済ませようと思い台所に足を進める。その後を猫がすがり歩き、それをあしらっていると玄関のチャイムが鳴った。

 この家には来客など殆どない。あるとすれば、幸助やハウスキーパー、宅配便ぐらいだろう。

 玄関を開けてみると、そこには若々しい笑顔の女の人が立っていた。

「藤堂空太君でいいんですか?」

「そうですけど、どなたですか?」

「ああ、すみません。わたし、白木というものなのですけど……」

「白木さん……ああー、葵さんのお姉さんですね」

「お姉さんなんて、お上手ですね。照れてしまいます」

 それはとてもほんわかとする笑顔をしていた。こっちまで癒されてしまう。

「わたしは白木三葉というもので、葵の母親です」

「え、マジですか」

「マジです」

 母親にしては若すぎる容姿で完全に葵の姉だと思っていた空太は面食らっていた。

 面食らっていると三葉の後ろから睨みつけている怪しいおっさんが目に入った。

「あの人は三葉さんのお知合いですか?」

 空太がそう言った瞬間、怪しいおっさんが飛びかかってきた。

 しかし、空太はひらりとかわし、おっさんはそのまま玄関先にある植木に突っ込んでいく。

「警察呼びましょう、三葉さん」

 冷静に言い放つ空太。

「源之助さん、今日はお礼を言いに来たんですよ?」

 …………ん?

「それはわかってるけど、こいつ初対面の三葉に名前呼びを……」

「……源之助さん?」

 にわかに信じたくない。ないのだが……。

「その人は葵の……お父様でいらっしゃいますか?」

「いかにも、我が愛しい葵ちゃんのお父様だ!」

 やっぱり。

 確かに、葵のノリは父親譲りな気がする。顔立ちは母親によく似ている。特に、瞳は葵を彷彿とさせるものがあった。

「空太、といったか。今日は葵を助けてくれてありがとな」

 源之助に言われ少しむずがゆくなった。だが。

「しかし、これとそれとは別だ。葵と三葉はやらんぞ!」

「別に、取ったりしないわ!」

「空太君にはいらないのですね……」

 シンシンと泣く三葉に、泣かせた空太に怒る源之助、久しく賑やかになっていない藤堂家に少しばかりの日の光が差し込んだような気がした。

 一通りのお礼を三葉から言われた後、源之助に、今度うちの売り上げに貢献しろと脅しのように言いながら二人は白木家へ帰っていった。

「あれが、家族っていうものなのか……」

 家族の温もりが空太にとって、とてもまぶしかった。

 夕飯を終え、風呂を上がった後、今日の疲れが出たのか自室に戻るとそのままベッドに吸い込まれるように眠りについた。




 朝、芳しく鳴るスマホの音で目を覚ます。

 スマホを見るとどこか知らない番号からの着信だった。

 着信に出ると、

「……あ、やっと出た」

 聞き覚えがある声だった。

「空太~? わたし……葵だけど‼」

 寝ぼけている耳には強烈な音だった。

「ねぇ‼ 聞こえてんの⁉」

「葵か……おれ眠いんだけど……」

「そーらーたー?」

 この後、めちゃめちゃ罵声を浴びせられた。



「空太のせいで初日から遅刻しそうじゃん!」

「悪かったって。ほんとに疲れてたから」

 プンプンと擬音が聞こえそうなほどに頬を膨らませていた。葵にポカポカと叩かれながら登校する。怒りながらも相変わらず腕を絡ませてくる。

 時刻ももう八時半を過ぎていた。タイムリミットは八時四十五分。そういえばうちの担任がこう言っていた。『次遅刻したら、トイレ掃除だ、雑用もやらせる』と。しかし、あの担任のことだ。それだけで済まないことは容易に想像できた。

