表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

職員室でJKに押し倒された体育教師の俺は、どうするべきだろう?

作者: 丘野 境界

 それは、養護教諭の羽鳥(はとり)絵理佐(えりさ)が、朝食代わりのトマトジュースのパックにストローを突き刺した時だった。


「羽鳥先生、急患です!」


 勢いよく保健室の扉が開き、作業着姿の巨漢の男が飛び込んできた。

 春星高校の体育教師、柳生(やぎゅう)(たけし)だ。

 柳生はその両腕で、小柄な女生徒を抱えていた。


「あら、どうしたの? 柳生先生、保健室ですから大声は出さないで」


 急患というのが何なのかは一目瞭然ではあるが、一応絵理佐は聞いてみた。

 細身の眼鏡を直しながら、絵理佐は柳生の腕の中で目を閉じている女生徒を確かめた。

 一年A組の真倉(まくら)夢見(ゆめみ)だ。


「あ、す、すみません。それよりもこの子なんですけれども……正門前で立ち番をしていたら車が来て、この子が降りてきたのはいいんですけど、校舎までの足取りも怪しく、声を掛けたらそのまま倒れてしまったんですよ」

「それで、先生はベッドを使わせて欲しいと」

「はい。あの羽鳥先生、何か、妙に誤解を生みそうな言い方になってませんか?」

「そうかしら?」

「……言ってることは、間違ってはいないと思うんですけど……ううむ」


 柳生は唸っていたが、言葉が見つからないのだろう。

 絵理佐は特におかしなことは言っていない。

 結局、柳生はそのまま、ベッドに女生徒――真倉夢見を寝かせると、後ろに下がった。


「ふふふ、柳生先生も使います? 空いているベッドならありますよ?」


 絵理佐は隣のベッドを目で促すが、柳生は顔を真っ赤にして、首を何度も横に振った。


「お、俺は、まだ立ち番がありますんで。いや、それが終わったらお世話になるとかいうこともありませんけど!」


 絵理佐は苦笑いを浮かべ、女生徒に視線を移した。


「あらら、美味しそうな娘ね……じゃなかった。一年の真倉さん……ふーん……あら、これ、ただの寝不足ね」

「寝不足?」


 そう、よく観察してみると、穏やかな寝息が聞こえてくる。

 血色も思ったほど酷くはないし、生命に関わるほどの危機ということもなさそうだ。

 ふぅ……と、絵理佐は艶めかしい吐息を漏らした。


「夜更かしは、美容の大敵よ。血行も悪くなって、いい事なんて何もないのに」

「ふぅむ、羽鳥先生、この子はしばらくここで眠っていてもらってよろしいですかな?」

「それはもちろん。寝不足のまま授業を受けても、どうせ頭に入りませんしね」

「では、よろしくお願いします」


 一礼して、柳生は保健室を出て行った。

 騒々しい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、絵理佐はトマトジュースを飲み直すのだった。




 翌日の早朝。

 春星高校の職員室の扉を、小柄な女生徒が勢いよく開いた。

 ふわふわとした髪と、トロンとした瞳が印象的な女生徒――一年A組の、真倉夢見だ。

 その瞳が、鉄アレイを持ち上げている、柳生の目と合った。

 その途端、夢見は柳生に一直線に駆け寄ってきた。


「先生!」

「え、お、おい……?」


 文字通り、直線上の障害となる机に飛び乗り、書類や文房具をまき散らし、そしてそのまま柳生の胸目がけて、飛び込んできた。


「ぐあっ!?」


 いくら柳生が身体を鍛え、夢見が小柄とはいえ、彼女の全速力の突進を椅子に座ったまま受け止めきれず、柳生はそのまま床に倒れ込んだ。

 夢見はそんな柳生を押し倒したまま、叫んだ。


「お願いします! 私と寝てください!」

「はい!?」

「あ、ありがとうございます!」

「ち、違う! 今のは驚いただけだ! 返事じゃない!」


 柳生は否定した。

 周囲の教職員は大騒ぎだ。

 それはそうだろう、職員室に女生徒が飛び込み、問答無用で教師を押し倒したのだ。

 事案である。

 逆だったらもっとえらいことになっているが、それは今の柳生の慰めにはならない。これまでの教職員生活で、真面目で愚直が取り柄であり、柳生の誇りだったのだ。

