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6 (クラウド視点)

全てが鬱陶しかった。


クラウド・シル・オルゼンベルグ。

代々騎士としても名高いオルゼンベルグ公爵家の長男として生を受けた。

将来はこの国の王族を守るのだ。

そう教育されてきた。

だが実際はどうだ、あの腐りきった王宮に守るべき主など存在するものか。


王族も貴族も己の保身と贅沢をすることしか考えていない。

領民を、他者を気遣うことなど、これっぽっちも考えていない。

むしろ、領民は貴族のために尽くして当然だと、そう考えている(きぞく)も多い。

それはオルゼンベルグ公爵家、つまりは自分の両親も例外ではない。

王族の機嫌を損ねないよう媚びへつらい、彼等の言葉を全て肯定するかつては尊敬していた両親の姿に吐き気がした。


自分の見目が良いことは理解していた。

そして公爵家の嫡男という生まれも、権力を握りたい人間にとっては縁を結ぶべき対象であり、あわよくば駒として望むだろう。


王宮騎士団の副団長として働くようになった後も、本当の意味で友人などできるはずもなく。

周りは、権力と外見にすり寄ってくる害虫ばかり。


そんな日々に鬱々としていた。

平和をいいことに長期休暇をもぎ取って、領地へ逃げ込んだ。

もちろん、書類仕事は山のようにある。

日々転送魔法で送られてくるものを淡々と片付け、気晴らしに丘へ向かった。


唯一心落ち着ける丘の上の大木。

だが今日は小さな先客がサンドイッチを頬張っていた。


「…先客ですか」


なんとなく残念な気持ちで呟くと、少女はわたしも食べないかと誘ってくる。

小さくても女は女。

王宮で感じる媚びる雰囲気はないものの、断ってその場を離れようとした。

なおも話しかけてくる少女に苛立ちを覚えたとき。


「良かったらここ使ってください。わたしはもう行くので」

「私よりもおにいさんの方が必要みたいなので、譲ります」


にこりと笑ってその場を離れる少女に見入る。

よく見ると(いや、おそらくよく見なくても)整った顔立ちの少女だ。

そういえば、他人の顔をしっかりと認識したのはいつ以来だろう?

そう思いながら樹の根元に座り込む。

そっと目を閉じると、さわさわと風が頬を撫でるのが心地良い。

こんな風に気分が良いのは久しぶりな気がする。


目をつぶってから、しばらく時間が経った頃、

先程少女が消えた方角から小さな気配。

耳を凝らせば軽やかな足音がする。

こちらへ向かってきているようだ。


(わたしに何か用だろうか)


不思議と初めに感じていた鬱陶しさは感じない。

声をかけられて目を開けると、差し出されたのは一輪の花。

興味は微塵もなかったが、貴族の嗜みと教え込まれた花言葉がよみがえる。

透明な8つの花弁をもつそれはたしか。


その花の意味にたどり着いたその瞬間、ぱちんと心の中でなにかが弾けて、世界が鮮やかに色づく。


(見つけた)


もう帰らなきゃと背を向ける少女の手を取り、名前を聞く。


「…リディアナ」


心に刻むように名前を紡げば、おぞましいほどの欲が滲んだ。

気付かれただろうか、怯えられただろうかと、彼女の顔を窺えばきょとんとしていた。

恐怖や嫌悪が浮かんでいないことに安堵して、自分に言い聞かせる。


(まだ早い。もっとゆっくり、時間をかけて…)


耳元で、また会いましょう、と囁けば一瞬で耳まで真っ赤に染まった。

その姿は王宮の害虫どもと比べるなど烏滸がましいが、純真で、無垢で、嗚呼なんて…


(なんて、美しいんだろう)


近づいた際に、彼女の持っている籠に自分が身に付けていたピアスを片方忍び込ませた。

これで自分の魔力を辿って、彼女を探せる。

また、会える。

身体中の細胞が沸き立つような感覚。歓喜。


(まさかここで会えるとは)


心の中を支配するのは執着にも似た感情。

こんなに気持ちが高ぶるのはいつぶりだろう?

いや、初めてかもしれない。


「ふふ」


知らずと笑みが溢れる。


「リディアナ、ようやく見つけた。わたしの主に相応しい方」

アメジストのピアスのピンが曲がっていたのはもちろん、クラウドが籠に忍ばせるときに意図的に行いました。

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