「やっと商店街。あと五分といったとこか」

 さすがに弱視者を走らせるわけにいかないので、葵の最大限のスピードに合わせるように早歩きで足を進める。

「おはようさん」

「今は命かかってるからまた今度な‼」

「ごめんなさーい‼」

 コロッケ屋の朋美から声をかけられるがそれどころでないのでやり過ごす。

 ただいまの時刻は八時三十八分。これならぎりぎり間に合う。葵を心配しながら歩みを進める。

「葵、まだ行けるか?」

「全然余裕だし! 疲れてなんかないし!」

 その口からは考えられないほどの息切れをしていた。

「少し、休もう」

「そしたら、空太の命が……」

「女の子は大切にしろって、朋美さんに言われたからな」

 葵を止める。そしてそのまま近くのベンチに腰掛けようとした。

「空太‼ マジで遅刻するって‼」

「おれにはもう無理だ」

 そう。考えられないほどの体力ナシは空太のほうだった。

 葵に引きずられるように引っ張られていく。介助しないといけないのに介助されてしまった。

「なんで空太、そんなに体力ないの」

「いつもごろつくか寝てるかのどっちかだからな……」

「男の子でしょ……」




 息を荒げながらようやく学校に到着。時刻は四十五分、ピッタリだ。少し急ぎ目に二―Cと書かれた教室へ入る。

「おー、来たか。まあ見逃してやる。早く座れ~」

 まだホームルームが始まったばかりだった。ニヤつき顔の幸助をスルーしつつ席に着く。

「全員、出席だな。白木を前へ連れてこい、藤堂」

 全員の点呼を終えてから恵から命令が下る。恵の指示に従い葵を連れ教壇へ立たせた。少しざわつく教室。緊張気味の葵は空太の肩を強めに掴んでいた。

「皆には昨日、説明をしたが……改めて自己紹介を」

「白木葵です。わたしは見ての通り目が見えにくいですが仲良くしてください。これからよろしくお願いします!」

 パチパチと拍手をしながら白木の転入を歓迎するクラスメイトたち。クラスの雰囲気は上々だった。

「白木は昨日言った通り、目が不自由だ。何か困っていたら手助けしてやってくれ。あ、でもー、白木の手助け係として藤堂を指名しといた。大体のことはやってくれると思うが……

 担任からの視線が突き刺さる。本当に鋭利な刃物で刺されているかのようだった。

「藤堂はこれからよっぽどのことがなければ毎日、朝から、登校するそうだ。サボっていたらわたしに報告するように……」

 これが人員を誘導し、自らの仲間を増やす鬼のやり方だ。いつもこのやり方で肩身が狭い学園生活を送っている。

 鬼に誘導された生徒どもは綺麗に声をそろえ返事をした。それはとても綺麗に。

「おれには、味方がいないのかよ」

 せめて、猿くらいはつけて欲しい。

 ホームルームが終わると、空太の隣の席はネズミの某テーマパーク並みにごった返していた。世話係として隣に配置された空太と葵は人に揉まれに揉まれている。

「そらたー、たすけてー」

 人の波の中から葵の声がする。

「それが転校生の宿命ってやつだ。受け入れろ。おいっ、誰だ、おれのこと蹴ってるやつ」



 一限の担当教師の入室で波を作っていた生徒は着席していく。波に埋もれていた葵の顔はげっそりとしていた。

 教師にばれないような小声で呼ばれる。

「空太、ここは、楽しいね……」

 綺麗な笑顔で葵は言う。一瞬、時が止まったような気がした。

「藤堂、学校に来るようになったんだから授業くらい聞いてくれ~」

 呆然と葵の顔を見つめてしまっていた空太は、教師の声によってつまらない授業に引き戻される。

「怒られてや~んの」

 こいつ、後でしばく。そう、心に決意したところで授業の声を子守歌代わりに眠ることにする。目を閉じるとすぐに抗いようのない睡魔に覆われた。何か頭に当たったような気がしたが、抗いようのない眠りに落ちる。