 それが、どうしていきなりこんなことになったのか。


「駄目ですか……?」


 夢見は、目を潤ませた。

 生きた西洋人形のように整った顔立ちが、泣き顔に歪む。

 けれど、それに絆されてはならないと、柳生は頭を振った。


「俺は教師だ! 生徒とそういう関係になる訳にはいかん!」


 自分を押し倒す夢見を見上げたまま、柳生は毅然とした態度で断った。


「柳生先生」


 何だか聞き覚えのある声が、柳生を呼んだ。

 しかし、今の柳生はそれどころではない。


「すみません、今、彼女と話を……」

「ええ、ですから、ちょっと隣の部屋に行きましょうか」


 穏やかながらも有無を言わせぬ力を持つ声音に、柳生はそちらを向いた。

 小さな丸い眼鏡を掛けた、老年の紳士がそこには立っていた。


「きょ、教頭先生……」




 教頭が用意したのは、職員室のすぐ隣にある応接室だった。

 職員室では、まともに話もできないだろうという教頭の判断であった。

 応接室のソファに、教頭と柳生が並んで座り、ローテーブルを挟んだ向こう側に夢見が座っていた。

 ちなみに最初、夢見は柳生の隣に座ろうとしたが、やはり穏やかな笑顔で、教頭が向かいに座るように指示したのだ。

 怒らせるとすごく怖いと噂だが、怒ったところを教職員も生徒も見たことがない。それがまた不気味であった。

 それはともかく、夢見の話である。

 何がどうして、あんな柳生への猥褻疑惑を呼びそうな、お誘いの提案だったのか。


「実は私、ここのところ眠れなかったんです……」


 職員室でのテンションも鎮まったのか、シュンとした態度で夢見はそんなことを話し始めた。


「不眠症というやつかね? それなら病院で診てもらった方がよいのではないかな?」


 教頭の言葉に、柳生は「ん?」と首を傾げた。

 なるほど、昨日の保健室で羽鳥先生が、夢見のことを寝不足だとは言っていた。

 しかし、ベッドではしっかり眠っていたではないか。 

 柳生は疑念を抱いたが、夢見と教頭の話は続いていた。


「はい、診てもらいました。精神的なモノだそうです。やっぱり、ぬいぐるみがなくなったせいで……」

「ぬいぐるみ?」


 寝不足に続いて、ぬいぐるみ。

 一向に、話が職員室での行動に繋がる気配がないが、柳生は我慢した。


「はい。私のお気に入りのぬいぐるみだったんですけど、古くてボロボロだったのを、新しく入った召使いが捨てるモノと勘違いして、廃棄してしまったんです」

「召使い……」


 ……そういえば、昨日の校門前での立ち番をしていた時、夢見は高そうな車で来ていたのを、柳生は思い出した。


「現実に、存在するんですなぁ……いや、真倉家ならあり得る話ですが」


 ふぅむ、と教頭が唸った。


「そうなのですか?」

「おや、柳生先生はご存じない。真倉家といえば、この天河市でも名士の一つですよ」

「はぁ……しかし、そのぬいぐるみが失われたことと、俺が、その、真倉と同衾することと、どういう関係があるんだ?」


 柳生は、夢見に尋ねた。

 すると夢見が目を輝かせて、身を乗り出した。


「それなんです!」


 そしてそのままローテーブルを飛び越え、柳生に迫った。


「近い! 真倉近い! ウサギか何かかお前は!」


 柳生としては、両手で制することしかできない。相手は下手に扱えば、どこかの骨が折れてしまいそうな、華奢な女の子なのだ。


「ぬいぐるみがなくなってから、ほとんど眠れなかったのに、先生に抱かれた時にはグッスリと眠れたんです!」


 隣を見ると、教頭が目を細めて、柳生を見つめていた。

 これはヤバい。教師生命を賭けた疑念を抱かれている。


「教頭先生、違いますからね。校門を潜ってすぐ、倒れそうになったのを抱きかかえて、保健室に運んだだけですからね。あと近いって言ってるよな、真倉」

「はぁい」


 渋々、夢見は向かいのソファに戻った。


「真倉さん、他のぬいぐるみで代用はできなかったのかね?」

「もちろん、試しました。捨てられたバッフィーのぬいぐるみはもう、製造を中止していたんですけれど、父が伝手を頼って手に入れてくれました。でも、駄目だったんです……」


