3
カナリアの丘
ディゼルの町の隅にある小高い丘で、丘の上には大きな樹が立っている。
その樹の根元に腰を下ろし、先程買ったサンドイッチにかぶりつく。
「うーん、やっぱりあのお店のサンドイッチは絶品…」
しゃきしゃきのお野菜に濃厚なコクのチーズ、極めつけは間に挟まれるドレッシングが絶妙なバランスで美味しい。
もぐもぐと咀嚼していると、背を預けていた樹の後ろから草を踏む音がする。
「…先客ですか」
現れたのはとても綺麗な無表情の青年だった。
黒曜石のような艶やかな黒髪にアメジストの瞳。
パーツはいうまでもなく整っているし、身長も高い。
ただ、気になったのは瞳の奥に燻った暗い陰りがあること。
リディアナは気がつけば声をかけていた。
「あの、良かったら一緒に食べませんか?」
「いえ、わたしは」
「サンドイッチたくさん買いすぎちゃったのと、デザートにクッキーもあるんですよ」
ほら、とサンドイッチとクッキーを見せるが、男性は無表情のまま。
「結構です。…甘いものは得意ではないので」
「そうですか、残念です」
あまりしつこくしすぎるのも良くないだろう。
そう思い答えると、男性は静かに踵を返す。
「折角来たのに、休んでいかないんですか?」
「…ええ」
短く答えてそのまま歩きだそうとする青年をまた呼び止める。
「あの」
「…なんですか」
青年の声に険が宿るのを感じて、用件を済ませようと口を開く。
「良かったらここ使ってください。私はもう行くので」
ほんの少しだけ驚いたように綺麗なアメジストがリディアナを射抜く。
「私よりもおにいさんの方が必要そうなので」
譲ります。にこりと笑って手早く荷物を片付ける。
私には日和実草を採取するという任務が残っているわけだし。
さくさくと歩を進めて、丘向こうの茂みへ向かう。
この奥におそらく咲いているはず。群生してるといいな、と思いながら、茂みに入る直前に少しだけ後ろを伺う。
綺麗な青年が根元に腰を下ろしているのを見てなんだか気分が良い。
例えるなら、電車で席を譲ったときのような、落とし物を届けて感謝してもらったときのような。
(うん、いいことをした!)