 こつん。こつん。

 何か当たっている。硬いような気もするが、痛みは感じない。

 当たる感触がなくなった。そのまま深いところにまた落ちようとしていた。

 ごつん‼

「いっっってーー」

 岩でもぶつけられたような痛みで深い眠りに入ろうとしていた空太は目をパチクリさせながら起き上がる。

 後ろからとてつもない殺気を感じる。

 恐る恐る振り向くと、大リーグさながらの投球フォームをしている葵の姿、隣には場所指示をする幸助の姿があった。その姿は長年バッテリーを組んでいる様だった。

 葵の手には分厚い辞書。そのまま振りかぶって投げてきた。

「バカ、それは冗談抜きで死ぬって」

 避けようとする空太。しかし、寝起きの体ではそんな俊敏な動きなど出来るはずもなく、足がもつれてしまう。

 そのまま分厚い辞書は綺麗な直線で自分の頭に入ってくる。辞書には英和辞典と書いてあり、名前も記されていた。坂神幸助と。



 今だに鈍い痛みが頭を駆けている。そして葵もおかんむりだ。

「信じられない‼︎ 世話係なんでしょ?」

「いつからおれはお前のサンドバッグになったんだ?」

「違くて、分からないとこがあったから教えてもらおうとしたら、空太寝てるし、何しても起きないんだもん。紙を何枚無駄にしたと思ってんの?」

 それはもう鬼の形相だった。

「いつもの癖で体が反応しちゃうんだ」

「そんなにっこり言われても困るって」

「そうだぞ、空太。葵ちゃんなかなか困ってたぞ?」

 ニヤつきながら幸助が言った。辞書を仕掛けたのはこいつだろう。何かの仕返しはないかと考えていると突拍子のない質問が飛んでくる。

「空太‼ 今度買い物連れてって‼」

「いきなりどうしたよ」

「今日、役立ってないから今度の休日に埋め合わせして‼」

「お、おれ、いそが——」

「そ~ら~た~?」

「わ、分かったよ。今度の休日な? 空けとくよ」

 葵の圧が異常だったので了承してしまった。

 葵が一瞬、ニコリと微笑んだ気がした。しかし、目が死んだ状態で釘を刺してきたので気のせいだと思う。それに、今の顔が怖すぎて気のせいだとしか思えなかった。

「葵ちゃんは怒らせちゃいけないことが分かったよ」

「そうだな……」

 葵の怖さが分かったところで昼食をとることにした。

 蒼北には食堂がある。食堂は提携会社が経営していて味、代金文句なし。食券スタイルなので葵にメニューを聞き、空太と葵と幸助が食堂によくいるようなおばちゃんに食券を渡す。

「学校にある食堂で食べるの夢だったんだよねー」

「ちっさい夢だな」

「確かに言えてる」

 空太と幸助、二人で声を出して笑う。

「二人ともひどくない?」

 頼んだオムライスを頬張りながら幸せそうな笑顔を浮かべる葵を見ると、登校初日はとてもうまくいったみたいだった。

「葵、授業のほうはどうだった?」

「空太が寝てるから理解できなかったとこもあるけど、ついていけたよ。点字の教科書は感動したな~」

「悪かったって……」

「完全に尻に敷かれてんのな」

 弱みを握られ続けられているので、いつか握り返すことを決意する。

 どこかないか探していると葵がソワソワしだした。

「どうした?」

 葵がハッと目を見開き驚く。

「いや、べつになんでもないよっ。ここのご飯美味しいねー……」

「あー、そういうことか」

 ソワソワの理由が何となく分かった。どうせ早く午後の活動に行きたいとかだろう。

「部活行きたいのは分かったから食べ終わるのを待ってくれ」

「それもそうだけどさ……」

 ん? もう一つ理由があるような言い回しだ。

「兄さん、探した」

 空太たちの席に幸助と同じ金色の瞳の小さい少女が声をかけてきた。

「どうしたんだ、光莉」

 この少女は幸助の妹だ。坂神光莉さかがみひかり、年齢、学年共に一つ下で同じ学校に通う生徒だ。空太とも幼稚園からの付き合いだ。よく空太、幸助、光莉でグラウンドを駆け回った。