 教頭の疑問に、夢見は素直に答えた。それはいいけど、目を俺から離してくれませんかね、と柳生は心の中で念じた。しかし、通じる様子はまったくないのかそれとも無視しているのか、夢見はずっと、柳生を視界から外さないでいた。

 教頭は咳払いをした。


「……バッフィーというのは?」


 おや? とこれは、柳生にとっても意外だった。


「え、教頭先生知らないんですか? バッフィーは野牛、つまりバッファローのキャラクターで、ウサミーランドのキャラクターの中でも確か一番大きいんですよ。ウチの実家にも一つ、ぬいぐるみがありますよ」

「そうですそうなんです。でも性格はすごく温厚で、親切なんです。そのすごい力で、ウサミー達を助けてくれるんです」

「真倉、近い! 近いってば! っていうかこの話の流れだと普通、教頭先生の方に行くんじゃないかな!? 何で俺!?」

「どうせならせっかくです!」

「答えになってない!」

「真倉さん、落ち着きなさい。向こうに戻って」

「あの……」


 夢見は、物言いたげな視線を教頭に向けた。


「何ですか?」

「柳生先生を、自分の隣にしてもらえれば、わざわざテーブルを乗り越えなくてもいいんじゃないでしょうか」

「検討に値しますね」


 柳生はソファからずり落ちそうになった。


「しませんよ!? 教頭先生も、何言い出すんですか!?」

「ジョークです」

「私は本気です」

「どっちにしても、駄目ですよ! 真倉は、大人しく向こうのソファに戻る。ハウス!」

「はい……」


 トボトボと、夢見は向かいのソファに戻っていった。

 そして、教頭先生は小さく咳払いをした。


「柳生先生。生徒を犬扱いするのは、どうかと思いますよ」

「教頭先生、今さっき不健全ギリギリなジョーク言いましたよね!? あと、話が脱線しているんで、真倉! 続きを!」

「ハッ、すみません。……ところで、先生も持っていたんですね、バッフィー」

「ああ、うん。学生時代、ウサミーランドが修学旅行先だったんだよ。それで、妹の土産にな」

「そうなんですか。ありがとうございます」

「ありがとうございます?」


 どういうことか、と思う柳生に答えたのは、教頭だった。


「日本のウサミーランドは、真倉家が出資していますからね」

「はい。そうなんです」


 えへん、と夢見が慎ましい胸を張った。


「……教頭先生、なんでそれは知ってて、バッフィー知らないんですか」

「それはそれ、これはこれです」

「柳生先生って、家族思いなんですね」


 そうストレートに女生徒から言われると、柳生も照れてしまう。


「まあ、正確には二つ目のバッフィーになるんだがな」


 ちょっと入手には変わった経緯があるので、思い出深いぬいぐるみなのだ。


「というと?」

「いやあ、妹のためにバッフィーを買って売店を出たところで、迷子の子がいたんだよ」




 それは、柳生が地方の高校の、二年生だった時の話。

 夢見や教頭に話した通り、修学旅行先はN県であり、その中にウサミーランドが含まれていた。

 柳生は園内を友人達と楽しみ、集合時間になる前に、大きな売店でバッフィーのぬいぐるみを購入した。妹のための土産である。

 宅配で送るという手段もあったが、女子も含めた友人達の受けもよく、ホテルの方でも宅配業者はあるということでそこまでは持って帰ろうとしたのだ。

 結論として、この時買ったぬいぐるみは、ホテルに持って帰ることができなくなった。

 売店を出たところで、べそをかいて途方に暮れている女の子がおり、明らかに迷子であった。

 柳生は声を掛けるも、当時から厳つい男である。むしろ怯えられた。そこで助けとなったのが、バッフィーのぬいぐるみである。裏声を駆使し、バッフィーを女の子の友達にすることに成功した柳生は、大きなバッフィーのぬいぐるみごと女の子を担いで迷子センターに向かった。