「兄さん、今日は用事があるから早めに帰るって言ったよね」

「あ……そうだった。ごめんな」

「まあいいけど」

 結構、仲良しだとは思っている。

「かわいい……」

 確かに食いつくとは思っていたよ、と心の中で呟く。

「ねぇ、空太。かわいい声がするの」

「分かったから、そんなにおれの身体を揺らさないでくれ」

「葵ちゃん、こいつはおれの妹で光莉ってんだ。で、こっちが白木葵さん」

「光莉ちゃん……」

 驚くように幸助の後ろに隠れる光莉だったが、甘かった。葵の聞く能力は人並み外れていた。すぐに光莉に思いっきりのハグを食らわせたのだった。

「兄さん、空太君、助けて」

「「おれたちにはどうしようもないんだ」」

 二人で声を合わせて言う。心では本気で謝罪の意思は示したつもりだ。

「人でなし!」

「かわいいよーーー」

 光莉を堪能していた葵だったが何かを思い出したらしく光莉に相談している。光莉は納得すると空太と幸助にため息を漏らした。

「気が利かないんだから」

「え、どういう——」

「行きましょう、白木さん」

「ありがとね~」

 男子二人取り残された。何かと考えていると二人が帰ってくる。

「おまたせ~」

「なんだったんだ?」

「そんなこと聞く空太は嫌いです」

 なぜか嫌われたらしい。幸助にからかわられそれを受け流していると、葵が提案してきた。

「空太、早く部活行こっ!」

 急かすように腕を引っ張る葵。葵に引っ張られながらこれからどうなるのか一抹の不安を隠しきれないのであった。

「じゃあおれらは用事済ませてくるわ」

 坂神兄妹はそのまま家路についた。ちょくちょくこの光景を空太は見かけていた。二人は特別な理由で部活参加を免除されているらしい。

「光莉ちゃん、またね~」

 光莉は申し訳程度にお辞儀をし、それを葵に伝えるとそれに返答するように葵が全力で手を振る。

「光莉ちゃんかわゆし!」

「さすがに引くぞ」

 葵にジト目の視線を送る。

「その視線やめて。わからないけど傷つくから」

 ジト目のまま足を進める。目的地は天体観測部部室。部室の前に着くと葵は心底疲れた顔をしている。

「そんなにつらい道のりだったのか?」

「空太が意地悪するから」

 葵がそんな言い方するから周りの視線が痛い。

「もっとほかの言い方はないのか……」

「え?」

 本人は無自覚だ。

 困惑する葵を連れ古びた部室に入る。

 天体観測部の部室がある部室棟は校舎がある平地から少し離れた高台に立地している。部室棟は蒼北の部活の数と比例して存在していて、蒼北が誇る部活の数をもってしても広大な敷地を埋めきることはできない。その維持管理は生徒の役目なのだが……。

「やっぱり、埃がすごいな」

 葵がけふけふとかわいらしく咳き込んでいる。さすがにこれじゃあ部活にならないな、と思った。部室の量と生徒の数が比例しないので維持管理が行き届かないのだ。潰れた部活もあり空き部室も増えている。

「一回、外に出よう」

「うん、そうしよう」

 一度、部室から避難する。

「まず、掃除からだな」

「掃除用具、取りに行かなきゃね」

 掃除用具を取りに一度、教室に戻ることにした。

「どーーーんっ!」

 教室に入るために戸を開くと顎に強烈な一撃を食らった。何が何だかわからない空太は顎をさすりつつ視線を落とす。

 そこには桜のような目をした少女の顔。

「センパーイ。遊びに来ちゃった」

 そう言いながら癖毛が印象的な少女が抱き着いてくる。暖かくなってきたのにいつものパーカーを着ていて抱きつかれると暑苦しい。

 突き放しながら、

「遊びにくるやつがいきなり頭突きかますか。めちゃ痛いぞ」

「だってだって、そろそろ会いたいかなと思って〜」

「お前は毎日会いにくるだろ!」

 家に居ようが、外で暇をしていようが会いに来るようなやつである。

 葵が不思議そうな目をしているので紹介する。

「ほら、先輩に自己紹介しなさい」

「……あっし、飯島凪いいじまなぎと申す者でごじゃる」

 少し小声になりながらも、しっかりと挨拶をした。なぜにその口調か、ツッコむのも疲れる。でも、空太にとっては嬉しいことだった。

「これはかたじけない。あっしは白木葵と申す者。この者の主人である」

「おれは、いつからお前の下僕になったんだよ!」

 葵に条件反射的にツッコんでしまい、ついでにチョップもお見舞いしてあげた。凪も少し警戒し、頭をガードする体制に入っていた。

「先輩は酷いやり方で断罪するので気をつけてください」

 凪に話しかけられた葵は頭をさすり本当に痛そうにしていた。

「空太は手加減を知らない……」

「反射的に出ちゃったんだ、悪い」

 葵は空太に何発も殴る。あまり痛くもないので放っておいた。

「凪、今日は何しに来たんだ?」

「何か用がないとダメですか?」

「……」

 空太が黙るのと同じように葵もたたくのをやめた。

「葵、掃除用具とってさっさと行こうぜ!」

 葵は手をさすりながら空太からそっと離れる。叩き続けた手が痛むのだろうか。

「凪ちゃんがかわいそうでしょ⁉︎」

「葵先輩……」

「凪ちゃん、きっと友達がいないんだよ」

 そうだったのか……知らなかった。そんなことを思いながら凪に悲観の目を向ける。

「え、ちょっと待って」

「元気でやれよ、凪……」

「元気でね……」

「見捨てないでー、二人ともーーー」

 二人、冗談のつもりで廊下に出てから出た教室に戻る。

 本気で落ち込んでいる凪。冗談が通じないやつでこっちの心が痛んでしかたない。

「冗談だから、そんなに落ち込むなって。おれたち友達だろ?」

「そうだよ、わたしも今日、出会って話して友達だと思ってるよ」

 必死に説得する葵と空太だった。それからの凪の説得に結構な労力と時間を使うこととなった。

「いい加減落ち込むのやめよ?」

「チョコでいいならあげるから、ね?」

「チョコ……チョコ? くれる?」

 こいつ……。

「いいよ、あげるよ。だから元気出して?」

「ありがと〜。葵先輩‼︎」

 リスのようにカジカジと食べる凪を見つめながら二人はため息しかでなかった。こいつの子どもっぽさは幼稚園児並みだと再確認させる出来事になった。

「で、先輩たちは何しに来たんですかー?」

 チョコをかじりながら喋る凪にそう言われて本来の目的を思い出す。

「そうだ、掃除用具とりにきたんだった……凪のせいで忘れるところだった」

「どこ掃除するんすか?」

「天体観測部の部室だよ」

 凪の口の横についていたチョコを葵が指摘しながらそう答える。

「空太先輩は部活に入ってたんですね」

「おまえは入ってたっけ?」

「いいや、そういう仲良しこよし好きじゃないんで」

 目をそらしながら言う凪。さっきまでの話が少し不安になるような反応だった。あまり気にさせないように話を振る。

「でも、必須だろ?」

「そうなんすよね〜。それで呼び出しですよ、さっきだって」

「だから残ってたんだねー」

「先生たち恐いんすよ〜。寄ってたかってさー」