 泣き疲れて眠ってしまった女の子の親はすぐに見つかり、お礼を言われ、そこまではよかった。

 問題があるとすれば、眠ったままの女の子が柳生のバッフィーにしがみついて離れなかった、という点である。しょうがなく買った一つ目のバッフィーは諦めて、迷子の女の子に託したのだった。




「……でまあ、その子の親が平謝りで、代わりのを用意してもらったんだよ。それが二つ目のバッフィーという訳……なんだが……えっと、どうした、真倉?」


 集合時間が迫っていて焦っていたこともあって、名前もろくに憶えていなかったことも柳生は話そうかと思ったが、どうも、それどころではないようだった。

 夢見の目が潤んでいたからだ。


「先生が、あの時のお兄ちゃんだったんですね!」

「うわあっ!」


 再び夢見がローテーブルを飛び越え、今度は柳生が防ぐ間もなく、その胸に飛び込んだ。


「柳生先生……」


 教頭の眼鏡が、光を反射した。


「無罪を主張しますよ教頭先生!? 目の前で見てましたよね!?」

「結婚してください、先生!」

「飛躍にも程があるぞ、真倉!」


 さすがに、柳生も突っ込んだ。


「柳生先生。生徒との交際は、教師として適切とは言えませんぞ」

「そう思うんなら、まずこの子をどかしませんか!?」


 ギャアギャアと騒ぐ三人に隣の職員室では、一体何が行なわれているのだろう、と様々な憶測を生んだという。




 真倉夢見の押しかけ嫁の一件から数日後、昼休みの保健室。


「話の流れから推測すると、柳生先生が真倉さんに新しくバッフィーをプレゼントすれば、解決したって話なんだけど、違うみたいね。はい、ハーブティー。精神的にリラックスできるわよ」


 養護教諭である羽鳥絵理佐が差し出したティーカップを受け取り、柳生は「ありがとうございます」とお礼を言った。その目はしょぼしょぼしており、寝不足なのは明らかだ。


「ええ……真倉家お抱えのデザイナーとやらに寸法を測られまして、ほぼ等身大のぬいぐるみができました」

「柳生先生の?」

「はい」

「何それ見たい」


 割と本気で、絵理佐は言った。

 しかし、柳生は弱々しい笑みを浮かべて首を振った。


「勘弁してください」

「つまり、毎夜真倉さんは、柳生先生のぬいぐるみに抱きついて、眠っているってことですか」

「熟睡はできているみたいですよ。いい笑顔で報告がありました」


 考えようによっては、とても倒錯的なシチュエーションだわ、と絵理佐は思った。


「代わりに柳生先生はお疲れみたいですね」

「そうなんですよ……何か最近、夜な夜な、妙な圧迫感が生じてるというか……どうにも、寝不足気味で……羽鳥先生、少しでいいんでベッド貸してもらえますか?」

「その怪現象、解消法なら教えてあげられるかもしれませんよ? それとも、気づいているけど、意識して避けてます?」

「寝ます」


 フラフラとした足取りで、柳生はベッドに向かっていった。


「生徒に手を出すのはマズいとして……彼女が卒業するまであと二年と少しですか。先は長いですね?」


 絵理佐は丸椅子に座ると、スマートフォンで『わら人形 防ぎ方』という項目で、検索を始めた。

冬コミで出す短編集のサンプルです。

こういう作品が全部で五話+特別寄稿一話収録されております。

詳しくは活動報告にアップしておきます。

あと、誤字脱字があった場合、そのまま収録されております……おお、言うたらあかん奴やこれ。でも、もう入稿しちゃってるんで、あとには引き返せないのです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リア充(?)ばk(ry [気になる点] 続編の行方 [一言] 5年越しのディリージャンル2位おめでとうございます。
[良い点] 同人誌だったのですね どうか Kindleで電子出発をお願いします
[良い点] ちょっと偶然の産物だよなって気づきそうだけど気づかないでいたのを最後の藁人形防ぎ方の言葉で行っちゃうのかよって笑っちゃったw そして羽鳥先生なんだか色々知ってそうでしかも気がありそうなの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