「おれはいつもな気がする」

 遅刻常習犯の空太にとってそれはいつもの光景だった。

 確かに入学から一か月がたった五月。この時期に入部していない生徒はおそらく凪一人だけだろう。

「そうだ、先輩が入ってるってことはしがらみのない部活ってことでしょ?」

「まあ、そんなところだな。部室を見る限り一個上の人も部活していなさそうだし」

「決めた‼ 天体観測部に入る‼」

「凪ちゃん、入ってくれるの?」

 そんな理由で入部を決めるのはさすがとしか言いようがない。

「先生方は喜ぶだろうけど、そんな理由でいいのか?」

「いいのいいの~。先輩ができるんだからできるっしょ」

 その言い方は腹が立つが、人数が増えるのはありがたい。葵のこともある。自分一人では対処しきれないこともあるだろうと思った。

「凪ちゃんは今日から天体観測部部員。決定だよ!」

 葵はとても喜んでいるから部員に関しての問題はないだろう。問題といえば……。

「凪、ここの顧問は知っているか?」

「知らないですけど、誰なんすか~?」

「知らないんならいいんだ。一応連れてきてやるから」

 葵は凪に任せ、空太は職員室に向かうことにした。顧問である恵に新入部員が入部する経緯を説明し、空太たちの教室に来てもらうことになった。凪であることは一応伏せといた。

 空太が戸を開けると、

「センパ~イ、遅いっすよ~」

 葵との談笑を楽しんでいた凪は戸を開く音にすぐに反応した。

「おうおう、待たせて悪かったな~」

 この後の展開が楽しみすぎて思わず顔がにやけてしまう。

「元気がありそうな新入部員だな」

 遅れて入ってきた恵は新入部員(凪)の姿を見て絶句する。

「新入部員って飯島なのか?」

「まあそういうことになりますね」

「めぐちゃん……」

「げっ」

 教師らしからぬ嫌悪感を示す恵はすぐさも逃げる体制を作る。

「めぐちゃ~~~ん‼」

 空しくも凪は恵の体に飛びつき恵は避難することが叶わなかった。そう、凪は恵大好き星人なのだ。

「藤堂‼ 貴様、図ったな‼」

「何のことか……。生徒を拒む教師はよくありませんよ」

「貴様~~~!」

「空太、このあとやばいかもよ?」

 凪に襲われている恵を鑑賞しながら空太は優越感に浸っている。この先のことより今が大切なのだ。

 恵が凪から解放されると空太に一発、容赦ない蹴りが入る。

「き、教師が暴力は良くないと思う」

「これは暴力ではない、教育的指導だ」

 いかにも悪役が言いそうな一言だ。こんなんで教師なのだから世も末だ。

「空太は今、失礼なことを考えているね?」

 葵のふとした指摘に恵も反応する。

「藤堂、蹴りだけでは足りないみたいだな」

「この後、血の雨が降ったのは言うまでもない……」

「そんなナレーションつけるなよ、凪‼」

「それも悪くないな……」

「そこも同調しない‼」

「あははははは」

 笑いと怒声が混在する。そんな状況を空太は楽しみのなかに、温もりのなかにいると感じていた。いや、恵のは恐怖でしかない。

「そういえば、先輩、部室掃除するんじゃなかったんすか?」

「「あ…………」」

 葵と空太はすっかり忘れていた本来の目的を思い出す。

「ほら、凪、お前も行くぞ」

「わたしも行くんすか~?」

「当たり前だろ、今日から部員になったんだから」

「ちょっと手伝って?」

「葵先輩が言うなら……」

 おれのことの言うことも聞いてほしいところだが、今は心の奥底に埋めておこう。今は掃除が優先だ。時刻は十四時をまわっている。活動限界は十七時なので三時間であの埃まみれの八畳ほどの部室を綺麗にしなければならない。今日の活動は大掃除で終わりそうだ。

 部室に行こうとすると恵はだるいからパスと言った。あの万年怠惰教師には顧問の自覚はあるのだろうか。

 マスクや掃除用具を一式そろえ部室に到着する。部室には最初来た時にはわからなかった埃まみれになっている星座の本や立派な望遠鏡があった。長年使われてこなかったみたいだが昔は星に夢を見て使われていたことが分かった。

「こりゃすごいっすね」

「だろ? これから新築同様にする」

「でた~、空太先輩の妙にこだわっちゃうやつ~」

「空太って綺麗好きなの?」

「どっちかと言ったら好きだけど、なんかやることはきっちりしたいっていうか」

 昔からきっちりやりたい性格が功を奏してか勉学の成績がよかったり、人によく頼られたりしてきた。

「でも、学校にはなかなか来ませんけどね~」

 凪が余計な事言う。

「それは良くないぞ? 藤堂空太君はそんな子だとは思いませんでした」

 葵がえっへんとでも言いそうな風に言う。校長でもイメージしているのだろうか……。

「そんなバカみたいなことを言ってないでさっさと作業しろ……って葵はどうしようか」

「んむ~、そうっすね~、葵先輩のできること……わたしの代わりに掃除とか」

「それはお前がいればいいだろっ」

 葵も気にしだしているので早く考えなければ。考えていると凪が一つの案を出してきた。




「こんなことでいいの? わたしも空太たちの力になりたい」

「十分になっているから大丈夫だよ。それに葵には葵にできることを全力でやってもらいたい。人間、助け合いだ」

「そうっすよ。葵先輩は空太先輩を下僕のように使うという大役があるんすから」

「いつからそんなことになったんだよ……」

 葵にはごみ袋を持ってもらい空太に寄り添う形で手伝ってもらうことにした。葵も最初は申し訳なさそうにしていたが空太と凪に説得され今では空太を下僕のように使うようになっていた。

「空太よ、ごみをよこすがよい」

 すっかり板につくようになった葵は空太に王様気取りだった。空太もすっかり葵のことをうざく感じるようになっていた。

「セ~ンパ~イ、こっちは終わりましたよ~」

「じゃあ、こっちの棚をやってくれー」

「は~い」

 凪は比較的、意外にも指示に従ってくれていた。こういう真面目なところもあるのだと感心した。

「凪ちゃ~ん、今、空太が失礼なことを考えてたよ~」

 こうやって葵は空太の心を読み逐一、凪に報告する。すごい能力だとは思うのだが……それだけならいいのだが、凪もめんどくさい絡みをしてくるから厄介だ。

「セ~ンパ~イ、ひどいじゃないですか~。何考えてたんですか~? 凪って、胸小さいよな~、とか考えてたらぶっ殺しますよ~?」

 この始末である。ありもしないことを凪が言って来るのだ。

「仮にそうだとしても口には出さないから安心しろ」

「女の子にそういうことは言っちゃだめだよ空太……。それに、凪ちゃん、大きいじゃん……」

 葵は胸に手を当てながら儚げに言った。

「葵に言ったわけじゃ……」

「先輩、サイテ~」

 凪も光を失った瞳で言ってきた。最初にこの話題を出したのは凪だというのに……。

「ケーキ食べたい……」

「それですよ、葵先輩」

 ヒヒヒ、と憎たらしい笑みを浮かべながら葵と凪が不気味な手つきで迫ってきた。

「何だ、怖いんだけど……」

「先輩の服から財布を取り出そうと思いまして」

「堂々な窃盗予告だな……」

「空太の財布は用を済ませたらちゃんと返すから」

「まず、取るなよ」

 余談をしながらも着々と掃除は進んでいった。因みに、財布は無事だった。

「ひとまず、こんなものだろうな」

 ひと段落ついたので空太たちは掃除用具を片付けに空太たちのクラス教室へ向かった。掃除で出たごみは様子を見にきた恵に任せた。嫌々な感じは否めないが……。

「先輩は人使いが荒すぎてやってられません」

「そうだね、女の子に持たせるごみの量じゃないよ、ありゃ」

 部員としての初仕事は不満タラタラらしい。

「悪かったよ、気合い入れすぎた」

「ヘラヘラする気合いの入れようじゃないから」

 葵たちの協力のおかげで魔界から部室と呼べるほどに綺麗になった。過去に行なっていた観測会の資料やら、これからの行動に役立つものがたくさん出てきたのも成果だ。

 今日の作業は案の定、掃除で終わったがレクリエーションと考えればいいだろう。こうして明日から部活動ができるのだから。

「よかったな、明日から活動できるぞ」

「うん!」

 葵も明日からの活動に期待でいっぱいのようだった。葵だけではない。凪や空太だって明日が楽しみになっていた。みんなで何かを成し遂げることが何よりも楽しく感じた。

 掃除用具を返し終え、帰宅することにした。

「じゃ、先輩方、わたしこっちなんで……」

「おう、おつかれー」

「またねー」

 凪愛用のマウンテンバイクにまたがり奇声を発しながらペダルを漕いでいった。いかにも変人だが、可愛いところもある後輩だ。

 凪と別れ空太と葵は通学路にあるコンビニへ立ち寄ることにした。今日の慰労会をするためだ。凪には今度、埋め合わせをしようと思う。

「おまたせ、ほら」

「アイスだー!」

 葵の顔はまるでこのまま死んでもいいとこれから言いそうな表情。つまりこれ以上の幸せなんてないくらい幸せそうな表情だった。

「空太もたまには気がきくじゃん」

「いつも気を使わされてるけどな」

「ありがと!」

 その感謝はアイスに対してか日頃のかはわからない。だが、その言葉を言ってくれるのは気持ちがよかった。

 アイスを食べ終えてから葵を家まで送る。家では退屈そうに店番をする源之助の姿があった。美味しそうな握り飯がショーケースに陳列されている。

「お父さん、しゃけ握りとツナ握りと味噌握りを一つずつくれ」

「誰が、お前の親父になったんだよ」

 態度が悪い店員である。

「じゃあなんて呼べばいい」

「ガキからはよく源ちゃんって呼ばれる」

「おじさん、さっき言ったやつくれ」

「まだおじさんの歳じゃねー!」

 空太と源之助のやり取りに葵が呆れている。

「ほんと、似てるよね二人とも」

「「似てねーよ‼︎」」

「ほら、そっくりじゃん」

 源之助がグチグチ言いながら先程注文した品を袋詰めしている。

「あれ、一個多いぞ?」

「おまけだ、若造はたくさん食べて寝れ」

「サンキュー。じゃ、葵また明日。」

「明日は寝坊しないでよ〜」

「分かったよ」

 葵に釘を刺されながらお代を置く。空太は白木家の家庭環境が自分のとは全く違うことに未だ慣れずにいた。自分にこんな環境があれば人生はどう歩めていたのか、そんなことを考えていた。

「空太、いつでも来い。金はちゃんと持ってな」

 ゲラゲラと笑いながら源之助は言った。

「ああ、たまに買いに来るよ」

 葵に見送られながら白木屋を出る。握り飯の包みを持ってみると、とても温かった。




 葵はいつものように自室に戻る。習慣としてつけている日記を取り出し今日あった出来事を記帳することにした。クラスメイト、光莉、凪との出会いがあり初めての蒼北での授業。淡々と点字で書いていく。しかし、あるところで手が止まる。

「空太、女の子に遠慮ないよね……」

 思い出すだけで笑ってしまうほど遠慮がない空太に少し呆れてしまう。

 食堂で、

「光莉ちゃん、実は……お手洗いに行きたいんだけど……」

「あ、あー」

 その時の光莉が向ける空太たちへの視線は鋭かった。まあ、葵も言えるはずもない。

 日記を書き終え、ベッドに転がった。横向きになり、窓際の机の上にある一枚の写真を眺める。そこには葵とともに写る一人の少女の姿。それだけは葵の瞳に映っているような気がした。誰かは分からない大切な人。

「わたしだけ楽しんでていいのかな……だめだめ笑顔でいないと」

 自分を鼓舞するように言い聞かせる。部屋の外から母親の葵を呼ぶ声。葵は部屋を後にした。


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